ベムから、今日は店を出すと聞いた。
木彫りの小物やら何やらを売る、別にそう稼ぎはなさそうな店。
ならば節約でもさせようと思い、差し出した。
「はい、弁当」
「………ありがとう」
なんだ。その間は。
…思わんでもなかったが、聞かずにおいた。
青い顔でなんか器用に頬だけ赤いベムが、ちょっと怖かったから。
続けばどこかへつくでしょう
聞きはしないが、気になる。
いや。なんとなく理由が分からなくもないのだが。
あらたまってこいつ一人にだけわざわざこういうの作るの、初めてだからだろうと思うのだが。
それをどうして私に言わない。口にしない。
流しをバックに茫然と言った風に立ちすくむベムに、そう思う。
よくわからないことはたくさん言ってくるのに。まったく。
「…緋那」
「なに」
「僕の顔になにかついてるの」
まったく、と憤っていると、問いかけられた。
いや。顔色がおかしな感じだっただけで、変なものはついていない。
―――と、素直に言うのは、なんというか心ぐるしい。後ろめたい。
「いや。髪。赤いなって思って」
「…緋那もあかいよ」
「……まあ、赤いな」
だからごまかしてみたのだが、さらにおかしな顔になった。
顔色が紫っぽいって大丈夫なのか。
お前これからその顔で客の相手をするのか。
失礼だとかそういうのじゃなくて、すごく駄目っぽいのだが。
「…まあ、それはおいておいて。
ほら、いってらっしゃい」
「……いってきます」
なにやらどんどんとわけわからないことになる空気を、無理やりに切り上げてみた。
無理やりで、不自然なはずなのに。
奴はやけに嬉し気に笑うと、くるりと背を向けた。
なんかよくわからない顔色で家を出るベムを見送ったあと、箒をとる。
見回した廊下は、まあ別に汚れてない。なにしろ広いわけでもないし、人通りは激しいし。ぱっとみほこりはたまりにくいが、まあ。見えない汚れというものは色々とあるから。
だからここだけじゃなく、一通り掃除をしたら、私はゆっくりするかな。
ここ数日、無駄に町をふらふらして少し疲れた。
いやまあ、楽しくなかったわけではないが。胃が疲れた。
量ではなく味がな。甘いものたくさん食べたからな。風矢のおすすめの店、本当にスキなく甘いのばっかりだったから。
その甲斐あってなんてことではないだろうが、風矢につきまとってた(?)のが解決したというし。
気持ちがゆっくりした。
「ひーなー。あ。掃除?」
なんて思って腕まくりをしていると、磨智が顔を出す。
リビングに続く扉から、ひょっこりと。
「掃除するつもりだったけど…磨智はなにかするのか」
私を誘いたいようなことを、と聞くと、頷かれる。
「緋那、最近やたらとベム君にかまってさみしいから。買い物に付き合ってほしいと思ってたの」
「やたらってなんだよ」
「……自覚、ないの?」
信じがたいといわんばかりの顔をされてしまった。
いや。それは。
それは、自覚はあるが。こう、反射で。
「…ならちょっとだけまってろ。軽くはくだけだから」
「緋那リビングねー。私二階と廊下はいてくる」
なにやら意味ありげに笑う磨智は、とてとてと箒を取りに行く。
その後ろ姿を見ていると、なぜかため息がもれた。
磨智がうきうきと向かったのは、手芸店。
色鮮やかな布とかを扱う、なんというか目に鮮やかな店。
見ていて楽しいのだが、なんだろう。
最近、こういうのを見ると、同時にしくしく泣くかなたが浮かぶのは。
…まあ、なんだろうもなにも、例の公演の所為だ。諦めてもらおう。
それにしてもかなたがあそこまで家計のことを気にしていると思わなかったな。明らかにガラじゃない恰好でバイトしなきゃいけないほど、金が不安だったのか。
…生活するだけなら間に合うのにな。
「んでさ。緋那は結局なにしたいの」
「…それ、お前も聞くのか」
そして私も、諦めるべきだろう。
こんなことを聞かれるのは。
自分でもなんでこうなったのかと、少し思わなくもないから。
「…おもしろいからさ。黙っているつもりだったんだけど」
あははと苦笑する磨智は、見ていた布を棚に戻す。
その手が次に持ち上げるのは、鮮やかな朱色。
まるで見せつけるかのように彼女がゆっくりと眺めるそれは、先ほどじっと見ていた髪に、少し似ている。
「緋那。思わせぶりにもほどがあると思うよ」
「…………反省は、している」
その色から目をそらして、ぽつりと答える。
すると磨智は、布をしまって、目だけで物色を続けつつ問いを重ねる。
「私、ベム君があわてうろたえるのは楽しいけど。
なんていうか、ね。一応一個だけ聞いていこうと思うの。
緋那は、その……あれベム君口説いてる?」
声だけでもためらっているのが分かるような口調に、苦笑が漏れる。
挙動不審だよ。
そうさせてるのは私だけど。
なにより、人のこと、言えないけど。
「…口説いているというか、いたわってる?」
「いたわりたいの?」
「優しくしたい」
棚に向いていた目がこちらを見やる。
木の実みたいな目がこちらをまっすぐに見る。
…この目なら、私もまっすぐに見返せる。
にぎにぎしい店内の中でも声はよく拾えて、とても気安い仲だ。
「じゃ、もう一個追加。優しくして、どうしたい?」
よくなじんだその声が、馴染みのないことを聞く。
馴染みない―――ということもないことだと、すぐに思い出した。
「…かなたも似たこと聞いてきたな」
「……そりゃ、マスターもさすがに聞くだろうね」
え、そんなあきれた顔をするほどにか。
さすがにちょっと、傷ついた気もする。
…いや。傷ついている場合じゃ、ないのかもしれないが。
「私は、ベムに、やさしくして」
優しくしたくて、喜ばせたくて。
どうしたいか、なんて。
まあ、本当は。きっと。わかってた。
『好きになって』
あの日。
その言葉を聞いたときに、きっと。わかっていたんだけれども。
「……ちゃんと、言いたいよ」
わかっていたけれど、色々とついていかなかった。
落ち着いたら落ち着いたで、いったいどう切り出せばいいのやら。
…そんなんだから後ろめたいんだ。
毎回毎回、どんな気持ちで好きだのなんだのと言っていたのだと、今更気づいて。
「…ちゃんと、言いたいんだ」
あいつみたいに、ちゃんと目を見て。
まっすぐに、恥じることなく。口に出したい。
何を言いたいの、と。磨智は聞かない。
……聞かれると思ったんだけどな。
だけど、苦笑気味だった磨智は、ただ面白そうな笑顔を見せて、布の物色を再開する。
「…緋那は、真面目というか、なんていうかだねぇ」
「なんだそれは。結局何なんだ」
「かわいーなーと思った。ああかわいい。緋那かーわーいー」
憮然とした気持ちで問いかけてみると、軽い足取りで店の奥を目指していた彼女が振り向く。
「…磨智。もしかして、馬鹿にしてる?」
こっちは真剣だっていうのに、その面白そうな顔はなんだ。
お前、そういうことするから風矢がたまにやな顔してるんだからな。
それでもかなたに対するよりずっと甘いのはあれだろうか。その分メーにいっているのかもしれない。
いや。そうじゃなく。今はそうではなく。
「めでてるんだよ。まったくもう、かわいい緋那を見るのはは私の特権だったのに。もー、だよ」
「たまによくわからないこと言うよな、お前…」
弾むような足取りで、弾むような声で。
告げられた言葉のよくわからなさで頭が痛い。
「今の緋那にだけは言われたくないねー」
だけはって。今の私はそこまでむごいか。
浮かんだ疑問を口にする代わりに、笑ってみる。
頭は痛むが、なんだか、悪くない気持ちで。
とりあえず、笑ってみた。