にゃあにゃあ見えない子猫さん。
 あなたの爪が胸を抉るよ。

鍵を沈める

 シュレーディンガーの猫。…という理論が世の中にはあるらしい。
 好きな歌で扱っていたから、少し勉強してみたけど。よく分からないから、適当に解釈してみた。
 箱を開けなければ、猫の生死は確認できない。確認できないことは、あるとないが半分まじった不思議な状態。
 要するに、見えないものには可能性がある。
 見えなければ、希望を持ってられる。
 始めなければ、ハッピーエンドだって紡ぎだせる。
 そんな風に、思ってる。
 …死ぬほど適当な解釈で、正しいの知ってる人には、怒られそうだけど。
 けどまぁ、あたしの世界の解釈なんて、精々この程度。
 そんな箱を作る気も開ける気もない。
 だって、開けなきゃ分からないから。
 分からなければ、夢が見れる。
 ああ、すばらしい。
 まるで、この世の中のようだ。
 箱の中の猫が生きていても死んでいても、見なければショックを受けなくてもよい。確実に死んでいるというのなら、見る気がしれない。
 世の中には、そんなことがいっぱいある。
 やらなくとも分かっている。失敗することは目に見えている。
 それなのに、やらない限りは言われるのだ。
 『どちらに転ぶか分からないじゃない?』
 ああ、正論だ。正論だと、そう思う。
 けれど、やらなければ本当に分からないのだろうか?
 どう考えても無理で、うまくいきっこない希望の方が、世の中にはたくさんあるのに。
 手をつけなければ、希望を持ていられる。
 もしかしたらうまくいったかもしれない。
 そんなありもしない夢は、実際に手をつければ消えてしまう。消えてしまうとしか思えなくとも、やらなければいけないことはあるのだろうか。
 やらない後悔よりやる後悔。それは結構だ。結構だ、けれど。
 夢のままで終わらせた方が幸せなことは、絶対にあるのに。

 挑戦することは、本当にそこまで尊いこと?
 失敗して落ち込んで、そうして他のものに支障が出てまで、やらなきゃいけないこと?
 やらなければ後悔する。ええそうね後悔するわ。
 でもやっても後悔するだけだもの。その姿しか見えないもの。
 ああ、箱といえばパンドラの箱も箱よね。世の中のあらゆるものが入っていて、最後に希望があるっていう、あの迷惑な箱。疫病、悲嘆、欠乏、犯罪。そんなものが全部あふれて、ようやく希望がでてくるっていう、あれよ。
 あれだって、あけない内は楽しかったでしょうね。
 開けるな、って言われてたんだもの。きっとよくないものが入ってること、分かりきっていたのに。
 なにが入っているかを考えるのが楽しすぎて、手を伸ばしてしまったんでしょう?
 なにが入っているか、想像していればそれでよかったのに。
 そうすれば、幸せだったのに。
 やって後悔することだって、あるんじゃない。やっぱり。


「…それなのに世の中って。無粋」
「いや色々かっこいいこと言ってるけどさあ。要するに宝くじは当たらないから買わないってそれだけのお話だったよね?」
「だから、言ってるじゃない。買ったりしたら当たらなくてがっかりする。買わなきゃもしかしたら2万くらい当たったかもーって夢を見てられる」
「でも買わなきゃ当たらない。だからそれは妄想って言う」
「妄想上等! 妄想はただだけど宝くじは300円よ?」
「妄想にふけるクセに夢がない女だな君は!」
「友達が300円で紙を買うことを止めてあげてるのよ! なんて優しい女だわあたし!」
「いや今やってることは商売妨害だよ?」
「こんなアホな話で妨害される程度ならその程度の商いよ!」
「もう黙れ君は!」
「ええ黙るわ。こーんなに言っても聞かないあなたなんて、知らない」

 ええ、あたしは黙るわ。
 猫の箱も、パンドラの箱も。
 開けなければ、希望はそのまま。胸の奥に秘めておけるから。

 好きだと言えば、あなたはふりむいてくれるかしら?
 特別の相手がいないあなたの特別になれる余地は、確立だけなら残されているけれど。

「…んなに拗ねなくてもいいじゃないか。大袈裟な女だな」

 そう言って困ったように笑うあなたが。
 こちらの気なんて全く知らずに手を伸ばすあなたが。
 あたしを特別にしないことなんて、試すまでもないじゃない。



 鍵なんていらないわ。
 箱を開けて、夢を失って。
 それで後悔するくらいなら。
 そんな箱はあけないわ。
 希望のあるまま沈ませて。
 深い海で眠らせて。
 いつか終わりの来る日まで。
 優しい夢に、酔わせておいて。

 箱の中、ありもしない希望がどれだけ爪を立てたとしても。
 あたしはそれでいいのだから。

目次

あとがき
 いや、世の中うまくいかないからと諦めていいことばかりじゃないですけどね。けどね。
 うまくいかないから諦める。それで幸せになれるなら。
 そっとしといてくれよとも思うこともあるわけですよ。
 …ま。どっちにしろ後悔はするんでしょうが。世の中後悔しない生き方というものは、ありえないわけですし。
 しない後悔とする後悔。どちらを選ぶのかは、その人の意思に任せてほしいものです。
 2011/01/17