それは大掃除から数日たったある日のこと。
買いためていた飴玉がなくなったため、買いに出ることにした。
ついでにどこかで昼食をとってこようと思いたち、一応その旨を伝えようとリビングをのぞいた。
転職のススメ
皆は自室か外へいるのだろう、自宅のリビングは、主が一人でいた。
食卓の椅子に腰掛けた彼女はなにかを熱心に見ている。
「なに見てるんですか? かなたさん」
退屈に任せて問いかけると、彼女は振り向いて本を広げる。
「風矢君も見る? 職業一覧表だよ」
…ここのところ、彼女は何処となくテンションが高い。…ほっとして、気が緩んだというやつなのだろう。
彼女の両親が来る、という話は、結局実現しなかったのだ。
行こうと思ったし、近くまできたけれど。肝心の町に入れない。
…この町には、よくある話である。
それが続きに続いて、諦めて。かなたさんが隣町に出向いて、それでおしまい、と。
…なんというか、気が抜ける話であるけど……まあ、いいんじゃないだろうか。こうして彼女は元気だし。
とか思いつつ問いを重ねる。
「転職の予定でもあるんですか?」
「んー………昔はあったけどね、今はもう、生涯戦闘系でいるのも悪くないかな。と思ってるの」
「生涯、ですか?」
「うん、生涯」
それは……いいんだろうか。そこまで強くもないくせに。
大体、修行をするにしても商売系に転職したほうが効率がいいのは明白だ。
トレジャーハンターはそう戦闘に特化したスキルがあるわけでもなければ、金を稼ぐ手段もない。…いや、一応レアアイテムの発見率は上がってるらしいけど、質屋に流して稼げる額はたかが知れてる。
その辺は、分かってるはずなのに……
「いいんですか、それで」
思わず呆れた声を出すと、彼女はムッとしたように顔を顰めた。
「副業はしてるもん、完璧プーじゃないもん」
「副業って、あの、広告代理、ですか」
「うん」
あれは…副業と言うより、趣味の延長だと思う。
「大体はやってませんし、利益の生じぬものを職業と呼ぶのはどうでしょう」
「うるせえ」
自覚はあるらしい。やたらぞんざいな口調で返された。
たまにやたら口調が荒いマスターはそのことにハッとしたような顔をして、言いつくろうように、
「あれは利益が発生してる。依頼人の『ありがとう』という言葉と、交流。
世の中金は重要だし金は好きだけど、全てじゃないもん! あれだって利益だもん!」
「かなたさん…」
「なに」
拳振り上げ主張する彼女の名を呼ぶ。そうして、僕はその若草色をした瞳をしっかりと捉えて、言った。
「もん、とか言う言葉遣い、すごく似合いません」
「君はたまに一言多いね…」
じとり、と目を据わらせるかなたさん。
それでも、その表情は次第に苦笑に変わる。
「まあ、いいけどさ。
なんにしろ、これは本当に見てただけ。今の職業に不満はないし…転職の書が手元にあるならともかく、ないのにする気はないよ。今、純粋な戦闘系も少なくなってきてるしね…」
それに、トレハンは好きだからね、と笑う彼女に湧き上がる疑問。
それは、とても素朴で、でもずっとあったものだ。
「そもそも、なんでトレジャーハンターなんですか?」
「いつだったか、言わなかったけ? 昔すっげー好きな小説のすげー好きなキャラがトレハンだったからだよ」
「それは、聞きましたけど。…それ、本当なんですか? たかが本でしょう」
「…風矢」
心のままに続けた言葉、冷え切った声がさえぎる。
「たかが、本?」
「……たかがでしょう」
冷え切った、本当に冷たい声に少々驚きつつも答える。
キッと睨む僕に、彼女はもっと険しい目を向けて…
「本の価値の分からないような子に育てた覚えはなーい!」
キ――――――ンっ。
と耳鳴りがした。
「か、なた、さ、ん」
「良いかな風矢!」
これは逆鱗に触れたのか、悟って侘びようとする。
が、マスターはぐわしっと肩を掴んだ。その眼光に、思わず口をつぐむ。
「本と言うものがどれだけの労力を以って作られているのか知っているのか?そこには書き手の心、そして売り手と買い手出会いの奇跡がつまってるんだよ!1時間で読み終わるような本も完成し販売されるまで莫大な時間を使っているのであってそれゆえに趣味と主張が違えど得るもののない本などなくその1頁1頁は心のどこかに刻まれ血肉となりかけがいのないなにかになる。つまり本と言うものは娯楽であると同時に学習のツールであり書き手の想いを受け取らんとする行為でありむしろつまりは魂の交流みたいな感じで大変尊い。あと最近は装飾も凝ってる本が多いな私としてはそれは邪道だがその世界観を受け入れる窓口となるのは否定できない事実でありそこにも誰かの努力があり支え支えられ出来ているんだ。ところでよくその本が面白いか否かが問題となるが私としては面白くない本などないと言い切ろうなぜなら例え奇抜だろうと稚拙であろうと始めて目にするなにかは確実に心動かすからねそうそれがつまらないという否定意見であろうとなぜつまらないのかという理由を考えた時新たな自己との交流があるんだよこれが楽しみでなくてなにが楽しみか。――――ねえ風矢、つまりね、本はすばらしい存在なんだよ!?」
「…………………………………………………………………………………………………………………」
「風矢? なにふらふらしてるの」
ぐわんぐわんと耳鳴りがする。
名を呼ぶマスターの声に妙なエコーがかかるくらい。
…ていうか、龍の耳は人間の声程度でどうにもならない。…なら今の状況は精神的な疲労のもたらしたものなのだろう。
「…ますたー」
僕は呟く。
たぶん、疲れた声で。
「貴方は本屋に転職するべきだと思います。」
それか図書館勤めが性にあってると思う。
ともかく本に囲まれる何か。
「いや、だから、私はトレハンがいいんだって」
困ったように首を傾げるマスターの口調はいつものスローテンポ。
さっきのアレは幻だったのでしょうか。
そうであればいいのだけど、耳の奥ではまだなにかがぐわんぐわんと木霊していた。
彼女と会話で本を話題にするのはやめよう。
固く誓ったある日の話だった。