庭で一人、なんとなく空を眺める。そんなことが、最近増えた。
青くて綺麗。とても穏やかな気持ちになる。いやなれ。なるんだ。なれるか。
―――そうしてうなだれて、瞼の裏に浮かぶのは。いつだって空にはありえぬ赤色。
「………ベム」
綺麗で、いとおしい色だけだと。それを思い浮かべないようにしているんだってば。無理だけど。
そう思った瞬間。声がした。
「……緋那」
顔をあげて、その持ち主の名前を呼ぶ。
綺麗な赤の持ち主は、どこか蒼い顔をしていた。
きかない薬
青い顔というか、申し訳なさそうというか。
いったいなんだろうと思うような顔で、彼女がこちらに寄ってくる。
自然、座っていたベンチの端による。
空いたスペースは、彼女一人分くらいにはなるはず。
「…ここ、すわるぞ。いいか」
「うん」
彼女の方から近寄ってきてくれるというのに、悪いなんてことがあるはずもない。
…いや。場合によってはあるけど。今はそうじゃない。
いやいやいや。だからそんな場合ではなく。
「…なにか、したの?」
僕はまたそんな難しい顔をさせるようなことをしたのだろうか。
ほんの数日前に見たばかりで。もうさせないと。決意を新たにしたんだけど。
なにかしただろうか。
まさか、脳内がもれたのだろうか。
それはもう駄目だ。色々とダメだ。
「…お前は何もしてないからな。先に言っておくけど」
「そうなの?」
諦めるのは早かったのか。
それはほっとしたいことなんだけれど、彼女は難しい顔のままだ。
「…なあ、ベム。正直に、…いや。今後のために確認したいんだが」
「なに?」
難しいというよりは、真剣な顔。
自然と背筋を伸ばして、言葉を待つ。
しかし、こない。
沈黙が、重い。
…僕、ほんとになにもしてないんだよね?
いや。してない。
ついさっき、「あ。でかけるならこれもってけ」とか甲斐甲斐しくハンカチ渡すだけじゃなく汗をふかれても。
ギュッと手を握り返したい欲望を抑え、頑張った。
「……ベム」
「はい」
「私の最近の色々なことはそんなに心臓に悪かったのか」
「……」
それは…答えにくいことを。
いや。伝えてほしいと言ったのは僕だけど。言いづらい。心臓に悪い理由を説明することが、主に。
でも。
「……その、嫌ではないけど。むしろ嬉しいけど。……照れて、どきどきするんだ」
でも、言葉をにごすとまたこじれそう。
だから告げるのは、すべてではないけれど嘘ではない言葉。
照れて、どきどきして。その裏のもろもろを語っていないだけ。
…そういうの、察せない竜でもない気がするし。
「逆に聞くけど。その、どうしたの急に」
接近してくれて、嬉しいやら何やらだ。付き合ってないけどな。
付き合ってないんだけどね。付き合っては、ないんだけどね。
自分が遠くを眺めることを自覚しながら、呟く。
すぐに返ってくるのは、とても静かな、落ち着いた言葉だった。
「お前に喜んでほしい気がして」
なら一言付き合うと言ってほしいな。
…と、思わず素直に言ってみたこともあるけれど、きっぱりと言われている。
いや。まだ。そういうつもりじゃないし。だ。
まだ、がつくあたりに幸せを感じた僕は、やっぱり色々とダメかもしれない。
「……僕は緋那が笑っていると嬉しい。僕になにをしてくれるわけなくても」
言ってから、後悔する。
またお前はそういう重苦しいことを。
予想したのは、そんな言葉。
「こうか」
けれど返ってきたのは、ぎこちない。
ぎこちないけれど、こう、はにかむような感じの、良い笑顔。
かわいい。
すごく、かわいい。
いや緋那はなにをしなくても僕にとって最高なんだけど。なんていうかこう。
そう、あれだ。
生きてて良かった。
「……………」
「ベ、ベム! なんで倒れるんだ! っていうかお前熱ひどい……っ、い、いいか! 運ぶぞ! 部屋はいるからな!」
今まで探していたもろもろの答えを得た気すらするその瞬間、なんだかいろんな何がきれた気がした。
色々とまくしたててくれた言葉も、連日の睡眠不足の身には届かない。
ただ、ひょいと僕をかかえあげる緋那が、とても男前で。
やっぱりなんだか。ときめいた。
ときめいてときめいて、仕方なかったのだけれども。
心臓がばくばくといってたのは、それだけが理由ではなかったらしい。
目が覚めて、自室のベッドの上。ふうと息をつく、前に。隣のメーが大きく息をついた。
「…お前、最近食う量減ってたからな」
「胸がいっぱいで」
「……で、その上寝てなかったわけ? そりゃ風邪の一つも寄ってくるよ」
「僕が重傷なのは、違う病な気もするけどね」
「自分でいうなよ」
呆れた口調でそう言って、メーがこちらに投げてくるのはしぼられ良く冷えたタオル。
冷たい。気持ちいい。逆に、身体はだるい。
ずるずるとベットに沈むと、少し楽。そのまま目を閉じて寝てしまうのが正解と思ったけれど、その前に。
「…緋那。どうしてた?」
「納得してた」
尋ねると、なんだか重々しい―――同情でもするような声を出された。
なんなんだ。一体。
そもそも、納得ってなんだ。
問いを重ねるために身体を起こせば、やっぱり同情のまなざしでメ―が言う。
「そうか、体調悪いから。色々とおかしかったんだな。って。納得してたよ」
「…………ええー」
いや。僕がおかしいのは。そういうことではなく。熱いのは。別の理由であり。
自分で言っていて悲しい気持ちになってくる、もろもろの理由なんだけど。
つまり、つまり……
「じゃあ僕はこれからもああいう目にあうの」
「嫌なら嫌っていえばいいだろう」
「嫌では、ないよ」
「は? …ああ…、あー。色々わかったけどさ。…ならやっぱこらえるか納得してもらうかどっちかしなきゃダメだろ」
呆れたようなメーをみていると、胸の内から言葉が生まれる。ふつふつふつふつ、湧き上がる。
「へたれに諭されるなんて僕はもう駄目かもしれない」
「勝手に人を落として落ち込むなよ! 俺だってたまにはやりかえして、ないことも、…ない?」
「聞くな。いっそ死ね。二人で死ね」
「なあそれ悪口!? それともセクハラ!?」
「考えろ。自分で」
言いたいことを言いきって、今度こそベットに沈む。
そのままぐっすりと眠り、夢もみない眠りの後で。
おかゆ片手に見舞ってくれた彼女は、悩みが晴れたような顔をしていて。
ああ、まだまだ続くんだな、と。
ああ、でもまあいいか、と。
病と関係ない熱は、やっぱり胸とかにとどまった。