ぷちぷちぷち。
そんな擬音をつけたくなるような感じで、草をむしっている時だった。
ふと、というわけではなく。つい昨夜の出来事を彼に教えてみた。
「…へたれですね」
「へたれだね」
「…ほうっておけ」
嫌な感じに嗤う風矢と同意したベムに、メーはぼそりと呟いた。
秋時雨の前に
「…俺がへ…ああもういい。へたれで誰に迷惑がかかるよ」
草をむしる手を休めて僕らの方を見、苦い口調でメー。
「まあ、磨智さんですよね」
「バカップルっぷりを見せられる僕らも迷惑」
言い返す。
へたれで素直な光龍は、正直にうっとうめいた。けど。
「しかたねーだろ! しかたねーんだよ! ほっとけよ!」
自棄のように訴え始めた。
なんというか、飽きない奴だ。嫌ならば改善するなりなんなりすればいいのに。できないのだろうけれども。
「ええ。ほうっておいて、後ろから指差して笑います」
そして、飽きない馬鹿は、こちらも同じだ。
「そのすっげえ見下した感満載の笑顔を小町にみせてぇよお前は!」
「無理ですね。小町さんが照れたらむしろ可愛い。貴方は別に可愛くない」
「可愛いっていわれても困るけどさあ!」
喧嘩するほど仲が良い。そう告げれば全身で嫌がるのだろうが、この関係を他になんと言えると言うのか。
往生際の悪い馬鹿達だ。
ぷちぷちと草をむしる。地龍の恩恵豊かなこの庭は、基本的に雑草も元気だ。別に生え放題にしていてもいいのではないかと思うけれど、作物の方の栄養が吸われると困る。僕は困らないけれど。緋那が困る。
その間にも、言い合いは続く。ぎゃあぎゃあと続くうちに、メーが大きく息をついた。
「……お前、小町とつきあってから、ゆるくなったところときっつくなったとこむごすぎる……」
「そうだね、ゆるくなったのは頭」
思わず反射で同意する。
キッと睨まれた。
「…ベム。君誰の味方ですか」
「緋那の味方に決まってる」
大いに顔をしかめられた。逆になんだと思っていたのか聞きたい。
「…君にだけは頭ゆるいとか言われたくない…っ」
「別に僕はゆるくても君に迷惑かけてない。
君ののろけを聞くと、心がすさむ」
先ほどのメーをまねて、言い返す。
ハン、と鼻を鳴らす風矢は、先ほどより刺のある口調で返した。
「ひがみ根性が強いからでしょう。それでいいんですか。確実にそういうの嫌いでしょう。緋那さん」
告げられた言葉はわりと鋭く突き刺さる。確実に痛むところに触れる。
「…だから。…だから、たまにしか文句つけてない」
「たまにか?」
「10回に一度に抑えている」
ちくりと刺さった刺を無視して、呟く。
そっか、そりゃ押さえてるよな、と妙にしみじみと言われて毒気が抜ける。
「…9回は我慢できるなら我慢してくださいよ。
少なくとも僕は我慢していましたよ、あなたの奇行」
抜けたのは僕だけで、風矢は嫌みたっぷりな口調で言ってくる。
…本当、その口調を例の彼女に見せたい。ああ、でも。別に彼は彼女に対して無理して嫌みを言っていないわけじゃないみたいだから、何も変わらないだろうけれども。
「我慢というか、眺めてただけだろう。別に我慢してくれとは言っていない」
「我慢というか……悟りを開いていました。軽く」
「へえ。で?」
それと今の君のでれでれさにイラつく気持ちは、たぶんなにも関係ない。
言葉よりも視線にこめて伝えれば、返ってくるのは大仰な溜息。
「お互いさまと流せませんか」
「お互いさまじゃないから流せない」
「…ベム…お前…そんな自分が傷つくようなこと…」
後ろでほろりと目元を押さえているしている光龍には余り苛々しないのに、不思議なことだと自分でも思う。
心は自分では自由にならないもの。
そんな実感を覚えたのは、もしかしたらよいことなのかもしれないけれども。
正直感謝とかしたくない。
「君の彼女が可愛いのもやることなすこと面白いのも僕には関係ないわけだし」
「君が緋那さんにふられることも面白おかしい芸を覚えることも僕には関係ないことだったわけですが」
「関係なくとも共に暮らしているから。目にはいるのは、仕方ない」
「なら僕も仕方ない。関係なくて共に暮らしていなくとも、心に住んでいると気がつくと口にしていると言う奴です」
「心に住んでいるのはいい。口に出さなければ平和」
「これでも抑えていると思いますが」
まあ、抑えようとして、抑えられないものだって、世の中には色々あるだろう。
無駄に刺々しくなる今の会話だって、きっとそうだ。でも。
「おめでたくなったね」
「全龍類かつ人類の中で、君にだけは言われたくない…!」
でも、仕方ないのだろう。こういうことは、たぶん。
「惚気を言おうものならすぐに真っ赤になるメーを少しは見習えばいいのに」
「メーを見習うくらいなら道端の草を見習います」
「俺を巻き込むなよ。しかも罵倒すんなよ!」
びしりと音がしそうな突っ込みと共に響いた声にだろう、風矢はふと落ち着いたように頭をふる。
「…やめましょう。疲れました」
「そうだね。草むしろう」
ここでいや話は終わっていない。少しは自重しろ、と訴えるのもよい。よい、けれど、そろそろむしらないと、いつまでたっても終わらない。今日は雨も降ると言うし、それは困る。
「ちょ、お前ら言い逃げてさあ…!」
それは困るから、なにやらモノ言いたげなメーは気にしないでみた。
しばらく不満そうな目線をかんじたけれど、次に落ちるのは溜息。
深い深い息は、諦めの色を含んでいる。
「…お前らが色々と自由なのは、お互い様だろ…」
「…あなたも大概自由でしょうに。何羨ましげに言ってるんですか」
諦めの色を含んでいると言うのに、風矢はつっかかる。折角収まりそうなのに、またつっかかる。
なにが彼をそこまでそうさせるのか、少し分からない。
「…いやまあそうだろーけどさ。そうだろーけどさ。お前なんでいいちいちそう言い方すんだよ」
「性分ですね。これこそ私の自由というものです」
「……ああそうかい」
吐き捨てるように言いながらも手を休めないメーは、それが分かるのだろうか。
分からなくとも、彼はそのままにしておけるのだろうけれども。
そうだとしたら、やっぱりなんというか、自由だと思う。
今度は口に出さないまま、手を動かす。三人で続ければ、すぐに草はつまれていく。
「……しかし、ホント。お前、今、幸せそうだよな」
つまれて、終わるからかもしれない。
メーのその呟きは、気が緩んでつい、といった風情だった。
「…まあ、幸せですが。それが?」
「いいことだと思うよ」
同じように、つい、とでもいうような言葉が続く。
隣の風矢が小さく息をつまらせたのが、僕には聞こえた。
「……」
「…なに、その顔」
「いえ、…僕は本当に心からあなたが嫌いだと、改めて思いました」
「…お前、この流れでそれを言う…?」
「この流れだから、言うんですよ」
この流れだから、意地を張るようなことを言うのか。
恋人に対してはひたすら自由な彼は、たまにすごく不自由だ。
「お前に好かれようなんて思ってねーつーの、こっちだって」
「知っていますが。口に出さないと…ストレスたまるので」
「……本気で、本当に……タチ悪い口だなオイ…!」
再び口論の始まる気配をかんじながら、そっと空を仰ぐ。
厚く広がり始めた黒い雲に日差しが遮られて、少々肌寒い。訪れる冬を予感させる温度だ。
…こうして、季節がめぐって、時間がたって。僕も彼らも、多分色々変わっていて。
「わりとあなた限定だと思うんですけどね」
「ずうずうしいこと言うな!?」
だから、変わらないことがあるのは、実は結構幸せなのかもしれないけれども。
このやかましさでは、ありがたがれというのも難しい。
気にしないように努めて、草をむしる。
この辺りの慣れも、やっぱり変わらないことかもしれなかった。