Break time
いつものように執務室のドアを開けると、そこには黒いコートを中心に黒尽くめ、とどめは古めかしいモノクルの男性がいた。思わず一人仮装パーティかよとかつっこみたくなるような格好だが、遥霞はそれとは違う言葉を唇にのせる。
「…ずいぶんとお久しぶりで。生きてたんですね。アルスさん」
「うん。久しぶり」
三十後半ほどのその男性はひらひらと親しげに手を振っている。
勝手に人の机を占拠して紅茶セットを広げる彼の名はアルス・バロットという。
闇医者を続けるために仲介屋を営み、どちらも超がつくくらい一流。裏は勿論表でも名が売れているらしい。
ちなみに各地をふらふらと遊行している所為で中々捕まらないことでも有名だ。
「返済要求、暇つぶし……どちらですか」
付け加えれば十六にして『何でも屋を立ち上げる。』など無謀な主張した一少年にポンとかなりの資金を貸した酔狂な人物でもある。
「うーん。どっちでもないな、今日は。君の顔でも見ようかと思って?」
へらりと笑うこの態度を見ている限り、疑わしい部分は多々あるが。
「…あっそ」
かつてその“無謀な少年”だった青年は憂鬱げにため息をついた。
―――俺は別に見たくなかったな。あんたの顔。
遥霞は彼が苦手だ。スポンサーだから頭が上がらないし、命を救われた恩もあるのだ。なにより。
「まー俺の顔ならいーけどね。智華は駄目ですよ?」
「へぇ、そー」
―――なにより! 智華! こいつに愛想いいんだけど! やたらと!
心の中で握りこぶしをつくりつつ絶叫する。
智華が笑うことなんてなったに無いのに。
俺なんて月に2回くらい微笑みかけてもらえればすごくいい方なのに!
そんなものをいちいち数えている辺りが心から嫌がられていることを彼は気にしない。
「で、だから。なんの用事? なにもなくて来ることないだろ。あなたは」
「そうだけどねえ。久しぶりに会ったんだからお茶でもどう?」
「…ここはお茶のむ机じゃないんだけどな…」
たっぷりと紅茶で満たされたティーカップ。それがパソコンの脇にあるというのは中々に心臓に悪い。
「まあまあ。イラつくときには美味しいお茶だよ?
…本題だけど私の知り合いに、温泉ほり当てた奴がいてね」
「……はあ」
気の抜けた相槌を打ちながら続く話を聞きながら、勧められるまま受け取った紅茶を一口。
―――そんな軽く掘り当てられるもんだったか温泉って。
「宿を開くぜって意気込んで、先月オープンさせたよ」
「それはめでたいですね。それが?」
「私は友人ということでご優待券貰ったんだけどねえ…」
「なくしたから探せとか言ったら断りますよ」
六年ほど前に世話をしてもらったときに見た彼の住居の、散らかっているというレベルを超越した樹海じみた部屋を思い出して冷たく言う。
「違う違う。泊まるならじゃあとりあえず準備でもしようかと思ってね。一番近いねぐら、ここのだからって久しぶりに帰ってきたのは良かったんだけど。
怪我人ひろちゃてさあ。しばらく手はなせなくなっちゃた。でも期限あるしね。君にあげます」
茶色のクセの強い髪をくるくる指にまきつけつつ、ごまかし笑い。
「…相変わらずですね。犬猫じゃあるまいし人をそんな軽く拾っていいの?」
「良くないだろうなぁ、と言っても趣味だからね。―――ま、君みたいな金づるになるのもたまにいるから採算はとれなくもないよ、といえるくらい頑張ってねv」
にこにこと笑いあいながらの会話が続く。
「アルスさん?」
胸の内などさっぱり読ませない微笑みの心臓に負担のかかりそうな会話は、第三者の介入で途切れる。
「あ。智華ちゃん久しぶり」
「お久しぶりです。お元気そうで安心しました」
にっこりと笑って手を差し出すアルス。断るのも失礼ですよねと思い握り返す智華。
「オイこらおっさん。人の女に手ぇ出すなって何回言えば理解す」
お約束な台詞を恨めしげに呟く遥霞。その手が銃にかかる。と。
「遥霞。」
智華の冷たい眼差しがその先の動作を制する。
アレスは面白がるでもなく避けるのでもなくマイペースに紅茶をすすっている。
ぴたりと素直に立ち止まる遥霞。だがその静けさはほんの数秒。
「……智華の馬鹿ぁっ! 浮気者ぉっ!」
うわぁーんとか叫びながら派手にドアを開け部屋から走り去っていった。
これのどこが浮気なんですかと逐一訊いていられるほど智華の気は長くない。
仕事があるのだからどうせ戻ってくる。
「相変わらず躾が行き届いてますねえ。助かりました」
「…いえ、別に」
言葉少なにほんの少し苦笑しながら答える。
「…惜しいことしてるよなぁ」
アルスがなにやら感心したような顔をして、首を傾げる。
「なんですか?」
「見せてやりたかったな〜と思ってね。目真っ赤に泣きはらしてずっと遥霞君についてた君。
寝不足で倒れられたら迷惑って言わなきゃ意識戻るまでついてたんじゃない?」
「…………。そういうこともありましたね」
目が赤くなったのは単なる寝不足です。確かに泣きはしましたが常時泣きながらついていたように言わないでください。
一言二言言ってやりたい言葉がよぎったが『照れ隠し?』とか返されるのがオチだ。
なににしてもそれも真実ではあるし、黙っておく。
「青春だねェ」
「青春とはいつから血まみれの人間の止血を試みようとする風景に対して使われる言葉になったんですか?」
アルスがうんうん、とオーバーリアクションで頷く。
返ってきたのは冷静そのものの声だった。
後日。
やってきました慰安旅行。
果たしてこのメンバーで日頃の労をねぎらうことができるのかなど訊いてはいけない。まだ答えは出ていないのだから。
―――男湯
かぽーんと遠くから小気味良い音が聞こえてくる。
空を見上げると広がるのは実に爽やかな青空だ。
そんな和やかともいえる空気をぶち壊したい願望でもあるのか壁に必死によじ登り爽やかさと対極の行為に走ろうと奮闘する男が二人。彼らの(そろそろそんなものはないという説が濃厚だが)名誉のために名前は伏せておこう。
「…学習能力のない奴ら…」
並々ならぬオーラを発しつつ壁をよじ登る馬鹿二人に背をむけながら呟く竜臣。
「別に、竜臣には迷惑かからないだろ」
「前は失敗したし、リベンジのチャンスだからね」
「確かに俺には害はねーけど…」
「「覗きは男のロマンだ。」」
美技と呼べるほど見事に重なる力に満ちた声。
こんなところだけで意気投合しないで欲しい。
「…俺には害はねーけど後で一緒になって怒鳴られるんだろうな」
ふふ、と壊れ気味に笑う彼はいつもこんな役回りだ。
「竜臣、だから気にしても無駄だって。そろそろそりこみの辺りがやばいぞ?」
ぽんぽん、と肩を叩いて慰める慶。
「どうせ怒られるんだよ? 後で」
白蓮も可愛らしく笑いながら傍観している。
―――触らぬ神には祟りなしというやつかもしれない。
そんな程よい無力感に襲われていると、ものすごいスピードで黄色っぽっい物体が目の前を横切った。
その黄色ぽっい未確認飛行物体…二つの風呂桶が覗き魔にクリティカルヒットする。
かっこおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん……
と軽やかな効果音と、べちゃっという重い物体が、いや人体がぬれた床に落ちる嫌な音も続いた。すばらしいコントロールだ。勢いも申し分がない。
「なぁにぃぉ…っ」
屋内風呂の方から声と気配。
「なにしやがってるんですか!? 貴方がたは!」
紅い髪が目に鮮やかな長身の美青年は容姿に少々不釣合いな甲高い―――ヒステリックに裏返りかけた声で叫ぶ。
「…君…あの時の?」
「古凪、紅也君だったよね。確か」
血をだくだく出しながら何事もなかったかのように顔を上げる覗き魔二人。
どこぞやの銀髪のストーカーを思わす復活速度の速さに紅也はますます気分が悪くなった。
「はい、そうです。ってなんでんなことしつつ冷静なんだお前ら!」
一人ノリつっこみを繰り広げつつ、びしっとその指を変える。
「そこ貴方がたも!!」
どうやら怒りの矛先が傍観者に向いたらしい。
「友人が道ふみ外そうとしているのになに黙ってみてるんですか? 止めてあげればいいでしょう!?」
ものすごい剣幕の大音量で怒鳴る紅也。
他の客がいたら文句がくるのは必須だろう。
「止められるものならとっくに止めてる。それと友人じゃない」
「手遅れだと思うよ?」
「オレには関係ねぇもん。こえーんだもん、二人とも」
毎回こんな光景を見て(ついでにヒドイめにあってきた)ゆえの台詞。
しかし、そんなことなど知ったことではない生真面目で潔癖な紅也にとっては無責任というか映らない。だから。
「あ―――っ!
もういいです!」
入ってきたときと同じように派手な音を響かせて走り去る。
彼はなにをしにきたのだろう。
「……昔の俺を見てるようだ……」
「なんかコメント老け込んでるよ」
―――年齢不詳につっこまれたくねぇよ。
「…だいじょーぶだと思うけど、大丈夫か?」
慶が半身を湯につけたまま首だけ伸ばして問いかける。
「別にこんなの雅に殴られたり蹴られたり投げ飛ばされたり刀向けられたり(三階から)落とされたりしたことに比べたらどうってことないよ」
「智華にコーヒーに塩入れられたこととか銃身で頭ぶん殴られたり金属補強してある本の角でぶん殴られたりしたことに比べれば甘っちょろいよ」
とか言いつつ二人とも中々血は止まらない。
体が温まっているおかげで血の巡りが大変よろしいようだ。
「二人とも丈夫だね」
「めげねぇな」
「……」
―――なんでそんな女がそこまで好きなんだろうこいつら…
竜臣は改めて奇怪な生物を見るような目で彼らを見つめたのだった。
女湯―――
男湯のアホな騒ぎはこちらにも丸聞こえだ。
「痴漢で捕まってもぜってーフォローしねぇ」
「どーにかならないのかしらね、あの変態二人」
「どうにかできるならとっくの昔にどうにかしています」
心底うんざりしたような会話を交わす雅、希羅、智華。
他の客もそれなりにいるのだからまさか覗くことはないだろうと思っていたのだが甘かった自分を再確認だ。
「あいつらに常識を求めた俺が間違ってたよな」
「そんなことより…雅さん、痣多くないですか?」
「これか? ぶつけただけだ」
「そそっかしいわねぇ」
覗き・そんなこと扱い。
慣れとは実に恐ろしい。
どこかで聞いたことのあるような誰かのヒステリックに裏返りかけた声をバックに、和やかな会話を続けていると、がらら……という音と共に温かな空気が流れこんだ。
「…紫音さん?」
新たに露天風呂にやってきた人物を見て唯一扉に背を向けていない智華が呟く。
「……あんたらは……」
その目つきの悪さの所為で、せっかくの美貌は華よりも険ばかり感じさせる長身の美人。
宝蓮紫音は心から忌々しげにうめく。
「…どうりで男湯が煩いと思った…」
なんだかとても不名誉な価値観だ。三人は否定できないことを心から哀しく思った。
「…一緒させてもらうぞ」
思わず回れ右したい気持ちになった紫音だが、今あがると最悪、同僚で天敵の男と顔を合わせる可能性があると思いとどまる。
―――風呂に入っていれば確実に顔合わせなくてすむからな…
「今日はあの小うるさいコとか腹黒そうな人は一緒じゃないの?」
「…別に常に一緒にいるわけじゃない…。…それとマリシエルは小うるさい通りこして歩く騒音だし聖那は爪の先まで真っ黒だ」
「ふぅん。あ…あとあの性格の悪そうな金髪」
「…ああ、望月か。あの若白髪か。あの嫌のことしか言えない病気持ちのあれか。
…あんな奴は名も呼びたくない。縁を切りたい。歩いた後に塩をまきたいむしろ半径三キロ以内に入ってほしくない!」
なんかむちゃくちゃ据わった目で呟く。
「それは無理だろ」
『少し悪く言う』程度の希羅の言葉に対して三倍くらい膨らんで返ってきた言葉に、呆れたように言う雅。
「まだ出てくるぞ、奴を貶す言葉ならいくらでも」
ふん、と軽く鼻を鳴らす。
「そうだ…。『小うるさいコ』と『性格悪そうな金髪』は、一緒に来てるんだよ。
……できれば遭わないように気をはってくれないか?」
「…それでなんとかなる問題なら、な…」
『あう』アクセントに微妙なものを感じつつも雅は答える。
「不吉なことを言うな…」
彼女はそう呟いた時点で、厄介ごとに巻き込まれることはいつもの如く決定していたのだろう。
風呂上りに一悶着あったものの、とりあえず腹が減った飯が冷めると食事中だ。
鮮度の良い海鮮物を味わえる至福を、一見和やかに堪能する。
「そーいやさぁ…この後あるっていう卓球大会、エントリーしてきたから」
だしの美味しいアサリの味噌汁すすりつつ遥霞が言う。
「また勝手にそんなことを…」
「だってスポンサーの友人に人数集まらないって泣きつれちゃねぇ。ご機嫌はとらないといけないし?」
諦めたような雅の言葉に笑顔が返ってくる。
楽しそうな笑顔を見ている限りその理由が真実かどうかは非常に疑わしい。
「俺はパスだ。面倒」
「卓球のルール、わかんねぇ」
「へえ、そう。それは大変だな。
でも……出ろ。」
綺麗な笑顔で脅迫する彼は覗きの所為で『口も利きたくありません』と宣言されたおかげで非常に機嫌が悪い。
それこそ触らぬ神にたたりなし、な状態だ。
「ちなみに賞金は、十万らしいよ」
それなら…と一同は同意する。
どうせ逆らえるわけでもないし卓球くらいいいだろう。
…この時彼らは卓球くらい、ですまなくなる未来など、誰も予想はしなかった。
第一回卓球大会
「…第一回ってことはこれからもやるつもりなのか?」
「さぁ?」
第一回戦・Aブロック。
「あっ…」
どこまでも白い白磁の肌に、人形のごとく整った顔立ち。まさに美少女といった風情の少女を見て、雅は軽く驚く。
「あー。…男だと思ったら女だった人!」
少女も驚いたらしくやたら失礼なこと言いつつ指差す。
人を指差してはいけません。
雅VSりお、だ。
「…その節はどーも」
少し前、仕事で意気投合した明乃と食事に行ったとき、雅を『明乃の恋人』と勘違いした少女だ。
そしてその飲み会(?)でひたすら無言で泣いていた姿がちょと怖い泣き上戸の少女だ。
ちなみに雅が女だと知っても『え? じゃあオカマの人なの?』と勘違いをしてくれた。明乃曰く『悪いわね…悪意も脳の中身もないコだから』だそうだ。
確かりおと呼ばれていた気がする。
「へー、団体さんって、あなた達だったんだ。
…残念だね、雅輝さん出没したからって明あなたに会って愚痴りたいとか言ってたのに」
「ふぅん? 仕事かなにかか?」
「そー。依頼人がとまっていいよって手配してくれたの」
見た目からして年は自分と同じくらいだろうと思うのだが、やたらと喋り方が幼い。
なんというか、少し疲れる相手だ。
「それで賞金が十万とか言うイベントがあるって聞いてね。ボク、お金ないし、優勝できたらなと思って。
金は天下の回り物。それなら回る前にふんづけてでももぎとって来い。って武がよく言うんだよねー、きっとこれからも給料出す気ないんだよね」
「……そうか」
―――あいつの兄貴って…なんかなぁ…。
トップを張る人間にまともな人材はないのか、少し疑問に思った。
「とっととやろーぜ」
要領を得ない上に延々続きそうな会話に疲れてきた雅が言う。
「はいっ。よろしくおねがいしまーす」
なぜか背筋を正してりおは答えた。
勝負は、それなりに接戦の見所あるものだった。
そして後ろからの雅に対する応援とりおの『十万、十万…』とかいう呟きが少し煩かった。応援の甲斐あってではないだろうが、勝者は雅だ。
第一回戦・Bブロック
「…えーと…誰?」
「マリシエル・ルーカスでぇす♪」
真顔で失礼なことを言う慶に、満面の笑顔が答える。
ちなみに彼女の後ろには今もなにかひどく疲労した顔の紫音と、常の如く笑顔の望月玲人がいる。
慶VSマリシエル
勝負は…非常に悲惨だった。
理由・慶が下手だから。
とにかく空振りが多い。偶に当たっても明後日の方向に飛んでいく。野球ならストライクかもしれないが卓球ではアウトだ。
「…あなたのその目って、ホントに見えてないんですよね?」
つまらないとでも思ったのか、マリシエルが問いかける。
「………いや、ちょと目に…デキモノが」
いやぁ実は刀で斬られてさ、という本当のことを言うわけはいかない。
目の前の少女はともかくギャラリーの反応が怖い。
本日の慶は人目を気にしていつもの眼帯ではなく、白い包帯。そして黒いコンタクトを入れてる。包帯は包帯で怪しいが、とりあえず彼はそちらの方がマシだと思う。
お前にも人目を気にするなんてことあったんだなと盛大に驚かれたのが多少心外だ。
「原因はどうでもいーよ。…遠近感、盛大にズレてるんじゃないでしょうか。それでこーゆースポーツするのは…無理だと思うよ」
「あー…」
そういえば片目をなくした直後は日常生活で難儀した覚えがある。戦闘に関しては元々視力に頼っていなかったのでさっぱり困らなかったのだが、コップを割ったりなんなりで、当時の同居人に怒られた覚えがおぼろげにある。その責任で飯抜きを命じられ辛かった覚えは鮮明にある。
「…そっかー。だからかぁ」
ほのぼのと笑う彼はすっきりしたのかもしれないが、周りが脱力している。
「ま、獅子はウサギを狩るのも全力って言うし。勝たせてもらうねッ」
告げる笑顔は無意味な愛らしさに溢れたもの。
勝負は、彼女の圧勝だった。
第一回戦・Cブロック。
白蓮VS智華。
ものすごく普通に試合をし、至極普通に白蓮の勝利。上記の人々がおかしいだけで彼らが普通なのだがいっそ不自然だ。
「…まずいですね」
「? なにが?」
「私が覗き魔より順位が下だった場合、口を利くと約束してしまいました。覗き魔と」
「だからウキウキしてるんだね、遥霞さん」
第一回戦・Dブロック。
「積年の恨みを晴らさせてもらう 特に女装の写真とか本気で捨ててくれ!」
「あははは。そんな、いやだ」
竜臣VS遥霞。
「大体アレは女の子に危ないことさせられないだろーって納得してくれたじゃない?」
「してねぇよ。大体散々させてるだろう? 女に危ないこと!」
怒鳴りながらも球が飛び交う。
「いや、とっさになれてないことされると心配じゃないか? …相手の男が」
「それ…は…いやいやいや、納得して溜まるか!」
よくそんなこと喋りながら反応できるな的な接戦だ。
竜臣に至っては卓球初体験とか言っていたはずなのだが―――反射神経と動体視力の賜物なのだろうか。
「俺は男らしく女装してくれる君の姿にカンドウしたよ?」
「男らしい女装ってなんだその矛盾にあふれた言葉は!!
てめぇがむりやりさせたんだろうがっ!!」
「なんか俺が君の女装見たかったみたいじゃん、その言い方。頼んだだけで手は下してないよ。」
「同じことだろーが。…大体俺はてめえんとこで世話になるよーになってからロクなことがあったためしがねぇ」
「それは俺だけの所為じゃないだろ。もっと平等に攻めろ、あっちも」
「元凶を作ってんのはいつもてめぇだろーがぁぁぁっ!!」
2重の意味でけりのつかない試合が続く。
周囲が呆れるほどの無駄に熱いその戦いは、ついに両マッチポイントまで達した。
その時、
「遥霞v こっち向いてくださいv」
満面の笑みでなんだかむやみに嬉しそうな声音。
身近なところで例えるなら雅に抱きついたときの流の声に似ている。
けれどこれは智華の声だ。いつもなら愛想のあの字も感じられない彼女にこれをやられても怖い。怖すぎる。なにか悪いもの食べましたか的な気分だ。明日は空からサメでも降ってくるのではなかろうか。
「…いくら遥霞だってコレで振り向くわけ…」
ねーんじゃねぇか、と続けようとした慶の言葉を遮るように、
「えv なに?」
彼は振り向いた、しかも嬉しそうだ。
ついうっかりの条件反射の賜物だ。
それによってできた隙で、弾は転がっていった。
「…アレが私達の上司なのね…」
「今更だよ、そんなこと」
それでもものすごく哀しくなってくる。
「智華……そこまで俺と口を利くのが嫌だと……」
智華が関わるとあらゆる意味で駄目要素しか残らない男はいじいじと床にのの字を書き始めている。
ちなみに悲しそうに名を呼ばれた女性は一瞥すら与えず自動販売機へ向かって歩いている。
その後姿はどんな毒を含んだ言葉より雄弁に『うざい』とか語っているようだ。
「……嬉しいけど…嬉しくねぇな…」
とりあえず勝利を得た竜臣は明後日の方向を見ながら呟く。
だから。
だから、そうして皆バラバラの方向ばかりを見ているから、気づかない。
ホールから出て行った人間がもう一人いることなど、誰も気に留めなかった。
第一回戦・Eブロック。
紅也VS希羅。
顔を合わせた瞬間、両者の表情が僅かにこわばった気がしたが、勝負は他と比べ大きなアクシデントなく、実力差なく終わった。
ちなみに勝者は紅也だ。
「…ああなんかあれね。負けたって響きがやっぱやだわ」
「ふーん」
第一回戦・Fブロック。
紫苑VS流
「くっく、くくくく…」
紫音は笑っている。
プラスの感情の感じられない、暗い声が滾々と湧き上がる。
「あの馬鹿に勝手に出場させられ、やる気なんざ欠片もなかったが…貴様が相手なら好都合!」
「…俺、すごーく恨まれてる?」
同意を求められた人々は頷いた。
「あーなった紫音は聖那さんにしか止められないんだよね〜…」
あの馬鹿、こと紫音の同僚はこっそりと呟く。
彼女は例え止めることができても、今と同じく傍観を選ぶのだが。
「恨んでいるわけではない。
私は貴様に勝てるなら卓球だろうが飲み比べだろうが水泳だろうが我慢比べだろうがナンパ勝負だろうが大根の叩き売りだろうがそれで構わん。ただそれだけだ」
「なんで俺そここまで言われるのかな。それに嫌だな、そんな勝負」
柔らかに苦笑しながら流。
「うるさい。私はなあっ! あの後貴様の生み出した料理のせいで朝帰りだったんだぞ!」
あの後、というのは例の料理勝負だ。
「どこに男ができたんだとか皆に疑われ、誤解の嵐!! いや朝帰り=男ができたつーあいつらの発想がまずイカレてはいるが!
延々聖那にからかわれ、匿名で『私のことは遊びだったんですね』とか身に覚えのないメールは来るわ無言電話が来るわ! なんか廊下歩くと『信じてたのに』とか泣きつかれるわっ全部女にだぞ?
私も女なのなぜ女に言い寄られるんだ! ともかく大変だったんだ!」
吼えるという表現がぴったりな様子の据わった目で言い募る。
「そんなのちゃんと説明すればいいことだと思うよ」
絶対俺の所為じゃないから、それ。と本心を告げると火に油を注ぎそうなので差しさわりのないことを言う流。
「説明? したよ? だが一体誰がキモイピンクの球体と悪魔っぽいなにかが台所から生まれてきてそれと戦っていたという馬鹿なことを信じると思う!?」
恐らく、誰も信じてくれなかったのだろう。
証拠に「てっきり赤い髪のおにーさんに再戦でも申し込んで負けたのかと…」とか言われている。
誰だって例のウェイトレスと張り合える料理の腕の持ち主がいるとは思わない。思いたくないといったほうが正しい。
「うーん。でもそれを俺に言われても…」
「そうだ、もう言葉はいらない」
微妙に会話がかみ合わない。というよりは紫音に明らかに流の言葉を聞く気がない。
殺気立ちながらラケットを構え、サーブの体勢に入る紫音。どうせ卓球するなら雅とが良かったなとか考えながら流も構える。
卓球とは思えない迫力をかもし出しつつ紫音の第一球目が軽やかな音を―――がずっ―――立てなかった。卓球台がえぐれた。
「…え…」
驚きで目を見開く流。
紫音は口元だけを歪めてにやりと笑う。
「―――覚悟!」
「なんの!?」
ホールに卓球としてはありえない音が、怖い笑い声が、流の焦りの声が響き渡った。
勝負は紫音が全ての卓球台を再起不能に壊すまで続いた。
そうして彼女が壊してしまったせいで卓球大会は優勝者不在で幕を閉じたのだった。