馴染みの戦闘職さんのところに、龍の赤ちゃんがいた。
 まだプルプルしているその子は、とってもかわいい。
 けれど、同時に。
 今まで出迎えてくれたあの子にはもう会えないのか、と。少し落胆したりした。

さんにん暮らし その7

 戦闘して(負けました)帰る途中、つらつらと考える。冒険の手引きなるものの内容を思い出す。
 龍は子を成せば死ぬ。
 理由はよくわからないけど、しかたないものはしかたない。
 命がけの恋かぁ。ロマンチックだなあ。自分がしたいとは思わないけどな!
『かなた。どうかしたのか』
 ちょっぴり足取りが重くなった気がするその時、緋那が声をかけてくる。
 ふかふかとした赤い身体。炎みたいに綺麗な目。
 真っ直ぐにみられると、少しいたたまれなくなる。
 …いたたまれねぇつーか、惜しいなあ。
 ずーっと先にいっちゃうんだろうなあ、私のいないところに。
 子供産まなくてもね。ドラテン重ねるとその分肉体年齢が上がるし…本当に。
「…緋那ちゃんもいつか嫁にいってお母さんになるんだと思って。しんみりしてた」
『その嫁に出すという文化がよくわからんがな。まぁ、誰かとつがいになって死ぬな。おそらくは』
 私は本気でしんみりしたのに、緋那の声は変わらない。
 なんだ、そんなことか、みたいな。
 むう。緋那ちゃんたら大人だなオイもう。でも。
「おそらくなんだ? あ。なんか恋なんて考えられない、みたいな?」
『…うん…なんだろうな…あまり考えたことがないが。お前こそなんか希望ないのか』
 意外な言葉に足が止まる。
 そんな私を不思議そうに見ながら、緋那が続ける。
『私はスキルも力も大したことないが、いい相手を選べば子がそちらの力を継ぐ可能性があるだろう』
「え、私んなことまで考えなきゃいけねーの!?」
 だって死ぬんだよ!?
 人、あいや龍、龍の生き死に私が口出ししろと!?
 私のチキンさをなめるなよ! つぶれるわ!
 マスターの意地的なもので飲み込んだ言葉が、胃のあたりに重く落ちていく。
 表情も重くなっていたからか、いつまでも歩き出さないからか。
 緋那は、ああ、と納得したように頷く。
『強い種を従えたいわけじゃないのか。…お前がドラゴンと契約した理由が分からないな』
「え。かわいい女の子と暮らしたい?」
 正直な言葉を告げてみた。
 あほを見る目をされた。
 …ほ、本音だというのに。
『まあ、マスターが気にいないといってもな。私も龍だ。できれば強い相手が良い。
 あとだらけた奴も嫌だな。読んだ新聞その辺にちらかしっぱなしのマスターのような。
 それに意味不明な感じも嫌だな。あとチャラついたのとか、いらっとする。これが好みじゃないという感情だろう』
「うああん緋那ちゃん目が冷たい!」
 冷たいどころかすたすた歩きだした彼女を追う。
 すぐに追いつけたのは、ちゃんと待っている気で歩いててくれたからだと。
 気づいたら笑えて、色々どうでもよくなった。


「―――で終わったらよい話なのに私は今迷子なのさあ!」
『かなた。どこに話しかけてるんだ』
 森の中で叫ぶ私に、返るのは冷静な声だ。
 そのひんやりとした感じに負けないように、作り笑いを浮かべてみた。
「よいこの皆さんに?」
『……私はお前がたまに、いや。ままによくわからない』
 探索中に迷子になった私に、緋那ちゃんが超冷たい。
 いや。正確には迷子っていうか、ねぇ。
「このままでは家に帰るまでにお腹が減って死んでしまう」
 予定より遠くにきたっぽくってさあ。まったくもう困った困った。
 朝町の住人になってから、とっても頑丈になった気がするけどなあ。変なところで変な体力取られるようになった気がするからなあ。本当に力つきてしまうかもしれない。
『…メーを呼べ。あいつお前をのせて飛べるだろう』
「こ、個人的には緋那の方がいいんだけどなあ。ゆっくりとんでくれて」
『私では落としてしまいそうだから、ゆっくり飛んでるんだ』
 むう。確かに彼女の言う通り、体格的なものを考えると、緋那よりメーの方がのせてくれるのとしては適してる。
 でもなあ。あいつこういうことで呼ぶとぐちぐちいうし。スピード出すし。怖い。
 怖いからしがみつくあたりが、彼女には不服なんだろうな。
 是非、彼女に運んでほしいんだけどなあ…
『…ああ。呼ぶまでもないな』
「へ?」
 腕を組んで唸る私に、緋那が小さくつぶやく。
 果たして、彼女の視線の先に。
 小さな女の子の手を引く、メー君がいましたとさ。

 メー君が女の子と歩いてる。へたれともっぱら噂のメー君が、女の子と。
 緋那の見立てによると、たぶん人間の女の子。
 …なんでそんなの子が森で迷子か、と聞きたいところだけど。まあ。朝町だし。あの子も10歳くらいに見えるけど、違うかもだもんね。深く気にしないでおこう。
『なあ。かなた。なんで声をかけないんだ』
「だってあのメー君が女の子連れだもん。これはつけなければ! つまりこの尾行は義務だよ!」
『義務なのか。人は奥が深いな』
 信じられた!?
 驚きの声を上げようとして、我慢。
 木々に隠れたのが台無しだ。
 …っていうか、隠れてるけどさ。
 なんで気づかないかね、メー君。
 いっぱい話しかけられてるからかな。
 おっきいトカゲがとてとて歩いて、女の子の手を引く光景。
 その光景に違和感を感じなくなったあたり、朝町に慣れてきたってことだろうか。
『何一人で頷いてるんだ。っていうか体力持たないといっていた割に元気だな』
「好奇心には、勝てないからね…!」
『そうしてやれるのにやる気を出さないってどうかと思うぞ』
「ひ、緋那ちゃんちょくちょくおかんみたいなこというよ!」
『私はお前を産んだ覚えはない。
 …ほら、前に気をつけろ。もう森抜けたぞ。ぼさっとしてると人にぶつかる』
 まじで!?
 緋那が飛んで町の位置確かめてくれた時は、結構遠いって話だったのに、私本当にやればできる子!?
『…なにに感動してるかしらねーが。さっきからなんで黙ってついてきてたわけ、かなた』
 腕を組み空なんか仰いでみる私に、冷めきった声が突き刺さる。
 もう迷子と別れたらしいメー君が、嫌そうな顔でこちらを見ていた。

 …な、なにもそんな嫌な顔しなくても…とは言えないなあ。黙ってこそこそ見られてたら嫌だもんねぇ。でもさ。
「メー君や」
『なんだ。じじぃみたいな声で』
「メー君はああいうロリが好みなのかい」
『迷子を送り届けたばかりに名誉棄損!?』
 でも、こんな面白いネタを捨ててもおけない、人として!
 案の上すぐさまつっこむメー。私はもう帰るぞって感じの顔で眺めてる緋那。
 どちらこそれぞれ付き合いがいいことである。だから甘える。甘えてからかうぜ!
「ふむ。龍にもとっても年下に手を出すのはちょっととかいう文化はあるんだ。不思議不思議」
 ……肉体年齢100歳差とか、ざらにいそうなのになあ。
 からかいつつも思ったことが顔に出ていたのか。疲れたっぽいため息をつかれた。
 同じく疲れた顔した緋那が、ちょいちょいと道の端に私たちを呼ぶ。
 まあ、道の真ん中でおしゃべりしてたら邪魔だ。仕方ない。
『年齢とかそういうのよりさ。成長しきってないのとつがうのはどうかって話だよ。あくまで、今、俺は、迷子を届けてただけなのに。んなこと言われたら嫌だろうが』
「だあああってええメー君常日頃へたれ極まってるしぃいいいいー。なにか危ない趣味があ、あったらぁ、マスターとしてぇ、どうするべきかなぁ、って思うよー?」
 とてとて歩く間にも続いた説明に、わざとらしく首を傾げてみる。
『何度も言うがだらだらしゃべるなアホ!』
「はっはっは。そこまで言うなら胸張って言えるよな! 胸張って言える好みがあるんだろう!?」
『んなもん…!』
 結果としてとっても激昂してたメー君の声から、不意に消える勢い。
『特にねぇけどよ…』
 そういうわかりやすいところというか、弱腰になるあたりが、へたれっぽいなあ。
『あああれだ。せいぜい、交配するなら美形を頼むな。どうせなら、ってやつかねぇ』
 へたれっぽいなあ、と。
 思ったんだ、けど…………
「メー……」
 喉の奥から洩れた声は、やけにかすれて細い。
 だって、そうだろう?
 だって。そうだよ。
「メー君が色気づいただと!?」
『なんだその驚愕の表情は!?』
「広場でちょっとかわいい子に話しかけられるとちょっとぎこちないメー君が!?
 緋那に頭が上がらないメー君が!?
 私にお前なんで性別女なのめんどいとか暴言はくメー君があああ!?」
『いやそりゃたしかにぎこちないな悪かったなほっとけや!
 あと緋那に関しては気のせいだ!
 お前に関しては血ぃで汚れると平気で俺の前で脱ぐからだろうが! 俺はちっともそそられないが年ごとの娘がそれはどうなんだ!』
 思いのままに叫ぶ私に、口うるさいコメントがついた。
 いやだって無理だろう。教えてもらわなきゃ私は龍の性別だってわからない。これが町に暮らすほかの龍のように人の姿とかとったら、違うだろうけどさ。
 …っていうかさ。今はさ。ともかくそんなことよりね。
「口うるさいむっつりすけべだな!」
『誰がむっつりか!?』
「まったくもうむっつりめ!」
『連呼すんなくそマスター!』
「さっきの金髪ロリ美少女にだって鼻の下伸ばしてたんだきっと!」
『ロリ分ってるならその言い方やめろ! 俺はちゃんと育ったのが好きだよ!』
「んなもんわかんないじゃん!」
『わかるよ! わかりまくるよ!』
 この後のことは、語ると長い。
 あきれた顔の緋那がみるにみかねて止めてくれるまで、口論は続いた。
 ふ。熱くなってしまったものである。まったくもう。なんであんなにあつくなっちゃったんだろうな。
 だるい気すらする喉の奥から、ため息を吐き出す。
 叫びに叫んだ喉は、ちりと痛んだ気もした。

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