朝からベム連れて出て行ったと思ったら、今日は遅くなるとか連絡入れてきた緋那は、夕飯が終わった後に帰ってきた。
「ただいま。かなた。ほら、プリンだ」
「おおおおおおお! 朱音さんちの限定品!」
「タルトもあるよ」
「わあいヘブンズレイだあー」
「あとな。フルーツサンドは痛むのが早い。今日、カフェにでももっていけ」
「あ、最近屋台出してるとこだね」
「それとマスター。職人通りのカドの店から、おまんじゅうを」
「ベム君まで私に土産とは珍しい。けどやっほいおいしそー…って。土産いっぱいありすぎじゃない?」
「テイクアウトできるようなところはテイクアウトですませてきたからな」
素直な感想を述べると、緋那が頷く。
なぜかとってもやり遂げた感満載の、笑顔でした。
赤いなにかで綱引きを
「―――と、いうことだったんだ」
「なるほどなるほど」
やたらとあるお土産の一部(プリン)の最後を飲み込みながら、お茶を入れてくれる緋那の説明に頷く。
私には大丈夫とかいいつつも、緋那は風矢が心配だったと。
で、心配だから外堀を埋めまくりに行ったと。
…なんていうか、微妙な作戦だけどなぁ。
いきなり第三者がそんなことしたら不自然じゃあるまいか。かえってやましい感じゃあるまいか。
…まあ、いい。
「緋那ちゃん緋那ちゃん」
「なんだ」
「そういうことしたいにしてもさ。なんでベム君だったの?」
今はそれより気になることを聞いてみた。
今日、私は何のバイトもいれてない。
磨智は磨智で、なんかこう、見覚えのある、露出の高い衣装を…つくろ……って……
…うう。頭が痛い。口の中に残ったプリンの後味が、不思議と苦い。おかしいな朱音さんのプリンはいつでもおいしいのに。
ああ、まあ。ともかく、家にいた。
ともかく、ベムじゃなくても。同じこと、できたろうに。
「……………誘ったら。喜んでくれるかと思って」
「…まあ。大喜びなんじゃないかな」
っていうか。大喜びだろうよ。ベム君だもの。
「私は、あいつを。喜ばせたいから」
ふわりと笑うその顔に、ほんのりと釈然としない思いが広がる。なんだか体の力も抜けて、座っていたソファに身が沈む。隣で茶を飲んでる緋那は不思議そうな顔をするが。するが。
…だって。ねえ。
それって、さあ。
「……あのさ。デート、じゃ…ないって、言ってたよね? さっき」
「……デートの予行練習、みたいな?」
「みたいな、って。そんな…ちょっと、それは…」
「い、いつか。あいつとする、練習」
「え、緋那。言ってる意味が分からない」
助けて磨智ちゃん。つっこみがいないよ。
さっきお風呂にいったから、まだ帰ってこないって。知ってるけど。助けて。
「えーと、緋那ちゃんとベム君は、その。まだ、恋人同士じゃ、ないんだよね?」
「うん、まあ。まだ」
「でもデートの練習(?)はするの?」
「まあ。する」
「………あーと……。
…あの、その。なんでそんなわけわからんことに?」
「…だって。覚悟とかたりない気がするじゃないか」
覚悟って。
そんなおおげさな。
…いや。もしかして。そうでもないのか?
彼女にとって、付き合うということは即交配だとか?
そういうことなら、まあ。命かかってるもんね。足踏みするのも納得。だけどさ。
だけどさ、そんな照れたような顔、しちゃうならさ。
…ひとこと、好きと言ってみても。いいんじゃないかな。もはや。
「…あの、その…、…交配とかすぐさせたりしないよ私。だから心おきなく、清い付き合いってことで…、もう、恋人って名乗ってみたら?」
だって。
最近緋那のやることなすことに赤くなったり涙ぐんだり壁を殴ってるベムが。かわいそうだしさ。
「いや。私は別に。あいつが好きなわけじゃない」
「そうなの…?」
「いつか、とは。思っているが―――ほら、あいつとか風矢とか見てるとさ」
何だろうその遠い目。
似たようなことを前も聞いた気もするけど、今聞くとさ。なんかさ。
マスター、とっても頭の痛くなる予感がするよ。
「…あの熱の入れようを見てると。見てると、私なんてまだまだ」
「―――…あんなのがこれ以上増えてたまるか!?」
それは、魂の叫びだった。
臓腑の奥、見えない何かからの、慟哭だった。
「緋那も私を飛ばすのいじめるの笑顔で脅すの!? いや。そうならないって、約束したじゃない!」
「いや。その。そうとも限らないがな」
「あいまいないい方するなよ! 君も、君までそうなっちゃったら…!
私どうやって生き残るんだよ!」
「かなた。お前どうしてそう、自分から下へ下へと行くんだ…」
もっとプライドを持ちなさい、と諭された。
そんなもの風矢にふっとばされたりベムに無視られたり磨智の作った衣装着てると切り売りされたりして、もう。
底をついてる。あってないようなものだ。
メ―は慰めてくれるけど。
わりと、風前の灯だ。
―――最近は主に風矢によって痛めつけられているものだけにな!
「……緋那……緋那は、私を、うらぎらないよね……!?」
「裏切るって。そんな思いつめた顔でいうことか」
「おもいつめるだろ! おもいつめつくすわ!」
「ああじゃあほら。約束するから。ほら、落ち着け」
「駄々っこをあやす体勢!?」
やっぱりプライドとか育ちようがないだろうこの関係!
うちの竜は忠義がないです!
そうふるまったのは私だけどな!
…ああ、もう。
ああもう、頭いてぇ。
「…でも、緋那ちゃんは。ベム君を喜ばせたいのね」
痛む場所を押さえて、呟いてみる。
緋那は一瞬ためらって、ゆっくりうなづく。
「…まあ。そうだな」
「…私、今から余計なこと言っても、いーい?」
「付き合うとひとこと言えば大喜び、か?」
「…緋那ちゃんもそう思ってるの?」
じゃあなんでそうしないのか。
別に愛とかではないのか。
義務感なのか。
それは…それは。
ちょっと、えげつねえな。
ベムの入れ込みっぷりと―――その、それでいて緋那の意見を本当に重んじているところを、知っているから。
「…別に。尽くしに尽くされたから、義務感とか感じてるわけじゃないぞ」
「緋那が心を読んだ」
「私も自分で疑ったからな。それなら…それなら、ちゃんと。断るのが誠実だと思うし。
第一、あいつに尽くされても特に嬉しくない」
それはそれでえぐいな。
彼のこれまではなんだったんだ。
「……私は、普通にしてるベムは。悪くないと思うから。
……その、大事にしたいから。とりあえず。自分から優しくすることで。あいつがおかしくなる機会を減らそうかと」
「ええー…?」
それは無理じゃないかな。
ベム君だし。
言ってることは分からなくもないけど。
ベム君だ。
尽くしまくるのが変わっても、どこかしらおかしくなるだろ。
ベムだもの。
…第一、緋那に優しくされると。既におかしくなるじゃん。
「…それに、私も、………その、良い相手には、喜んでほしい」
「緋那ちゃんったら尽くし系」
でも、考えてみたらそれもそうか。
私なんかをそれなりに主扱いしてくれるしな。
……うん、自分でいって落ち込んだけど。こんな、ねえ。
「…ベム君は緋那ちゃんに尽くしたくて緋那ちゃんはベム君につくしたいのね」
「いや。別に尽くすまではいかないが。優しくしたい」
君の優しさはわりと相手に尽くすことで表現されています。
なんとなく痛みをましたこめかみに手をおく。
ああ…なに、この優しい覇権争い。
…覇権争い違うけど、なにこの不毛な戦い。
なんかさあ。これってさあ。もうさあ。
「相性悪いんじゃ」
思わずもれかけた言葉を、慌てて飲み込む。
迂闊にもほどがある言葉を、必死で。
でも、遅い。
緋那はみるみるうちに神妙な顔になる。
悲しそうに、なる。
血の気が、喉の奥が凍る。
脳裏に浮かぶのは、いつかの相棒と。いつか私が傷つけた彼女の、姿。
…私、また。
余計なことを、言った?
「…まあ、そうだろう」
「緋」
「私、たぶん、あいつと相性悪いよ」
泣きたい心地で呼んだ名前は、穏やかな声にさえぎられる。
「何考えてるか分からないし、もういっそ怖いし」
穏やかな眼差しで、制される。
「でも、それでもいいと思ったから。
もういいんだよ」
穏やかな、真っ直ぐな。
その目は、なんだか。
…ベムに、似てる。
ああ―――…なら。
「…緋那ちゃん」
「なに」
「私、応援するからね。していいんだね」
「…まあ。なにもしなくてもいいよ」
「うん、なにもしない! あいあむ、にーと!」
「笑顔でダメな発言をするな」
「ニート…」
「悲しげに言えってことじゃない」
まったくもう、と緋那が呟く。
と同時に、廊下から足音。
「緋那ぁー。お風呂あいたよー。…なにしてるの?」
ぱたりと開いた扉の向こう、ほかほかの磨智がにっこり笑っている。
その姿にふりかえって、緋那が答えた。
「ただの雑談。じゃ、かなた。先に風呂もらう」
すくりと立ち上がる姿に頷いて手をふる。
そのまま私も立ち上がり、自室に向かう。
とんとん、と階段を上り思い出すのは、先ほどの顔。
失言の一瞬後に浮かべた、あの顔。
悲しげで。
切なげで。
それでもどこか、綺麗なあの顔。
「…あんな顔、するなら」
それが全部の答えだと思うけど。
「真面目な子だな」
まったくもう、本当に。
どうなることやら、まったくねえ。