ねえ僕らはどうして。
 普通であることが正しいなんて、なんでそんな風に思ってしまうんだろうね。

殻と刃

「不思議だと思わない?
 個性を伸ばす教育、なーんて言うのにさ、実際個性を矯正するような教育がまかり通る。
 人と同じは嫌だ、と歌う人間は、みな同じような行動に走る」
 ぐい、と伸びをする彼女に、私は答えない。
「皆個性より差異のないことの方が好きだよね、きっと。
 普通ってそんなに偉いことなのかな、ねえ?」
 私は答えない。
 彼女も何も言わない。
 落ちる沈黙。
 それは決して不愉快じゃないけれど、私は口を開く。彼女といるのが不愉快ではないと認めたくなかったのかもしれない。
「偉いよ。強いものは偉いと決まっている」
「強いかな、普通は」
「強いよ、多数決が、この世でいちばん」
「君にとって、普通は多数決で決めるものなんだね」
 くす、と笑う彼女に、私は今度こそ口を噤む。応えるまでもない、そんなことは。
 普通とは正しさを表すことではない。
 ただ、この世で一番支持されている意見が、思想が、普通と呼ばれる。
 一度普通と呼ばれたそれは、正当性という刃になる。
 その、鎧のような、刃のような『普通』に『普通』じゃないものは、やわやわと拒絶されるのだ。
「…ああ、飲み終わっちゃった」
 黙る私を不審がるそぶりを見せることなく、彼女はそんなことを呟く。
 その手に握られたのは、冷たいコーヒー。ちなみに無糖。ついでに、私は紅茶派。ミルクと砂糖をたっぷりいれたい。それもまた、差異。
 皆違って皆いい―――
 その言葉は、あくまで『普通』に属した上で、些細な個性を褒めるためのそれ。
 はじめから『普通』じゃないと言われてしまえば、そんな言葉は慰めにならない。皆と違ってだから駄目。それが『普通』なのだ。
「飲み終わったなら、いったら?」
「え? でも、まだ、君は飲んでるじゃない」
 だから待ってるよ、と彼女は笑う。
 普通じゃないと言われた私にこんな風にかまう彼女も、おそらく『普通じゃない』と言われている。
 けれど、彼女の『違い』は好ましいともされるものだと、私は知っていた。
 私なんかに構わなければ、『普通』の中でシアワセにやるだろうということも、知っていた。
「…私はあんたが嫌いだ」
 唐突に言ってみる。
 彼女は気を悪くした風でもなく微笑んだ。
「私は君が大好きだよ」
 その笑顔に、募るのは苛立ち。
 それでもいつかいなくなるくせに。
 一人にするくせに、慣れさせないでくれ。
 二人から一人に戻るのは、とても痛い。辛い。泣きたくなる。
 だから、そうなる前に、いなくなって欲しい。
 まだ一人と一人でいるうちに、消えて欲しいのに。
 ベンチから腰をあげて、一緒に帰ろう、と誘う声に、私は抗えなかった。

目次

あとがき
 まあボラで小学五年と触れ合って来まして。自分の小5思いだして鬱になり。
 鬱々を吐き出してみた話。
 普通って、多数決の結果だと思うのですよ。むしろ世界最大の宗教だと思うですよ。それに属せたら最高の鎧だけど、属せない人間にとって、有害になると思うのですよ。
 属せなかったなら、どうせ除外されるなら、一人でいた方が楽ですよね。
 楽と幸せがイコールじゃないのが、人間の悲しいところで、愛しいところなんだろうなあ、と。今はそんな風に考えられます。
 まあなんかともかく。普通じゃないのを気にするのはある意味「普通」の反応で落ち込むほどのことじゃないけど何となく何年も同じことしてる自分うぜえよという話でした。
 09/10/05