126番地の客間には炬燵がある。あの極東の島口所以のインテリアだ。
 常は椅子とテーブルを置いてあると場所に、ちゃぶ台と座布団、炬燵が設置される。寒い寒いとひきこもる家主が買い寄せたものだ。
 ―――ここには魔物がすんでいるんだよ―――魅入られたらでれないよ。
 いつか聞いた126番地の主人の呟いた言葉を、その時は戯言としか思わなかったそれを、三体の龍は今しみじみと噛みしめていた。

仁義不在注意報

 それは、空気が肌寒さを増し、衣替えが完了しきったようなある午後のできごと。
「…風矢ぁ、アレとって。みかん」
 炬燵にとっぽりと浸かったメーに名を呼ばれ、まどろんでいた意識がさえる。
 見ると、炬燵に置いておいた分は食べつくしてしまったらしい。…けど当然、僕に取りに行く義理はない。蜜柑を保管してあるのは、外の倉庫だ。
「嫌です」
「なんだよ、一昨日は俺がとってきただろ。つーかお前足邪魔」
「え?  蹴ってるのはむしろ貴方ですよ。だから出ていってくれればと思ってるんですけど?」
「あー…嫌だよ。
 …間をとってベムが取りに行ってくれ」
「緋那に頼まれたなら考えるけど君達に言われても。やる気起きない」
 編み物の手を休めぬままに告げられのは、実にそっけない言葉。
 なんとなしに反論しかけ―――ふと我に返る。
「…なんか、以前もこう言うこと言ってた気がしませんか?」
「そうだな…」
「しかも炬燵から出れなかったよね」
 ベムの言葉に僕も頷く。
 そう、あの時は、いつのまにか炬燵の中で蹴り合いが始まって、収集がつかず、帰ってきた主人に無理やり召喚石に戻されるまで誰も譲らないという醜態をさらした。
 …なんというか、初めて体験する炬燵は心地よすぎたのだ。
「…さすがにもうあれは嫌です」
「馬鹿みたいだしね」
「つーか途中からコタツ関係ねえ喧嘩にならなかったか? 俺、すごくボロクロ言われた覚えが…」
「ともかく!」
 僕は声をはりあげた。
 このまま続けていると不毛な争いが繰り返されそうだったから。
「…ともかく、なにかで決着をつけましょう!」
「君が出ていくという選択肢は」
「検討中です」
 …寒いのは嫌だから。とは言わない。言わなくてもここにいる者の共通意見だ。
 『買い物手伝え』と強制連行されたかなたさんも同じことを思っていただろう。…それを考えると、ベムがここに留まろうとするのは、緋那さんについていけなくて機嫌悪いからなのかもしれない。
「…ないなら、しかたないね」
「言っとくけど、俺もないからな」 
「期待してない。今出ていってないんだから。
 なら、素直に勝負しよう」
「…なにで?」
「トランプ」
 メーの問いに、ベムは即答する。
 そして、言葉通りトランプをどこからともなく取り出し、ぱらら…と広げた。
 ちょっと待て……今……
「今、どこから出しましたか?」
「袖の下に仕込んでた」
「んなもん、なんのために」
「マスターの見せてくれる本にいい言葉があってね。『備えあれば憂いなし』」
 言う割にその言葉を気に入っているような顔もせずにベム。…これ以上つっこむのは止そう。こいつの行動が唐突なのは今に始まったことじゃない。
 代わりに、僕は黙ってカードを手に取る。…ただのトランプ、だけど…
「勝負はいいですけど…これに仕掛けあって、君に有利にことが運んだりは?」
「しない。めんどう。心配なら確かめればいい」
「…いえ。信じます」
 言って、パタリとカードを置く。彼が面倒だというのなら本当にそうなのだろうし。なにより、もしあったとしても、いろいろ調べて見破れないっていうのも馬鹿らしい。
「勝負はいいけどさ、なにするんだ?」
「神経衰弱だと貴方がすぐに負けますよね」
「ポーカーの類は風矢も弱いけどね。顔に出るから」
「……なにやってもベムは強いよな」
 そう言って羨ましそうな顔をする彼は、なにをやっても妙に弱い。ボードゲームも弱い。なんというか、とても罰ゲームをしかけられやすい。
「妥当なところでジジ抜きじゃない? これなら運任せ」
「でしょうね…」
 まあ、いかさまのしようがないというわけでもないだろうけど、それなら気づける気がする。
「俺もそれでいい。んじゃ、始めるか」
 カードを切り始めるメー。
 それを眺めつつ思った。
 こんなことするより、じゃんけんでもした方がはやいんじゃないだろうか…
 口に出さなかった理由は、よく分からない。

 ―――数分後。
 最後の1枚を握りしめつつ、僕はメーを睨んでいた。
「…睨んでもどっちがジョーカーだか分からないだろ」
「それはそうなんですけどね。負けるのは嫌なので、つい」
 それにこいつ、ポーカーフェイスが絶望的に下手だから分かるかと思って。とは、さすがに口に出さない。
 ちなみに、すでに勝ち上がったベムは編み物に戻っている。…緋那さん以外には要領のいい奴め。
「…さっさと引いたら? 往生際の悪い」
 そんなことを思っていたからだろう、その一言は、なぜか妙に頭にきた。
「……往生際の悪さを君に説かれる筋合いはありません」
「僕のどこが往生際が悪いの」
「緋那さんに対する態度全般です」
 ふっと嗤ってやれば、ベムがわずかにまなざしを険しくする。…やっぱり今日買い出しに声をかけてもらえなかったことはまだ引きずっていたのかもしれない。
「…聞き捨てならない」
「本当のことだからですか?
 大体いつも思ってたけど、鬱陶しいし有害なんですよ。よくもまああんな恥ずかしい台詞を毎日毎日」
「君には関係ないだろう。それに、もはや僕よりメーの方が恥ずかしい」
「んでそこに俺がでてくるんだ!」
「そりゃこいつの自覚なしの惚気にもうんざりしてはいますが! 馬鹿になに言っても無駄でしょう!」
「誰が馬鹿だ!」
「馬鹿の自覚がないところが馬鹿なんです!」
「そぉいうお前だって似たようなもんだろ! すぐキレるしつまみ食いばれて緋那に説教されるし磨智に頭上がってねえし!」
「フェミニストと呼んでください! それに頭上がってない奴筆頭に言われたかぁないですよ! あの二人だけでなくマスターにも頭上がらないでしょう! あんたは!」
「人をへたれのよーに言うな!」
「事実へたれてるじゃないですか!」
「でも、風矢のあれはフェミニストと違う。ただの日和見主義。
 ついでにフェミニストとは本来は男女同権を訴えるためのものだ。女性に優しいものをそう呼ぶように使われてはいるけど」
「ぼそっと嫌なこと言わないでください!
 大体君だって…」
「緋那には逆らえないね。逆らいたくないから」
「んなあっさり認めていいのかよ…!」
「愛してるから問題ない」
「愛ですか。何年たってもおんなじものが返ってこないのに健気なもんですね!」
「…何年たってもと言うな。二度と言うな。
 それをいうなら君は何年たっても恋人がカステラみたいなもんだろう」
「カステラだけじゃありません! 甘いもの全般です!」
「んなこと威張るなよ! 頭たりてねえのは俺よりむしろお前だろ!」
「それが真実だった場合死にたくなります」
「ど、どこまで俺は馬鹿な設定だお前の中で!」
「どっちもどっちだ。馬鹿だ馬鹿じゃないなんて…そういうことで喧嘩してる時点で同類」
「喧嘩じゃありません。ただ真実をぶつけてるだけです」
「ちげえよ! いつだって売ってくるのはお前が先だ!」
「五分五分でしょう」
「さっきは売ってないって言ったじゃねぇか!」

「―――なにしてるの……?」

 延々と続きそうな口論を止めたのは、静かな声だった。
「……かなた。いつのまに」
「ついさっき。玄関立ってびっくりした。何近所迷惑な音量で喧嘩してるの。外に丸聞こえだったよ?」
「しかもくだらない内容だし」
「良く飽きないな。そんな無駄なことして」
 三対の呆れた眼に見つめられ、思いの他頭に血が上ってる自分に気づいた。…屈辱的だ。
「…こんなところでぬくぬく温まってるから頭に血ぃ上るんだよ。ほら、出ろ出ろ。で、私が使う」
「欲望ただ漏れです。マスター」
 あきれた声でそう言えば、彼女は『何が悪い』と笑った。
「私も寒いからあったまりたいなー。メー君」
「んで俺を名指し…」
「嫌? なら直接肌で温めてもらうっていうのも私はかまわな―――」
「すまん出る。譲るからやめてくれ…!」
「……緋那」
「いや、私は別にわざわざ譲ってくれなくてもいいぞ。その編み物、まだできてないんだろ?」
「…緋那は、ここのハート赤とピンクどっちがいい?」
「お前の好きにしろ。…私は着ないぞ、そんなもん」
「緋那に編んでたのに」
「趣味じゃない」
 火傷でもしたように急に立ち上がる光龍と肩を落として出ていく炎龍を見つつ、僕は小さく溜息をつく。なんかこのまま入っているのも気まずい。
 だから、散らばったトランプを拾って立ち上がった。

 その後自室に戻ると、先ほどのことが嘘のように落ち着いた。…その所為で随分恥ずかしい思いをしたが、思い出せないことがあった。
 ―――僕達は、なんのためにあんなに必死になっていたのだろう。
 答えはどこからも得られず、どこからか聞こえてくる風の音が、一層空しさを助長した。

  目次