某月某日。
 負け犬に認定された。

 龍王大富豪死神殺人鬼戦神その他諸々。そんなものの中でひと際なさけねぇその称号に、さすがに危機を感じた。
 だって、私、一応戦闘系。それがこれじゃあまずいんじゃないでしょうか奥さん。奥さんて誰だ、みたいな。
 けれど危機感を抱いただけではなにも変わらない。一朝一夕に強くなれるわけじゃない。となるとやっぱりできるのは今まで通りの戦闘行脚。熟練度ちょっとずつは上がるが、敗北数はかさむばかり。
 しかも、あんまり連続でするわけにもいかない。戦闘を申し込める人はミドルクラス以上の戦闘系・及び賞金首。同じ人に連続で挑むことになりがちなのだ。…困ったことだ。
 けど、ダンジョンも死に急ぐようなもんだし、もっと効率よくする方法なんざ―――
「…あった」
「かなた?」
 怪訝なそうな緋那の呟きを無視して踵を返す。
 人に送れるような封筒の在処を思い出しつつ家への道を急いだ。

金色に吠える

 それから、数日後。
 私の手元には、ある紋章が届けられた。
「見て見てー」
 首にかけたそれを見せつけると、メーが軽く目を瞠った。
「女神の紋章って…どっからはえてきたんだ?」
 女神の紋章。
 それは、知る人ぞ知る死女神様と遭遇するためのアイテム。
 彼が驚いているのも無理はない。手に入れるのはなかなか大変なのだけど…
「はっはっは。トレハンだから! 勘で発掘した!…っていいたいとこだけど。自力でとったんじゃないよ。
 ささのんさんから買ったの」
 ささのんさんが偶然ゲットしたというこれを売り出していた時は、ちょっと運命を信じた。
 きっと自力じゃ手に入れられなかっただろうしなあ。だって私運がないし。貸し出してる人もたまにいるけど、そこまでリッチなお財布でもないから手が届かなかったのだ。
「ふーん。…いくらで?」
「…しばらくご飯が雑草な値段」
「な゛」
 わざと沈鬱な顔を作って俯くと、彼は面白いくらい嫌な顔をした。正直ものだなあ。メーは。
「…ってことはないから安心しなよ。武器は、しばらく壊れないからね。防具は無駄だから使わない。つまり大きな出費などありえない」
「…なるほど」
 お前、死女神に勝てるわけないもんな。
 しみじみと呟く彼にいつぞやのようにクッション投げつけたい衝動を抑えつつ微笑む。…だって事実だし。
 そう、武器というのは、勝利した時に壊れるものなのだ。反対に防具は敗北した時に壊れる。……そう言えば家に防具の墓が築かれた時があったな。なんたって負け犬だから。(自棄)
 …けれどもうそうは呼ばせない!
「目指せ脱負け犬!」
「でも、そのために死にに行くんだね…」
 呆れたような声は背中から聞こえた。振り向くと、いつのまにやら背後に来ていた磨智が呆れたような顔をしている。
「私、たまにマスターの死体を運ぶために契約したのかなあと思うんだ…」
 心底嫌そうに彼女は溜息をつく。メーもきっちり同意するように頷いていた。
 …そりゃ服に血はつくし。死体って重いし。大変だとは思うけどさ。嫌な顔されると傷つくんだけどな。なんとなく。
 だから、少し減らず口を叩いてみることにした。
「…それは違うよ、磨智…」
 真剣な顔をつくって、その肩にそっと手を置く。
「きっと、君が私と出逢い契約を結んだのはそこの馬鹿と出逢い、結ばれるためだ…」
「ば…!」
 真っ赤になって何事か抗議してくる彼の言いたいことが、馬鹿って言うな、なのか、馬鹿なこと言うのかだったのか分からない、っていうかどうでもいい。
 ここで「そうだね」とか言ってくれないかなー、とか思っていたりすると、先ほどより深く溜息を落とされた。
「マスター。別に無理してそんな理由つけなくても、蘇生くらいつれてってあげるよ。そりゃたまに捨てたくなるけど。実際捨てたことないでしょ?」
 だから、安心して修行に励めばいいよ。
 ぽんぽんと逆に肩をたたかれて、思わず苦笑が漏れる。
「…ありがと」
 子供をあやすような仕草が、なんだか心地よかった。
 ―――そして、その日から、私の死女神様詣りが始まった。



 浮遊感は一瞬。それは、目覚めとよく似た、けれどどこか違う感覚。
 想い瞼をこじ開けると、朱色の髪が飛び込んできた。
「……ベム」
 呟くと、目眩が襲ってくる。軽く首を振れば、ぐらぐらと揺れる視界が少し確かになった。…蘇生の感覚は、何回体験しても変な感じだ。
「珍しく頑張るね」
 静かな言葉と共に、ぱたんと復活の書を畳むベム。…余談だけど。蘇生には毎日交代でついてきてもらっている。
 …それにしても、君も珍しくは余計だって。どうしてうちの奴らはこう失礼なことをほざくのだろう。
「折角高いお金だして買った紋章だものー。使わなきゃ損だからな」
「それもそうだけど。正直、途中で音を上げると思ってた」
「失礼な」
 言いながら、立ちあがろうとする。が、くらりと体が傾ぐ。
「少し休まなきゃ無理だよ。これ、ただの復活の書」
「…だね」
 言って、手近な木の根元に腰を下ろす。
 深く息を吸い込むと、清かな緑の香り。…に、混じる血の匂い。……うん、そこらへんに血だまりとかあるしね。しかたないね。
 死女神の名は伊達じゃない。その縄張りであるこの山には、私と同じように彼女に挑戦し、敗れた人がるのだ。…あんなに強いのに、挑戦する人は多い。それは、人が強さを追い求めている証拠、なのかな…
「…とか考えると、この場所はとっても業が深い」
「疲れているなら、口を閉じていた方が賢明だよ?」
「いいじゃん。お喋りで気分転換」
「…分かった。付き合うよ」
 小さく頷いたベムだけど、彼の口からは何も語られない。
 …このまま黙っていると、『ところで、今日、緋那がね…』と延々惚気を聞かされるので、私が先に話題を提供しなければ。
 微妙な危機感を胸に話題を探すと、するりと言葉がこぼれた。
「さっき、途中で音をあげそうって言ってたよね」
「他のことならともかく。戦闘をコミュニケーションツールとしてとらえてるかなたがあんな話の通じない相手にばしばし挑んでいくと思ってなかったから」
 …なるほど。確かに私がいつも戦闘を挑むのは、そこにいる人との交流が目的だ。この町でこそ通じる乱暴な手段で、意志疎通を図ろうとしている。
「…さすがに強くなりたかったから」
「そう。意外」
「…意外かな。これでも負けるのは嫌いなんだけど」
「へえ…そうだったの」
 相槌はひたすら淡々と響く。それでも機械的にならないのは、彼がこちらに目線をしっかり合わせてくれるからかもしれない。
「…目標があると、やる気でるよね」
 脱負け犬というのは、てっとりばやい起爆剤になってくれた。
「だから、今の状況は悪くないと思ってるんだ…」 
 確固たる目標のあるこの状況は、正直自分の気質にはあっている。
「そうなの?」
「うん。ずぅっとなにもしないでいたから…」
 だって私が何をしても、私を囲む世界は変わらない。
 薄い膜を通した世界。その向こうにあるのは悪意だけとしか思えなかった。
 ずっと昔、そう思いこんでいたから。ずっと一人で膝を抱えて、時間の流れを厭いながら、おいていかれると嘆いていた。
 ここに来てからその傾向は薄れたけど、なくなったわけではなかった。
「…だから、今逆に忙しいのってなんか嬉しい」
 目標が、目的が…目指すものがあれば、迷わずにいられる。
 暇な日常というのはもちろんいいけど。退屈と怠惰はどーしても無気力につながるものだ。…逆に、退屈で怠惰でもしっかりしゃっきり生きれる人がいたら尊敬できるなあ。ある意味。
「…かなたは、マゾの気があるよね」
「君にだけは言われたくない…」
「僕のどこがマゾなの」
「つれなくされてもつれなくされても延々と言いより続けてるとこ」
 真顔を作って言いきれば、僅かに眉を寄せられた。
「別に冷たくされて喜んだ覚えはない。ただ、仕方ないと思うだけ」
 淡々と言いながら、ベムは何かを思い出したような顔をした。そしてバッグを漁りパンを取り出す。血で汚れても嫌だからと彼に預けていた私のランチボックスだ。
 放物線を描いて放りなげられたパンを受け取り、口に含む。それを確かめて彼は続けた。
「諦めたくないだけで。この状況を辛いと思う心くらいは持ち合わせてる」
「…そう」
 むぐむぐと口を動かして、むりやりに飲み込む。美味しい。…こんな場所でも美味しいと思うんだな。自分も随分図太いのかも。…でも次からは、牛乳も持ってこよう。喉が詰まる。
「…ま。私は手出ししないし。君をどっかに婿入りさせようとも思わないし。気にせずやってよ」
「今更そんなこと言われなくても好きにする」
 真摯な声音で言いきってふいとどこか遠くを見つめるベム。その姿を見て、ふと思う。
 もし主人が「彼を受け入れろ」と命じていたのなら、緋那は従ったのだろうか――――いや、たぶんへそ曲げて余計こじれるだけだな。磨智の二の舞だ。
 …というより、受け入れられても困る。私は他者の生殺与奪なんざ握りたくない。無理に交配させて恨まれるのもまっぴらごめんだ。そこまでして欲しいものなんてなにもない。
 ―――やっぱり、できることはなにもない、か…
 けれどこれは仕方ないだろう。彼と彼女の問題なわけだし。
 気分を切り替えるために伸びをする。そのまま立ち上がり、ハーフパンツについた土を払う。
「行くの?」
「ん。また帰りはよろしく。乾さんちにでも連れてって」
「分かった」
 なんにしろ。やることがあることは、考えることがあることは良いことだ。退屈よりよほど良い。
 他者のことで悩むことも、問題解決という面で見れば不毛だけど。私が生きる上では意味がある。その他者とつながっているからこそ悩めると考えられる限り、死に惹かれることはない。
「っし…。頑張りますか」
 空を見上げるとうっすらと夕焼けに染まり始めて。
 ああ、日が短くなったのだなと、そんなことを改めて実感した。

  目次