かつて。
 魔王と呼ばれる存在と、神と言われるものがあった。
 両者は運命の導くままに戦い続け―――…魔王は、その体を砕かれ、眠った。
 砕かれた魂は冥界に沈み、そして……

 そうして、オレは帰ってきた。しかし。
 かつての魔王は、そっと空を見上げる。
 カエルの姿で見る空は、やけに遠くて広かった。

転職希望っ!

 って、なんでだよ、って話だよな。
 オレ、魔王だぜ? なのになんでカエル? 帰ってきた魔王なだけにカエル? 薄ら寒いよ。
 他にも色々あるだろ、動物。せめて竜とかにしてほしいもんだよなぁ、オレ、なんたって魔王だぜ?
 そりゃあ、復活する時、自我食い破るだろ? その時、自我薄いなぁ、と思ったけどよ。ふ、この魔王の力の前ではいかなる生物も無力なのさ、とか思ったし。
 密かに誇ってて、気付いたらカエルってなによ。毒もない、ちっぽけなカエルだ。ぴょんぴょんと跳ねるしか能がない。かつての俺なら、跳ねる前にぐしゃりと潰してやれた生物だ。
 屈辱だった。これを屈辱と呼ばず何と呼ぶ。
 畜生、えげつない術かけやがって。なにが神だ。あんなんあがめられるようなもんじゃねぇ。ただの性悪だ。
 オレはこのまま転生を繰り返し、やがて魔王としての自我を失う。そうなるように、奴に切り裂かれた。
 オレは一息に消し飛ばしてやったというのに、なんて陰湿。まぁ、それだけオレの力が偉大だってことかもしれないけどな!
 ふん、と胸を張る。
 泉に映るのは、やはりちっぽけなカエルだった。
 …カエル。
 カエルという行きものが、こんなに不便だとは思わなかった。
 オタマジャクシの時は些細なことで干からびかけるわ陸にあげれば各種肉食獣に狙われるわ子供に足ちぎられそうになるわカエル嫌いの人間にたたき潰さえれそうになるわ。
 ふん、世界と言うのは苦しみに満ちている。なればそんなもの、オレにくれればよいではないか。苦しみを味わう間もなく、死んでいっても、良いではないか。
 ぐぅ、と腹が鳴る。
 そろそろ食わなければならない。生きるために。
 本当に、生き物というものは、生きるために乱雑な手続きを続けるものだ。

 腹を満たして、ただ空を見つめる。
 他になにをしろというのだ、かつてのように荒らすことのできない世界は、ただ続いている。
 青い空が、地平まで広がっている。
 こっちの苦悩などお構いなしだ。
 今日だけで、猫に食われかけて、鳥に襲われ。餌を2度ほど逃がした。じりじりと熱くなった地面が、不快だった。
 本当に、この身体は不便だ。弱い。早く尽き果ててしまえばよい。そうすれば、次の転生へ進める。そうすれば、次はもう少しマトモなものへなれるかもしれない。
 それだけが希望だ。…絶望をふりまくはずの魔王が、希望を求めるのはちゃんちゃら可笑しい話だが。
 ふん、と鼻を鳴らす。げこ、と喉から間抜けな声が漏れた。
 と。オレの身体に影が落ちた。と思ったら。
「あーおかーさんーカエルぅ」
 ひょい、と軽くつまみあげられた。
「こらっ。そんなものむやみに触っちゃだめよ、ばっちぃでしょ!」
 母親らしき女が、子供の手からオレをはたき落とそうとする。
 ばっちい…汚いというのは屈辱だが、全面的に同意しよう。このガキの手から俺を救え。
「やー! かわいーもん、カエル!」
 ぎゅう、と握りしめられる。それだけで、静寂な身体は痛みを訴える。…が、息絶えるには至らない。
 ふん、カエルが可愛いとは本気らしいな。まぁ、そういうガキもいるだろう。
 そういえば人間どもの童話にあったな。キスされたら元の姿へ戻るカエル。羨ましいことだ。それだけで元の姿を取り戻すとは。
「かわいーから、飼うのっ」
「お母さん、そんなの許しませんからね!」
 ぎゃーぎゃーと煩いやりとりは続く。
 結局、ガキの方が折れて、オレは解放された。

「ごめんねー…ケロちゃん…」
 ケロちゃんとはオレのことか、このガキ。もっと高貴な名前をつけやがれ。オレをなんと心得る。
「また来るからね―…それまで元気でねー…」
 ガキはぱたぱたと手を振る。
 そうして、歩いて――ふと何かを思いついたように戻ってくる。いいからとっとといけ。
「ケロちゃん、コレ、あげる!」
 ぼとり、と落とされたのは包装紙に包まれたままの飴玉。
 ふん、勉強不足なガキだ。こんなものは食えない。
「じゃぁねえ! ケロちゃん!」
 母親に手をひかれ、ガキは帰っていく。
 残ったのは、オレと飴玉。
 ぴょんと跳ねて蹴る。でかいそれは、少ししか動かない。…こんなものを砕くこともできないのか。
 ふん、本当にこの身体は虚弱だ。
 せっかく食ってやるかと思ったのに、なんてザマだ。
 ぴょん、とはねてみる。
 少しだけ近づいた空は、やはり広いままだった。

目次

あとがき
 意味なんてありませんよ? あるのはただカエルが魔王という状況を書いてみたかった気持ちだけです。
 いやぁ、あれですね。やたらと世界に危機が訪れまくるあるリプレイを読んでいたら、こう、つい、世界に危機訪れさせたくなってきまして☆
 書いてみたら「魔王カエルっていいじゃね?」みたいなことが浮かんできて…こうなりました。この世界に危機はきっとこない(笑)
 魔王スキーの皆さまが見たら気を悪くされるのでと怖いところですが、笑って許してください。
 シリアスな魔王ものはそのうち版権で書くからいいです(オイ)
 そんなこんなの一発ものでした。
 2010/02/26