統都・西地区。その片隅に、一軒の家が合った。
温かな茶色の壁と、同じ色の屋根。どこか温かな家は、こじんまりとしているものの、いかにも居心地がよさそうに映えた。
それは、庭先で咲き乱れる花が整えれれていたことからの印象。室内も同じように整っているだろうと予想できる細やかな気配りに満ちたもの。
けれど、その家の中は、その印象を裏切っている。
クリーム色の柔らかな壁紙に囲まれた部屋は、がらん、と広い。
まるで、中の家具をまるまる取り除いてしまったように、不自然なほど広い。
狭くて広い部屋の中には、男が1人、床に腰を落としている。
ひどく力ない様子で、ぺたりと座りこみ、ぎゅうっとなにかを抱きしめている。
男は思う。黒いリボンを握りしめながら。
――――憎い。
その言葉だけが、胸を満たす。
それは己からかけがいないものを奪ったモノへの憎悪であり、それに相対する者たちへの怨嗟でもある。
憎い、憎い。どうしよもなく。
ぎゅう、とリボンを握る。黒い―――否、ところどころが、黒く汚れた、純白のリボンを。
赤く濡れて男の手に戻ってきた、彼の妹のリボンを。
―――憎い。
己から、唯一の肉親を奪った存在が。それを守れなかった存在が。否―――己を囲む、全てが。世界が、憎い。
それでも―――どうしよもなかった。
憎い―――けれど、男は憎むしか術はなく。
憎い、とその心のまま世界を敵視したところで―――敵わないのだから。
敵わないから、諦めよう。諦めて―――同じ所へ、行こう。
妹を奪ったモノへ、この憎悪を伝えることが出来ないこと、それが一層憎しみを煽ったけれど―――無力さは、どうしよもないのだ。どうしよも、ないのだ。
男は、ずっとそう思っていた。
思い、後悔し―――涙が枯れるまで、妹と暮らした家に座り続けていた。
そうして、どれほどの時がたったのか。
男は、伏せていた顔を上げ、ぽっかりと明るい月を見つめる。
白々と輝く、満月。
徐々に暑さを増し始めた日々の中、涼しげに輝くそれが―――不意に、陰った。
目の前に現れたのは、影。
その影が、月光を妨げる。なにもかもを処分してしまった寂しい家の中の、唯一の光源を。
男は、それを不思議だと思わない。不快だとも、思わない。
憎悪で焼き切れた心は、なにも感じることがない。
からっぽの身体に憎悪のみを満たした男へ、影は―――笑った。
「来なよ」
笑いながら、そっと手を伸ばす。さしのばす。男は、何の反応も示さない。
「力を、あげるよ」
力。
それは、男が心から欲するもの。かつては、幼い妹を守るためにと求め―――今は、求めているうちに奪われた命の対価に、と追い求めるもの。
影の差し出した手に、男は己の手のひらを重ねる。その唇が、ふわりとほころぶ。
それは、月の光に映える、穏やかな顔。
月夜にうごめき、力を得た憎悪を、ただ影だけが見つめていた。
その時は、まだ。影だけが。
それの意味することを、知っていた。