みんなでお花見にこよう。
その小さな約束は、すぐにかなった。
お花見にいきたいな。いこうよ。
そんな小さなやり取りが、とても幸せだった。
酒は飲んでも呑まれるな
…幸せ、だけど、さあ……
なんていうか……うん。
これは誰かを貶めるのではなく、自然な親愛の情から思うことなのだが――――
この町には変人奇人がたくさんいる。
変龍奇龍もいっぱいいる。
それを踏まえて、
―――ドラゴンがなにやっても許せるとかいえる人はすごいなぁ。
私はしみじみと思いながら、お茶の入ったコップを傾けた。
それはただの現実逃避だった。
「はははははははははははははははははははははははははっ! あははははっ!
き、ゃほ――――――――ッうッ!!!」
私の頭の上で茶色い飛行体が翼をはためかせ高笑いを発している。
それはよく見知った声だった(でも知らないフリをしたい)。 …第一、地龍なのになぜ。いつもゆるやかに落下って感じにしか受けない彼女がなぜ。飛べたのか。座ってる私の頭すれすれぐらいと言えど。なんにしろ、酒怖い。
「ごめんかなたあぁ、出来心だったんだぁ、出来心でぇっ。
お酒って分かってたけどお店の人が軽めだよ言うからぁっ。
ああああ、みんな私が悪いんだぁっ。ごめんなさいごめんごめんなさぁぃぃいいっ」
だくだくと流れる滝のような涙はそのクールな美貌をぶち壊し放題だ。
「ううううううっ。全部、ぜぇんぶ、緋那が悪いんだぁあああっ!」
違うよ、大丈夫だよ。
先ほどから繰り返しているのに、全く聞いてくれない。
切ない無力感にさいなまれつつ、シートの端っこに正座して少年へと目を走らせる。
「……でさぁ。ホント磨智は酷いしマスターはアホだしもぅ俺も疲れたんだ……
なぁ、俺が生きる意味ってなんだろうなぁ……!?」
陰鬱に呟きつつ地べたにのの字を書き綴るのはメー君。
その目線は蟻さんの行列にそそがれている。
「なぁ…なんか言えよ…」
言えないって。言ったら怖いよ。
やっぱり聞き入れてくれない辺り、私ってマスターの適正ないのかなとか思ってみたりする。
「おちこまないでくださいよ、かなたさん」
と、一見あの3人と比べ随分とマトモな風矢。
ええ、まともと思いたいですよ。
けど、
「…私、間違っても桜の木じゃないし」
呟きはやはり彼には以下省略。
「ぼくはァ、よってませーん。しらふ、ですぅー♪」
「酔っ払いほどそう言うんだよ」
実家のお父さんもそうだったし。ついでにおじいちゃんもそんなんでした。
切ない気持ちでウーロン茶を煽る。
あーもう…酒くさい。
―――皆でお花見に。
その言葉をメーは現実にしてくれた。
ほのぼのと桜の下でお弁当…は花びらとか砂とか入ってヤダと意見が一致し、お団子とお茶を飲んでいた。
……で、緋那が(珍しいことに)悪戯心だして買った酒でみんなができあがった、と。
…ドラゴンって、酔っぱらう種族だったんだなぁ…
とか再び現実逃避モード。
「…マスター、もしかして困ってる?」
…いや、別に皆つーわけではないか。一人残ってた。
「うん。わりかし」
素面の顔色で奇行にも走っていない彼、ベムはたぶん酔っていまい。
「そう」
そう呟いて、お団子を一口。
心底幸せそうに(だって緋那のお手製だものね)それを食べているその様子をみると、
うっかりかわいいなぁとか思っちゃいそうになりますが。 …そんな場合じゃあない。
「……いや、あの。
そこはかとなく困っているから、事態の収拾に手を貸して欲しいと思う」
「面倒」
「…言うと思ったけど…ホント君はっ…
…つーか君はお酒強かったんだな…いや…あっちが弱いのか?」
「お酌してきたのがメーだったから、僕は飲んでない」
「…緋那ちゃんだったら?」
「飲む。」
現金な男だ。
口にする前に彼は続けて、
「まぁ、僕も酔っぱらうとどうなるのか分からないし。
万が一にもそれで緋那に嫌われるような行動とったりしたら心が死ぬから…
飲む気になれないのも確かだけど」
「……そ…う……」
…一体何処で育て方を…
考えかけるが、…彼と会ったときにはもう性格できあがってた。
前からこんな風に若干冷めてて、緋那に関してだけが熱い奴だった。
「ん。そ。
…そんなにこの状況が嫌なら召還石に押し込めればいい。かなたは僕たちのマスターなんだから」
「…おおう」
ぽんっと手を打つ私。
ベムが呆れたような顔をした。
「…忘れてた?」
「…あはははっ♥」
「……」
「…今、君、私をめちゃくちゃ馬鹿にしたでしょ」
「…いや、少し疲れただけ」
「むぅ。失礼な。…まぁいいや」
召還石、召還石…
ごそごそとポケットを漁る。
しかし…
「あ、家に忘れた」
「嘘」
「…ははははは♥」
「…あんな大事なものを、こんな強盗殺人の溢れる町で」
「……ご、ごめん」
ベムの目が怖いです。
これは、怒ってる。怖いです。珍しい。
「…帰る。取ってくる」
「え? 悪いよ、私が」
「僕のほうが速い」
呟きと共に、風が渦巻く。
ばさぁっ
目に砂が侵入する痛みに顔を顰める私に構わず、朱や橙の混じった赤色の翼は、ばさりばさりと空を舞った。
……召還石を早くとりに行きたいと思ったのは、あんな緋那を見てるのが辛かったから。
辛かった。主に理性との戦いが。
うるんだ瞳と震える肩を抱きしめたい気分でいっぱいでした まる
でもそんなことをしたらたぶん嫌われる。
それは嫌。
ということで、とっととかなたにどうにかしてもらわないと困る。
思いながら持ってきた召還石を咥え、翼をはためかす。
「マスター、ただい」
ま、と言った僕に答える声はなかった。
すーすーすーすーす。
寝てる。
…あんだけ文句言っといて寝やがったこのマスター。
ぎり、と奥歯がこすれ合う。
湧き上がるこの感情は間違いなく怒りだ。
目がとろん、としている風矢が酒くさい息でなにか言ってるが、無視。(酔っ払いの話は皆無駄話だから)
「マスター、おきて」
ゆさゆさと揺さぶる。
ころん、と寝返りをうつ。
「むにゃー」とか寝言を呟くその息は―――酒臭い。
………。
いや、なぜアンタまで飲んでるんだ。
怒りも葛藤もさらさらと風化していくのが分かる。
―――もう嫌だ。
未だ酔っぱらう仲間たちと眠りこけるマスターを前に、僕は心底疲れたため息をついた。
宙を仰げば桜の木。
やや散り始めたそれは、初々しい若葉を見せ初めて…暢気なまでに美しく、より一層涙を誘ったのだった。