「じゃあちょっと出てきます」
そう言って、風矢は玄関から出て行った。
彼は、元からそう家にいる男ではなかった。それにしても、最近はさらに外出が増えた気がする。
その姿は、外でなにかに、誰かにばったり会うことを期待しているようにも見える。
転がるサイコロ
「けど実際訪ねはしないあたりがそこはかとなくヘタレだよね」「ひどいこと言うなお前…」
「だってそうじゃなーい」
アハハと笑う声は楽しげだ。…けど、顔はどことなくく暗い。
「…まあ世の中控えめな方がちょうどいいだろう。急に求愛してくるのがいるのとか、怖いだろ」 こいつもこいつで心配してるんだな…思い、フォローの意味でそんなことを口にした。
瞬間。
バサッ
近くで聞こえた鈍い音に振り向く。
持っていた新聞を取り落とし、なんだかひどくショックを受けたような顔のベムがいた。
「…なにそのこの世の終わりのような顔…」
呟く磨智に思わず頷く。
すると、一層悲壮な顔をされた。…え? これ私が悪い流れ?
…いや。別にお前をさしていったわけじゃ、…ない、ということはないから、悪い流れか?
「……なんでもない」
「その顔でなんでもないんならお前の悩んだ時っていうのはどれだけひどい顔になるんだ…」
「……………………なんでもない」
言って、ふらりと裏口へと消えるベム。
呼び止めようとも思ったが、悩みに悩んで止める。
なんともいえない沈黙を体全体で感じているうちに、新たにリビングへと入ってくる青髪が一人。
「追いかけないの? 緋那ちゃん」
奴の落としていったままの新聞を拾い上げ、そんなことを言うかなた。
「…お前、いつから聞いてた」
今入ってきたのにその台詞はおかしいだろう。盗み聞きてもしていなければ。
軽く睨んでやれば、なんてことのないように答えられた。
「入ろうとしたらベム君がなんか変だったから、入るタイミングを逃したのです。
で、原因は君だろうなあって」
「…今の、私が悪い流れか?」
「んー。別に悪いことは何も言ってないけど…ほら、ベム君って図太いくせに変なとこ神経がきめ細やかだからなにかが堪えたんだよ。きっと」
「でも神経細くなるのは緋那のためvらしいよね」
ぼそりと言うかなたを思わず睨みつける。
「…お前。なんで私には構うんだ。
風矢には全然かまわないじゃないか。あっちの方がやることないか? 相手方に折り菓子持っていくとか」
「緋那、それはなにか違うよ?」
「だってもう羽堂さんとは生温かく見守ろうってことに話がついたし」
それに、とかなたは続ける。どこか遠いところを見る顔をして。
「『余計なことしたら本気で殴りますよ』の、本気ってさあ…本当に殴るってことかな…それとも、龍の本気の腕力で殴られるってことかな…?」
どちらともなく顔を合わせる私と磨智。
―――あいつならやるな。
―――むしろ殺られるね。
無言で交わした意見はおそらく一致している。
「ということで口出ししないことにしたんだ…」
なら私も殴る…とは言えない。色々な意味で。
仕方なく溜息をついて、足を動かす。
「…あれ? 本当に謝り行くの?」
目を丸くする磨智に首を振る。
「違う。部屋に戻るだけだ」
「えー」
えーじゃない。
口には出さず目線だけでそう告げると、かなたは小さく肩をすくめた。
部屋に戻り、窓を開ける。春の訪れた今、こうしていても肌寒さは感じない。穏やかな陽気だ。暖かな風を感じながら、はぁと溜息をつく。
「…だが、事実だったんだが」
怖いと思っていた、と以前あいつにも伝えたのに。今更言うのが悪かったんだろうか。
むしろあれか? 控え目なのをちょうどいいと言ったのが悪いのか? でもそれだって、そんなこと何回も言っているのになんで今さら落ち込むんだ。
全く…相変わらずあいつの落ち込むポイントは分からない。
なんとなしに庭の方へと目を向ける。
いくつかの花が咲き始めた今、庭は華やかだ。いつもは手入れのしながら見ているから、たまには上からゆっくり眺めるのもいい―――そう思ったのだが。
「……あいつなにやってるんだ」
とても見覚えのある朱色の髪をした少年が地面に座り込んでいる。今にも顔をこすりつけそうに打ちひしがれてる風情だ。
「……」
しばし悩んで、立ちあがる。
見てしまったからには放っておくわけにもいかないだろう。
庭に出て見たベムは、やっぱり異常に落ち込んでいた。さらにはなにやらブツブツと呟いている。…怖い。
人に見られたら家の評判下がりそうだな…「あそこの龍は真昼間に土に座り込んで落ち込みまくってるのよー」とか。
…いや、たまに磨智とケンカして埋められてるメーが何度も見られてるからもうそんなこと程度では揺るがないか。
「…ベム」
気を取り直し呼びかけると、彼は緩慢な動作で振り向く。
「今度はなんでそんなに落ち込んでるんだ」
「…なんでって…」
そう口を開いたが、すぐに閉じられる。
悲しそうに溜息をついて、小さく頭を振る。
…なんだ、その説明しても無駄だよなあ、みたいな顔。
黙って睨んでやると、再び口が開いた。
「だって、全否定されてる気がしたから」
「…全部は否定してないじゃないか」
お前のすべては私にアレな言葉を吐いてくるところだけじゃないだろう。
なにかと気がきくこととかはいい奴だなあと思うし、方向性は問題だけど努力家なところは認めているつもりなんだが。
それでも、ベムの顔は晴れない。
「…僕にとってはそういうものなんだ」
「…いちいち大袈裟な男だ」
正直に呟くと、再び溜息をつかれた。
なんだ鬱陶しい。……こいつ最近、溜息多いよな………
「…風矢がいないから、か?」
「僕が大袈裟なことと彼の不在がどう結び付くというの」
怪訝そうな声に、思考を口に出していたことに気づく。うっかりしていた。
「あ、違う。
なんか最近しょげてるだろ。あいつがふらふらへらへらしてるから寂しがってるのかと思ったんだ」
「寂しくないよ」
「そうか? お前、あいつと仲がいいじゃないか」
「仲はいいからってなんで寂しがらないといけないの…」
心底不思議そうな言葉に、私がそうだったからとは言えなかった。
けど、とベムが呟く。
「交配して出て行ったりしたのなら。少しは寂しいかもしれないね」
「気が早い話だな…そもそもその前段階にすらいってないだろ」
とりあえず告白とか。なんにしても告白とか。
私達にすら「ただの友達ですよ」とごり押ししようとする彼がそうしたとは思えない。あんなにあからさまに楽しそうに会いにいくわ花は贈るはでバレてないないのかは知らないが。
…まあ、ただの友達って節を信じてるメーがいるくらいだし、彼女も鈍いという可能性もあるかもしれない。…それならなおさら告白だろう。
マスターに動く意思がない以上、本人同士でそうなる仲になるしかないんだから、まずそれだろう。
それを思うと、こいつの出会いがしらに告白っていうのは、かなたがマスターである以上はそう間違った対応ではなかったのか。…私はひいたけど。
「…それもそうか。うまくいくかどうかも分からないしね」
「…そんなに冷たく言わなくてもいいんじゃないか?」
思いのほか冷たい言葉に、とっさにそう返す。
「脈があるかどうかはともかく、仲がいいのは確かなんだし」
「仲がいい―――だけでくっつくのなら、メーは磨智より緋那を選んでるはず」
「いや、それは無理だろ」
「それは良かった。
…で、仲の良さの問題じゃないだろう」
そう言う言われ方をすると頷くしかない。
それでも、そんな風に言うこともないと思う。
「でも、うまくいって欲しいじゃないか」
こいつが張り切るとロクなことはないけど、もっと応援してやってもいいじゃないか。それこそ友達なんだし。
少しだけ自分の眉が寄ってくるのが分かる。こいつ、こういうこと冷たいよな。
「…緋那は、うまくいって欲しいの?」
「お前は違うのか?」
尋ねるが、答えは返ってこない。
ただ真剣な顔でなにかを考えらるように黙り込む。沈黙を破ったのは、唐突な言葉。
「緋那。賭けをしよう」
「賭け?」
オウム返しに呟くと、ベムが大きく頷く。
「風矢が無事くっついたら貴女が僕に何かやってほしいことを頼んで。
くっつかなかったら僕の願いを聞いて」
いきなりなにを言いだすのだろう。こいつは。
訝しみをこめてじぃと見つめてみるが、冗談を言っているわけでもないらしい。
…いきなり変なことを言いだすのはいつものことだけど。こういうことを言うのは珍しい。
「…お前の願いって、なんだ」
「…秘密じゃ駄目?」
「無理なものだったら受けれないからな」
言い切ると、考えるように目を伏せるベム。
そして、呟かれた言葉は。
「別に、大したことじゃない。こんなことで付き合うことになっても馬鹿らしい。
半日一緒に買い物とか、その程度でいい」
「…似たようなことしてないか? いつも買い出しとかしてるだろう」
「食べ物じゃなくて。もう少し色気のあるものを見に行きたい」
静かな言葉に、しばし考え込む。
こんなこと受ける理由もない。けれど…
こちらを見つめる瞳は、いつになく真剣な気がした。
「…そのくらいなら、いい」
「…それだけ?」
引き受けたのに、ベムは驚いたような顔をした。
私は首を傾げる。
「期限でも設けるつもりか?」
「妨害や不正するなとでも言われると思ってた」
「お前そんなこと考えてたのか!?」
信用したのになんてことを。そんなやつだとまでは思わなかった。
睨みつけると、ベムは肩をすくめる。
「まさか。メリットがない」
「賭けに勝てるじゃないか」
「風矢と僕、そんなに仲悪くみえる? 友人の幸せ妬むなんて無駄なマネしないよ」
…いや、結構恨めしい顔で見ていることあるじゃないか。
言おうとした言葉はそっと飲み込む。だって、その言葉は、メリットうんぬんよりよほど説得力がある。
淡々と言うその顔に熱はないけれど、きっとこいつがこういうことを言う時は嘘じゃないから。
「なら、開始、だな」
「うん」
頷く彼は、僅かに笑った。