空を仰いで
 青い空、白い雲。鳥のさえずり。
 絵に描いたような平和な光景をバックに、奴は口を開いた。

「なあ、親友。死ぬってどういうことだと思う?」
「は?」
 お前この平和な光景の中なに言ってるわけ?
 怪訝な想いを眼差しに込めて、無言で奴を見つめる。
 奴はいつも通りに見える。いつも通り、むかつく笑顔を浮かべていた。
 だから、しんみりとした口調を装って言ってやる。
「お前、とうとうどうかしちゃったわけ?」
「なに、その常々疑っていたといいたげな言い方」
「ああ、疑ってたな。つーか、確信してた。
 …そうだ、お前がおかしいのはいつもなんだよな。驚いてすまねえ」
「うわあ。随分言ってくれるね」
 奴は大袈裟に嫌そうな顔をして作った。嘘くさい。
 証拠に、眼だけで笑いながら反論をぶつけてきた。
「親友のつれない態度に傷ついたオレは傷心のあまり明日学校でありえないことないこと叫び出すかもしれない。
 例えば君が今、我が写真部の部長こと奈々先輩に懸想していることとか―――」
「やめろ! 俺が好きなのは部長じゃないし!」
「じゃあ誰?」
「佐々、いやなんでもない!」
 なに言ってるんだ、俺は!
 我に返った時はもう遅い。奴の笑顔は勝ち誇ったものに変わっている。
「ああ。佐々木さんかあ。あの、君と同じ委員会の」
 可愛いよねえ、ぼーっとしてる君に活いれたり、しっかりしてるしさあ。
 さも以外と言いたげな口調だが、そのわりに詳細なことを言ってくれる。
「…分かってていったな、てめえ」
「はっはっは。そんな、人聞きの悪いな。
 まあ、言いふらされたくなければレッツアンサー。死ぬってどういうことだろうね? 親友」
 …………仕方ない。
 性格の悪い顔をして笑う自称親友は、どうしてもその話をしたいらしい。
 ならば…とっとと話して、あわよくばうやむやにしよう!
「死ぬって言うのは…」
 その先がどうしても浮かばない。
 なんだろう。よく分からない。好ましくないもの、というくらいのことしか浮かばない。
 いや、分からないというより、実感がない。けれど、あえて言うなら…
「…そりゃ、終わるってことだろ」
「それがね、終わってなかったんだよ」
 奴は笑った。我が意を得たり、とばかりの、ニヤリとした笑顔。
 けれど、その癇に触る顔は、すぐにかき消えた。
「今日、ガッコ来るときさ、葬式してたんだ」
 ひどく真剣な顔をして、ひどく神経な声をして。奴は大きく空を仰いだ。
「泣き声とか聞こえるし、すごく辛気臭くて、辛くて、いつもより気合いいれてチャりこいだよ。…なんか、辛くて」
 俺はなにも言わない。言えない、と言った方が正確だ。
 そのくらい、暗い顔をしていたから。
「…あんなに悲しむ人がいるんだ。全然何にも終わってないみたいだよね…」
「…で、それがどうしたよ?」
 奴らしくないその顔に戸惑って、答える声はついうんざりとした色が宿る。
 だが、奴は続ける。
「気持ち悪いと、思ったんだ」
「それは…さすがに不謹慎じゃね?」
 なにが正確でなにが敬遠なのかなんて知らないけど、それは違うんじゃないかと思う。
 思わず眉をひそめてやると、奴は唇を尖らせる。
「当事者がいないのに、続いてるなんて不気味だよ」
 一層低くなった声は、きっぱりと言い切る。
「だから、気持ち悪い」
 その顔は本当に嫌そうで、悲しそうで。
 呆れ交じりに馬鹿らしいと言おうとしたのに、まるで違う言葉が漏れた。
「…なら、お前が死んだら、忘れた方がいいのか?」
 ハッとした時にはもう遅い。
 これではまるで奴を惜しんでいるようだ。
 入学式で席が近くなって。部活もうっかり一緒になって。それからこいつには迷惑しかかけられた気がしないというのに、それは嫌だ。嫌過ぎる。
 猛烈な後悔に襲われる俺に構わず、奴は考え込むような顔をした。
 そして、納得したようにうなづく。
「それも嫌だ」
 うん、嫌だ。
 勝手にコクコク頷きながら奴は神妙ぶって言葉を続ける。
「忘れられるのも嫌だけど、嘆かれるのはもっと嫌だ」
「…そうかい」
「うん、なぜならオレのモットーは笑顔に囲まれた生を送ることだから!」
 だから、と奴は俺を指さす。なぜだ。
「オレが死んだら笑ってね。
 もう生前の武勇伝とかで大爆笑してほしい」
「武勇伝だぁ? 悪行の間違いだろ」
「なに言ってるの。ただ君で遊んだり君以外の人で遊んだりしただけでしょ」
 それを笑顔で語る辺りが悪行だというのに、こいつは一向に認めようとしない。
 舌打ちして半端に冷めた炭酸入りのジュースを飲みほし…言い忘れていたことを付け足す。
「俺はお前の葬式に出席するほど親しい付き合いをするつもりはねえ」
「ふっ。どうかな。
 『お前になんてぜってー関わらねえ!』とか入学当日から言ってたよね。けど、もうすぐ二年だ」
「あと一年残ってるだろ、縁きるまでは! いや、高校卒業したらもう自動的に切れる予定だからな!?」
「かもねー。まあ、それまでよろしくってことだね。君で遊ぶのが一番面白いしー。」
「でって言うな!」
 睨む俺に、奴は笑った。
 どこまでも楽しそうな笑顔だった。


 青い空、白い雲。どこからか鳥のさえずり。
 絵に描いたような平和な光景は、いつか唐突に途切れることを、俺達は皆知っている。
 けれど、今は、それを忘れて。
 笑っている方が有意義なのかもしれない。
 だから、奴を睨むことをやめた。
 かわりに溜息をもらす。
 心臓の鼓動を実感できる気がした。

目次

あとがき
どこにでもあるような馬鹿話がテーマ。昔部活に出したキャラをリサイクルでリフォーム。
本当、たまに意味もない馬鹿話が書きたくなるのですよ…。
2008.11.21