龍屋で握手をしてみた彼女の掌はとてもとても暖かく。
ほうっと息をついて、思わず言ってみた。
「ねえねえ。私のところに来てくれない?」
思わず漏れた言葉に、彼女はこくりと頷いて。
穏やかな声で、よろしく、とだけ言った。
さんにん暮らし その1
「ということでメー君。新しい仲間だよ」
『そういうことになった。よろしく』
紹介する私に、彼女が続く。
玄関で私達を出迎えたメーは、おう、と頷いた。
『しかしいきなりだったな』
別にいいけどよ、と軽く言う彼が、くあとあくびをする。
寝てたのか。人が買物してる間。
いや。下着とかも買いたかったから、お留守番よろしくといったのは私だが。
そのついでに色々よって、荷物が増えまくったのは私だが。
…まあ。いいや。
私が何かを言ったわけでもないのに、武器の一本を持ってくれた炎龍に目線をやりながら、言う。
「あのね、このあいだ私のマスターレベルが2になったじゃない。
だからさ。新しい仲間! 炎龍レベル2のフレイムちゃんです!」
『解説されなくてもそのくらいわかるぞ、俺』
「ふぅん」
そういうものなのか。龍は、本当にわからない。
思う間に、彼はぴっと手を差し出す。
私ではなく、隣の彼女に向かって。
『お前もよりにもよってこんなへたれについてくるとは、運が悪い奴だが。
まあへたれでアホだから変な知恵とかはない奴だ。これからよくしてやって』
「私のフォローをしてくれるのは嬉しいんだけど君にへたれと二回も言われる筋合いはない!」
『ああ。なんかちょっと馬鹿っぽいんだなと今思ったが。
まあ、こうなったのも縁だ。お前もよろしく』
「うあ馬鹿言われた!?」
固い握手かわしつつリビングへ向かう二人の背中に吠えてみた。
さらっとひどいよ、君も!
あれ、君。
そうか、彼女も、このままじゃ君なのかな。
「あのさ。君、お名前は?」
『フレイムだとさっき紹介していただろう』
「あ。やっぱそれが名前か。…でもさ、フレイムちゃんも長いよね」
『いやマスターの名前と一文字しか違わないだろう』
「というか味気ない。ということで名前を考えたいと思います!」
床によいせと荷物を置いて、びしっと指をつきつけてやれば、買いたての槍を抱えたままの彼女にそういうものかと頷かれた。
やだこの子素直。
ふかふかでかわいいし。なんかとっても癒される。
『………味気のせいで俺はこんな名前になったのかよ』
なにやらぼやくメーを無視して、考えてみる。
きれいな赤色の、ふかふかとした龍。
瞳もキレイな赤色で、たしかにいかにも炎龍。
「フレイム…フーちゃん…いや、むしろ炎龍だからほーちゃん…。うーん。ぴんとこないね…」
色々呟いてみても、彼女からの言葉はない。
なんだか不思議そうな感じに、私を見ている。
なんか不審がられてる感じ。これから仲良くしたい次第。
…ああ、なら、うん。そうだね。せっかくなら。
「…メー君がひねれ捻れってうるさいし…炎は火、火は転じて緋色の緋…緋那にしようか」
『ああ』
その辺のメモに『緋那』と書き付ければ、彼女が笑う。
穏やかな笑声とわかるものが漏れて、けれど少し目をそらされる。
『…マスターがそういうなら構わない。
ただ、後ろですごく恨みがましい目で見られているのは気になる』
彼女の目線の先、私の背後をちらっと頷く。
すべてに絶望した感じのオーラを背負った光龍がいました。
いや、絶望というより、確かにすごく恨みがましげ。
「こら、メー君、めっ」
『…差別だ…。絶対差別だ…』
冗談交じりにたしなめて見ても、彼が背負う暗さは消えない。
…闇竜に転職できそうだよメー君。
君と暮らしてしばらくたったけど、そこまでへこんだのはじめてみた。
どう声をかけようか迷う間に、ため息が聞こえた。
私ではなく、緋那の口から洩れた。物憂げなため息。
『ところで、マスター』
「はい。緋那ちゃん」
『これ、どこにおくんだ?』
「え、すぐ使うし、その辺でいいんじゃない?」
そんなこと気にして抱えっぱなしだったのか、悪いことをした。
悪いことをした、と思いはしたが。
直後に響く鋭い声には、びくりと肩が揺れた。
『あんたは私達に部屋をくれるといったな』
え、なにその歴戦の戦士っぽい眼差しは。
マスターにむけるものですか?
「…うん。ほらここ、見ての通り前の人が使って他のそのままだからさぁ。これから6人暮らしになってもいきわたるよ。お客さん迎えるの厳しいけどさ」
『ああ。手入れが行き届いていたのだろうな。その頃は』
その、その頃に入る力はなんでしょうか。
彼女が槍をそうっとたてかける音が、やけに大きく響く。
『だが今はひどい。今の状態なら、どこの部屋もいらない。掃除道具はどこだ』
そう、まるで。
戦いの合図のごとく、みたいな!
「…………箒と雑巾とってきます。私もやります」
『そうか』
自然と伸びた背筋で思わず敬礼。
素直だと思った龍はなんかちょっと怖いです。
いやまあ。確かに。掃除、行き届いていなかったけどさ。最近。
ひもじいし。二人で暮らすには広いからさ。つい。
…なんて、いったら。怒りそうだなあ。この子。
『じゃあそこの光龍。お前庭の雑草むしり担当だな』
私が背を向けると同時に、きびきびとした声が飛ぶ。
途端にぴりっとした空気が伝わり、関係ない私の胃がちょっとすくむ。
『なにいきなりしきってんの。っていうかそこの光龍ってお前さ…』
『…そうか、すまない。メーといわれるの嫌そうだから気をつかったんだが。…メーでいいのか?』
胃がすくむくらい、ぴりぴりしてたのだけど。
その、緋那の一言で、とってもしめっぽい感じになりました。
『……お前は、俺に。名前の件について、深く、深く感謝して生活しやがれ………』
『ああ。ありがとう、メー』
『……どういたしまして』
しめっぽいというか泣きそうというな、とてもげんなりとした声を聴きながら、心の中だけでむうとうなる。
…メー君ってそんなアレな名前かなあ。
私は気に入ってるんだけどなあ。
「…異文化理解は難しいな」
『たぶんお前が気にするべきは異文化の理解じゃねえ』
『無駄話より手を動せ。あんたら無駄話につきあうと日が暮れそうなことも、私は学んだ』
リビングから出ようとした私の呟きに、メーが冷たい声をあげて。
振り向いて言いかえそうとしたら、それよりびしっとした感じの声が、凛と響いた。
『お前怖い』
「緋那ちゃんおかん」
『マスターを守り、立派な人間として盛り立てるのも従者の役目だろう』
本気で嫌そうなメーの言葉と、ちょっと冗談めかした私の言葉。
その二つに大真面目な声で答えた彼女は、軽く胸をはった。