ああ、とっても寂しいの。
 私の泣きごとを聞いてくれたのは、いつだって庭の木だけだった。
 寂しいの、寂しいよ。寂しくて寂しくて、それしかわからないの。
 物言わぬ木が憎くなり、それを止めたのはいつだったか。
 勝手な期待をかけられた気は、さぞや迷惑だっただろう。
 …さぞや、迷惑、だったんだろう。
 あの木は、きっと。でも。
 寂しいの、寂しいよ。
 そんな私の声を聞き、答えてくれた君は。
 迷惑ではない感情をもってくれていると、嬉しいと思う。

大きな桜の木の下で

 桜は好きだ。
 桜そのものの美しさも好きだが、お花見が好きだ。
 桜をネタに遊びに出たり、お団子を食べたり―――そんなことが好きだ。

 桜は好きだ。
 ひらひらと舞い落ちる薄紅を眺めているのがとても好きだった。
 その花弁が地面につくまでに掴むと願いが叶うと聞いて、面白半分で挑戦してみた。けれど…今も昔もどんくさい私には掴めなかった。
 願いを叶えるのは自分だと気付かなかったあの頃、流れ星は見つける前にどっかに行ってしまったし、おまじないは面倒で出来なくて。
 迷信を信じなくなってからは願いそのものがなくなった。

 桜は好きだ、でも少しだけ怖い。
 潔く散れたら幸せだろうかなど、ガラでもないことを思うから。


 検索の途中で見つけたのは、見事に咲き誇る桜だった。

「…この町って色々咲くよな」
 風の音と共に降り積もる薄紅に見ほれつつ、ぼんやりと呟いた。
 特に意味などない、間を繋ぐための言葉。
「おう」
 傍らのにはメーがいる。少年の姿を借りた龍。
 この町にたどり着いた頃人恋しさから買った龍。
 そういえば―――
 真剣に考えたけど気の利いた名前一つ与えられなかった私を彼はどう思っているのだろうか。
 以前は口を開けば名前を変えろだのセンスがねぇだの文句をつけられた。
 けれど最近はそれもない。
 諦めたのかな。潔く。
 飽きられたのかな。このマスターについていくこと。
 飽きられたら哀しいなぁ。
 この妄想が本当だったら怖いので、私は適当な言葉だけを紡ぐ。
「…天然の桜色だねー…綺麗だ…」
「んー…。キレイ…だけど団子が欲しいとこだよな」
「花より団子だねぇ。色気のないこと」
「お前だってそーだろ」

 意味もない言葉を呟くのは楽だ。
 心を込めなければ傷つくことなどない。
 思考するその間にも花びらが舞い落ちる。
 今日は風が強いんだなぁと思いながら目を細める。
 ざぁざぁと、花びらが舞って、
 ざわざわと、心が惑う。
 はらりはらりと落ち逝く花弁。
「……桜の下に死体が埋まってるってさ、誰が言いだしたんだろうな?」
「…いや、俺はその気色わりぃ話お前の口から聞いたんだぜ? 知るわけないだろ」
「んー…だねぇ…。
 …でもさ、どんな人だったんだろうな」
「……怪談つくるの趣味だったんじゃねぇ?」
「………かなぁ………」
 相槌をうつ。
 訊いてみたが、答えは私の中にもない。
 そんなことより、ただ、初めてその話を聞いた時、漠然と思ったのだ。
 ああ、それが本当で。
 あの花が墓標だというのなら。誰が弔ってくれるのだろうと。
 墓を参る存在がなければそこで眠る死者は忘れられてしまうのではないか、と。
 きっとそれは寂しいことだ。
 魂の存在を否定するわけじゃないけど、天国だって地獄だって、きっと存在しない。
 死者が生きていける場所は、きっと生きている人の胸の中だと思うから。
 ああ、だから。忘れられるのは。
 美しいと愛でられても、きっと寂しいことだ。
 けれどそれすら受け入れて、あの木の下で糧となるなら、潔いことなのだろう、と。
 桜の下の死者に私はそんな妙な感傷を抱いた。
 はらりはらりと落ち逝く花弁。
 潔いそれらに帰る場所があればと、それなら埋められた死者も寂しくないのにと。そんな夢を思った昔。

 そう。
 もう、私は。
 夢を見ることすらできなくて、

 ざぁああああ、と風が吹く。
 帽子を押さえる。そうして押さえた頭は、奇妙に重い。

 はらりはらりと落ち逝く花弁。
 きっと天国はないけれど。
 土に還り全ては巡る。

 ぐるぐる回って、元に戻らなくて。
 すべては形を変えて。流転していくというのなら、私は―――

「――――おい、かなた。いつまでぼーとつっ立ってる気だ? 
 俺はそろそろ帰りたいぞ」
「……そだね。 
 皆が待ってるもんな」
 それでも私は、桜を見ていた。
 魅入られたように、眺めていた。
「…なあ、かなた」
「んー」
「そのうち弁当持って、花見しようぜ、これが散る前にさ。
 もちろん、皆で」
 ―――全ては留まることなく巡り形を変えていくのなら、私も変わっているのだろうか。
 変化していると、できれば成長していると、願いたい。
 そのために、こうして生きているんだから。
 思うために―――私は笑う。
「……お団子はあんこにしてもらおう」
「俺は醤油っていうのが好きだ」
「えー。甘くないじゃん。好きだけど」

 桜に背を向けて歩いていく。
 当然だが、私の心の機微などに関わりなく、人の血を吸ったと不名誉な噂を立てられた花はひたすら美しかった。



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