入学条件は、優秀な魔法使いになる可能性があること。
 そうして高い魔力を秘めた男子だけを集めた、学園があった。
 それは高い崖の上にある、伝統と格式とを誇る学園。
 外界から隔たれた麗しき象牙の塔。
 その古びた寮の廊下を、音もなく行く青年が一人。
 山ほどの花を抱え、億劫そうに歩く青年は、自室の扉を軽く蹴った。

「ちょっとテオ。あなた、足でノックとか…どれだけお行儀悪いの…」
 乱暴なノックに応じて、扉をあけた少女が言う。
 肩につくかつかないかの長さで整えられた柔らかな金髪。空や宝玉を思わせる、濃い青の瞳。
 そして―――ひどく白い、白すぎる肌。
 白く愛らしい顔を呆れてゆがめる彼女に、テオフィルは何も言わない。
 黙ってどさりと花を机の上に置き、ふん、と鼻を鳴らす。
「両手がふさがっていたんだ」
「…そりゃそうだろうけど。口で呼びなさいよ」
「お前がぐーすかねてたら気づかないじゃないか」
「こんな真昼間から寝ないわよ! …たぶん!」
「……ともかく、お前がいるからいいだろう」
「そういう問題じゃないわよ! お行儀悪いっていってるの! もう! あとこのお花なに!」
 机の上の花を指さし、少女は不機嫌な顔で言う。
 赤、青、黄色。白、紫、薄紅。
 色とりどりの花弁を一瞥し、彼はぷいと視線をそらす。
「…春は花なのだろう?」
「え、そうだけど…なに…? テオがそんなこと言うなんて…偽物…?」
「……むごい女だなお前」
「え、なんでそこまで言われなきゃいけないの」
「春は花なんだろう」
「…いやまあそうだけど…」
「だから、で…
 …ともかく受け取れ。ヴィオリナ」
 名を呼ばれた少女はきょとりと目を見張る。
 大きな目が零れ落ちんばかりにそうして――――
 ありがとう、と囁いた。

「すっごく嬉しいけど。こういうのは包んでくれなきゃわからないわよ。
 すっごく嬉しいけど。まったくもう、テオは素直じゃないわね♡」
「……どうせすぐにそうして花瓶に生ける。わざわざ包む理由はなんだ」
「ロマンよ!」
「腹が膨れん」
「食いしん坊」
「お前に言われたくはない」
 ふ、と皮肉気に笑う彼に、花瓶を窓際へと置いたヴィオリナも笑う。
 笑って、いつまでもローブを脱がずに、壁にもたれるテオフィルに首を傾げた。
「…テオ、またどっかいくの?」
「…邪魔な花を片付けたらすぐに出ていくつもりだったからな」
「…そう、いってらっしゃい」
「…いや。お前も来い」
 ひらひらと手を振った形のまま固まるヴィオリナ。
「呼びに来たんだ。来い」
「…デートのお誘いに花束なんて。ホント、テオらしくないわね」
 短く誘う言葉に、彼女は楽し気に笑う。
 楽し気な表情に彼はほんの少しだけ頬を緩めて、すぐにさっと顔をそらす。
 照れを隠せないその姿に、少女はますます笑って。
 細い腕を、彼の腕に絡めた。


 学園にある寮を出て、講義のための塔へと向かう二人を、春の日差しが包み込む。
 厚い生地でできた日傘を回して、ヴィオリナはにこりと微笑む。
「ところで、どこ行くの?」
「…なぜ行き先を聞かずにそこまではしゃげるんだろうな。お前は」
「だって。あなた。わたしを変なところにつれていかないでしょ?」
 ざあ、と吹いた風に短くなった髪を遊ばせ、愛らしい少女は言う。
 ―――彼と彼女が出会い、もうすぐ二年近いときがたつ。
 その間に、何も変わらない表情。
 変れない元死人に、それでも彼は小さく頷く。
 絡められた腕を振りほどくことなく、ある教師の元へと向かっている。
「…逆に、あなたが。…あなたが、わたしを連れて歩くと、変な目で見られない?」
「自己主張の激しい奴だとは思われてるな。…魔法使いにはよくあることだ」
「…そういうもの?」
「皆己の作品を見せびらかしたいのさ。…僕はどうでもいいが。しかし、お前は腐ったら困る。たまに日干ししないとな」
「…失礼ね、っていえないのがつらいわ」
 元死人で―――元夢魔。
 いまはアンデットとなった少女は、主人である青年に苦笑した。


 震える背を撫でて、初めて己から触れた背中を抱き締めて―――テオフィルは考えた。
 どうすれば、この少女を傍においておけるか。
 誰からも害されることなく、害することなく。
 己の傍で、共に―――共に、あれるのか。
 涙をこらえて震える少女は、こんなにもひ弱で、こんなにも愚かで。人にとって脅威になどならない。なりたがらない。
 ならば、どこかに。
 どこかに――――なにか。
 考え続けた少年は、ふと気づく。
 この少女が退治されなければよいのだと。
 人外の存在であっても―――人に絶対逆らわない確証があれば、むしろ。堂々と連れて歩ける。
 ―――己の作品であれば、つれておける、と。
 なんでもできる秀才は、そうして、己の道を定めた。

 彼はその日、書き終えて居た論文を暖炉にくべた。
 蒼い顔で驚く彼女に構わず、外出許可を早急に入手し――彼女の死体を。骨を見つけ出した。
 白いそれをすりつぶし。アンデットを―――死体がない分、土に陶器に彼の血に―――思いつく限りのものを混ぜて作り上げたを人形を指さし。
 そこに宿れと。宿ってくれと、彼女に言った。
『…そんなこと、できるの?』
『やれ』
『やれって、あなた…』
『ただの馬鹿な幽霊が、サキュバスとして生きていた。
 ならアンデットになれない道理があるか』
『そんなこと、言われても…』
『これがダメなら違うものを作る。…最悪お前の身内の死体でも掘り起こそうか。死体にさまよう魂を閉じ込めることは、いくらでも成功例がある…』
『テオ!?』
『…なんでもするから。なんでもしてくれ。
 ……頼む』
 冷たい声を、何度も聞いた。
 馬鹿だのんきだ、意味がわからない。
 そんな風に彼女に文句ばかり紡いでいた彼は、その日すがるように手を握ってきた。
 ―――この日のことを、わたしは一生忘れない。
 この歪な生が、いつ途切れると知れなくとも。
 決して忘れないと、彼女は誓った。

 そうして、色々と―――本当に、色々とあって。
 彼女は彼の命令だけを聞くアンデットということになっている。
 論文の独創性のなさに絶望した彼が森をさまよった結果、偶然拾った骨から作り出された、意思のある人形。
 そういうことに、なっている。
 彼女を作りだした後も、すっかりその道を生きる道と決めたテオフィルは、かつてと方向性が変わったものの、そこそこに優秀な学生という評価を受けて、近いうちに学園を後にする。
 それからは、ひとまずは似たような研究をしている魔法使い達の元へ身を寄せると聞いた。
 ―――ずいぶんあっさり行き先が決まったのねと驚く彼女に、彼が得意げに笑ったのはつい先日のことである。
 テオフィル―――テオフィル・ハリソンは、そこそこ将来を期待されるネクロマンサーであるらしい。
 そんな彼に、ヴィオリナはふう、と不満げな顔をする。
 ―――太陽の光から身を守るためにと贈られた日傘を回して、小さくぼやく。
「サキュバスをゾンビにするなんて。なんて罰当たりな話ね。今思えば」
「バチ? モンスターをどうしようと勝手だろう」
「死体…いえ体は残ってないし骨もボロボロだったけど……死体を辱しめるなんて変態よ。バカ」
「……仕方ないだろう」
 いまさら何を、とため息をついた彼は、からめられた手を握る。
 そこには依然として体温などなく―――けれど、かつてと違い、凍えるほど冷たい。
 滑らかでもなく、触って心地よいものではない。死体の冷たさをさらす。ひどく歪なその皮膚。
 凍り付きそうな手触りを、テオフィルはそれでもかつてより気に入っている。
「お前が僕に会う前に死ぬのが悪い。
 僕だって嫌だったぜ、あの寒い中骨の捜索なんざ」
 凍えるようなその感覚が、このか弱い娘のここにいる証ならば。
 熱くも冷たくもない、あの滑らかなだけの幻より、よほど―――安堵している。
「……あなたの評判も、ずいぶん悪くなったでしょ。幽霊に憑かれてるとか、逆に自分が殺したのを連れて歩いているとか…言われてるじゃない」
 夢魔である自分を強いと自負していたヴィオリナは、ずいぶんと不満がっているが。
 この言い方では、不満以外にも思うことはあるのだろうが、それもテオフィルは気にしていない。
「まあそうだな。僕はすっかり死体愛好の変態呼ばわりだ」
「…テオはそれでいいの?」
「良くはないが、仕方ない」
 恩師の暮らす塔へと足を進めつつ、彼は大きくため息をつく。
 嫌そうなため息に、傷ついた顔をする彼女に気づかぬまま。
「お前は僕に会った頃から、そういうモノだろう。今更気にすることじゃない。お前も、ぐたぐだ騒ぐな」
 けれど、ぞんざいなその言葉を聞いた彼女は、くしゃりと顔を歪める。
 痛みをこらえるような顔をして―――彼の手をぎゅうと握り返し、全身で抱き付いてくる。
「……テオはバカね」
「馬鹿が何を言う」
 歩きづらいんだよ、馬鹿。
 短く毒づく彼に、かつてのように身を任せながら、彼女は笑う。
「ほんと、バカ。
 最高のバカ野郎なんだから!」
 おかしそうに、楽しそうに。
 心から明るく響く声に、彼はなにも言わない。
 ただ、ほんの少しだけ頬を緩めて、言ってろ、と小さく笑った。

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2015/10/12