「あの磨智」
「あ。ちょうどよかった。シャツ畳むの、手伝って。
はい、メー君の分」
洗濯物を押し付けられて「黙って手を動かしてね」言われた。
黙るしかなかった。
「磨智、俺」
「ねー。メー君ー。ごめんこれ一緒に運んで? 庭に植えるの」
山ほどある苗を押しつけられた。
いそいそと植えている背中が話しかけるなといっていた。
「磨智、ともかくな」
「マスター。みてみて―。マスターの好きそうな本ー」
ふりっふりの服大量に載った雑誌片手に盛り上がる姿が言っていた。
聞きたくないのだと、全力で。
思わず手をはらってしまったあの日から、今、六日目を数えていた。
たまるよどむおちていく
一見友好的だけど、それはもうご丁寧に怒ってる。怒っていると言うより、……嫌われている。
わりとニコニコしてるから余計に怖い。
でも、その所為で。ようやく気付いた。最近ずっと感じていた違和感がなにか。
磨智が、楽しそうで。すごく、楽しそうだけど。
俺にちっとも怒らないしたいして無茶も言わない。
心穏やかなのはいいけど…認めたくないけど…ものたり、ない。物足りないというよりは、遠慮されているようできつい。
…今は、遠慮、させてるのが俺だから。余計に。
「………」
テーブルを拭き終えると、溜息が出た。
…ちなみにこれも磨智に頼まれたんだけど。やっぱりもういないし。…呼びとめ辛かったし。
普通には、話せるんだけどな。今も。
誰か一緒にいると、もうなにもなかったのかと錯覚するくらいに、明るく喋ってる。不自然に逃げられることもない。
だから、そういう時にとっとと謝ってしまえばいいのだろうけれど――――けれど。
そんなことできるなら、こんなことになっていない。
こんな思いになるくらいなら、ちゃんと手を伸ばせばよかった。
そのくらい、すれば。
いいだけなのに、きっと。
再び溜息が出た。長くて重く、無意味だった。
「………で。召喚石に引きこもった。と」
『………そのうち出ていくよ』
「うん、なんかもう。石から重っ苦しいオーラ出てる気がする。肩こる。…ひっこんでも解決しなくない?」
石越しに見るかなたは、本気で重そうに石を放った。
別に文句を言う気にもならなかったので、黙っておく。
黙ってしまえば、こいつと俺だけしかいない彼女の部屋には、沈黙しかない。
「……いや、1人になりたいのは分かるんだけどさ。…他の子も滅多に戻らないから、いいんだけどさ。
…でも、このままでいても解決しない…んだよね?」
『…まあな』
重い沈黙が嫌だとでも言うように、かなたは唇を曲げている。
「なら早く謝りなよ…」
『俺が謝ること前提かよ…』
「え、磨智ちゃんが君に何かしたとでも?」
それはしてない。なにもしてない。してないから振り回すなよ。気持ち悪いような気がするだろうが。
「…まあ、ふざけるのは後にして。
ほんっきでなにしたの。別に怒ってるようには見えないけど」
『…見えなくても怒ってるよ。確実に』
というよりは、悲しんでいるのかもしれない。
…怒ってくれた方がよかったけれど。
『…別に、なにかあったわけじゃねーけど』
「けど?」
問いかけられて、何を続けるべきか迷う。
迷ったけれど、自然と口が動いた。
『…この前、湖行っただろ。
そこで俺、風矢見たんだよ』
「はあ? …それが?」
『…で』
あの時、風が吹いて。
『どっかからはっぱ飛んで来てさ。小町の頭についてて』
「うん、で」
『風矢がとってて』
「…………ごめんそれと君と彼女の喧嘩がどうつながるか分からない………」
がっつり沈黙されたあげく、頭が痛いとでもいうような口調で言われた。
お前はあれを見てないから。確かに言葉にすると俺すっげえ大袈裟だけど! 見てないから!
『だってそのまま頭撫でててさ。
身内のそういう…、……、…親密な?感じ見るのって、こっ恥ずかしいじゃねえか』
「いや…その…恥ずかしいけどさ…恥ずかしいけどさ…? 別にちゅーしてたとかなんならやってたとかじゃないんでしょ…?」
『だからお前、女がそういうこと言うな。
…そういうんじゃなくてさ。俺には出来ないと思ったらなんか申し訳なくなった』
「…えー?」
『やめろよこのヘタレ的な目線』
「私口には出してないから。そう思うのは君の心がやましい所為さあ…」
だからなんだよ。その疲れ切った口調。疲れてるのはこっちだよ。
『…やってることより、…空気、が』
めちゃくちゃ甘い顔の風矢がどれだけみちゃいけない感じのものか分からないからそんなこと言えるんだろうが。
お前には多少普通の顔するけど俺に対してなんて基本すっげー見下した顔だぞあいつ。長いからって偉そうに。
少しうらみがましく見つめてみても、石の中からでは意味がないと気付く。
はあと息をついて、それ以上は止めた。止めたはずなのに。
『恥ずかしげもなく外でよくそういうことできるなって…考え始めたら…』
止めたのに、こぼれたのは悩みの種。
ああ、あいつも。
その方がいいんだろうな、と。
思ってしまえば気まずくて仕方なかった。
「…いや君も違うベクトルでかーなーり恥ずかしいけど…」
『そうか?』
「うんまあかなり。とても。大変。
けどまあ、確かに。なすがままではあるよねえ」
おかしそうに笑っていた顔から、不意に笑みが消える。
「…前も似たようなことを、言ったけど」
ころりと召還石を転がしたかなたは、そのままこちらに背をむけた。
「……私は君達が納得した結果なら。
明日消えたって恨まないよ。…昔じゃあるまいし」
昔。こいつの昔。…いや、俺とこいつの、昔は。
―――散々一緒にいても。君は私を置いていくくせに。
『…そっちこそ。変なこと気にすんなよ』
そう訴える声を覚えている。
そう訴える声を聞きたくなくて、結果的に遠ざけたものがあることだって、覚えている。
『お前の所為じゃない。俺の問題だ』
だからこそ、もう間違えないと誓っていた。
もう間違えず、あいつを選んだから。
手を繋いで、頭を撫でて。したことがないわけじゃない。それ以上のことだって、まあ色々した。
それでもためらう。もてあます。いつまでたっても。
大事だから大事にしたくて。それを形にするのが恥ずかしくて。
『……俺は』
分かるのに何度も繰り返す。
何度も何度も、同じように。
身体はどうしてこんなに自由にならないのだと、苛立ちながら。
『磨智になにを返せてるんだろう』
乾いてひび割れた声を、かなたは聞こえないというように黙ったままだった。
そのポーズに、むごく救われる。
助言が欲しいわけではない。押してもらう背中はもう押された後。だからただ、聞いてくれるだけでいい。
こいつとは、それでよくて。
訊きたいのは、あいつで。
なあ、訊いたら、お前は。また淋しく笑うんだろうけど。
俺はお前になにを返せているんだろう、な。