秋の朝は肌寒い。肌寒い時はスープが美味しい。それは自然の流れである。
「おだいは20Gになります」
笑って言って、使い捨てのお椀を差し出す。
「ありがとうございました」
今日の中身は夏に収穫して水煮にしておいたトマトを使った、具だくさんのスープ。
肌寒い日にお似合いの、ささやかな収入源と交流である。
朝寒にぬくもりを
材料と時間がある時だけ始めたスープ屋は、当たり外れはあるがそれなりに儲かっている。材料費を安くあげているから、それなりに。
たまにツンデレだのクーデレだのよくわからない言葉をかけられることはあるが、楽しい。
自分が楽しくて、家も助かる。万々歳だ。仕事しがいがあるな。
………。…いや、竜の仕事は戦うことだと思っているが。戦闘種族…なの…だが…
しかたないだろう、主人があれじゃあ。
今、主人はわりと大変だ。
しくしく泣きながら清掃の仕事をとってきたから、ではない。そんな話ではないのだ。内容ではなく、財政が大変なのだから。
出逢ったあの頃ぐーたらごろごろした主人だ、働いてくれるのは嬉しい。嬉しいし、良いことだが。
『…………いちまい……にまい……さんまい………と数えるまでもなく…お金がたりません……………』
ある夜の日とても淀んだ顔をして、そんな風に金を数えているかなたを見ていると、こう。
きりきり働けとは言えない。従者としてというか、竜として。良心がうずく。
ということで、屋台を始めた。
市のある時や、材料のある時に。ちまちまと、だけど。ちまちまとしているなりの収入がある。…しかし。
「……」
今日、客足の引き始めた市では、これ以上の収入は見込めないかもしれない。
ぐるぐる鍋をかきまわす。大量に余っているわけでもないが、余っている。
余っているが―――まあ、ここが引き際だ。…もう、これ以上はこなそうだし。
広げた道具をひっこめて、屋台にしまう。がらがらと押して、市の外れに向かった。
市の外れは、より客足が少ない。少ないから、すぐにみつけてしまった。
「…ベム」
帰る前に、この屋台を作った主を見に行こうと思ったのは、別になにか特別な用事があったわけじゃ、ない。
どうせ同じところに帰るだから、ほっとくのも不義理かと思った。
ついでに、残ったものを処理してもらって身軽になろうと思った。それだけだ。
「緋那」
それだけなのにそれはそれは嬉しそうに顔をあげられた。
……気まずい。
だって呼んだだけなのに、これって。
こみ上げてくる想いを咳払いではらって、奴の露店の隣に屋台を止める。
広げられているのは、小さな置物ややっぱり小さなお皿。
木で出来た品物は、細々としていて、可愛らしい。
「…売り上げは?」
「あんまり。まあ、小物ってそんなもの」
こういう細かいものを削ったり組み合わせたりして作るのが、こいつはうまい。うまいだけではなく嫌いではないと、そう言っていた。
軽い気持ちで売り物になりそうだなと呟いて、貴女にだから丁寧に作ってるんだけどとか言われた時は思わず文句を言ってしまったが。
今こうしてみると、充分丁寧に作っているじゃないか。
「…わりと可愛いのにな」
木彫りの熊を手に取る。くまと言うにはかなり可愛らしく、こじんまりとよわっちくアレンジされたその置きものは、作り手に似ず可愛い。
無駄に派手なハートとか抱えてないし、素朴で万人受けしそうだと思うのだが。真っ赤に染め抜かれたりしていない自然そのものの色合いが、癒される感じなのだが。
「売り手に愛想がないから売れないんじゃないのか」
「緋那が傍で店だしてくれたら僕ずっと笑ってる」
またこいつはそんなアホなことを。
黙っていられないのだろうか。…黙っていられないのだろう。悲しいことだ。
先ほど屋台に来てくれた方々が、たまに言っていた言葉を思い出す。
なぜこいつと店を出していないと私はツンデレだったりクーデレだったりするのだろう。なぜこいつにデレとやらを出さなきゃならないのだろう。…もう、嫌いだとか鬱陶しいとかは、言えないけど。まだそんな仲でもない。
「いやだ」
「残念」
溜息と一緒に告げた言葉に、さらりとした声が返る。
……こいつは相変わらずアホなことを唐突に言うし、わけがわからない。けれど。
たまに、驚くほど静かに笑うようになった。
もしかしたら、静かすぎて。今まで気付いていなかったのかと思うくらいに。
「緋那の店、もうお終い?」
別に、だからと言って何が変わったわけでもないが。やかましいよりこちらの方がいいのにと思う。
「もう人が来そうにないだろ、今日は」
市をぐるりと見回す。人の数は場所を変えてもまばらだ。
同じように見回したベムは、コクリと頷いて、尋ねてくる。
「売り上げは?」
「そこそこだ。
…余ったけど」
蓋をこつんと叩いて、ベムを見る。
案の定というか、…予想以上にいい笑顔をされた。
………安い男だな。
「…くれる?」
「お前から金をとっても、得した気がしないからな」
こんなに安上がりでいいのか、お前は。
問いかけても答えはわかりきっているんだろう。
だから、黙って蓋を開いて、器によそう。
ふわふわと漂う、酸味の強い香り。少し煮詰まってどろりとしはじめたスープ。売れ残りの所為で、野菜屑が多いくらいの、そんなスープ。
「ほら。暑いから気をつけろ」
「ありがとう」
別に初めて食べるわけでもないのに、やっぱり奴はいい笑顔のままだった。
「…そんなにいい笑顔で食べるものでもないだろう」
「だって緋那、向こうにいたじゃない。わざわざよってくれたのが嬉しい」
「……やっぱり安いな、お前」
「安いって。ひどい」
僅かに膨れながら、スープをすする安上がりな男。
または単純な男は、ふうと息をついて、満足げな顔をした。
「美味しい」
「そうか」
お前は何を作ってもそう言うから、あてにはならないけれど。
馬鹿にされていると思っていた時期をすぎると、苦笑しか漏れない。
「あんまり具が残ってないだろう」
「美味しいけど。そうだね、パンでもちぎって浸して食べたい感じ」
「…悪いな、残りもの処理させて」
「緋那の作った物なら鍋一杯だって」
「止めろよ、そういう食いものを粗末にするような発想…」
そんなに食ったら味なんて分からないだろう、たぶん。
いや、隣の家の大食漢の風龍のような例もあるから、味わって大食いという種族もあるようだが。お前は違うだろう。
朝市から家へ帰宅する人達の足音、露店を片付ける喧騒。さわがしいそれらに交じり、かちゃかちゃと食器とスプーンの触れ合う音が響く。
静かに微かに続いたそれは、ずずっとという音の後に終わった。
「ごちそうさま」
「お粗末様」
手を合わせた後食器を返された食器を受け取ると、僅かな残りカスもなくたいらげられている。それなりに気分がいい。
「…僕もそろそろ店、たたもうかな」
「そうか。手伝うぞ」
「…じゃ、そこの箱とって。右手の。そうそれ。こっち今日の売り上げだから、数えてしまっておいて」
差し出された箱の中には、朝の太陽を鈍くはじく、数枚の硬貨。…確かに言葉の通り、あまり重くはなかった。
「僕、その間に片付ける…、そうだ、緋那。手。出して」
「…なんだ」
大きな木の箱(中が細かく仕切られている。商品をいれてきていたのだろう)を取り出しながら、呼びかけてきた。
深く考えることもなく手を差し出すと、ころんとなにかが転がされる。金を数えていた目線をそちらに動かせば、手の平の上には、小さな鳥の置物。
「スープのお代」
「…いらないのに」
「じゃ、プレゼント」
じゃあ、じゃないだろう。こいつは。
「…何度も言っているが、私は小物集める趣味ないぞ」
「うん。でも、もらってくれたらうれしいな」
これまた可愛らしくまるっこくアレンジされた小鳥の背中には、小さく穴があいている。ペンを立てれそうな穴だ。
「…お前、こういうの、うまくなったよな…」
もっとリアル系のものを作って送りつけていたけれど、最初は。
今てのひらに乗せられた小鳥は、細かさより全体的な愛らしさを優先している。木でできているわりに、なんだかやわらかそうで。丸っこい目が可愛らしい。
「小物は女の人の方が財布の紐がゆるむみたいだから…本買って考えた。
磨智の監修ついてるものもある。不本意だけど」
…なるほど。乙女チックな小物、大好きだからな。あいつ。うきうきと考えそうだな、こういうのの改善点とか。
「…仲良くなったのか?」
「僕と磨智、元から仲が悪いわけじゃない。仲良くないだけ」
仲良くないのか。まだ。
じゃあたぶんずっと仲良くはならないのだな。
思わず少しだけ笑いながら、手の平の上の小鳥を見直す。
小物を集めるのは趣味ではないが、もらってしまったものはしかたない。棚の上にでも置いておけるだろう。一匹くらい。
「…お前、なにかを人に贈る時は誰かと相談した方がいいもの贈れるな」
「……そんなにセンスが悪いの。普段の僕は」
珍しくはっきりと憮然とした顔をしたベムは、それでもてきぱきと品物を片付ける。
私も小鳥を屋台に置いて、金を数える。わりとすぐ数え終わるのが悲しいところだが、半分道楽みたいなものなのかもしれない。こいつは。
……バリバリ売り上げ上げてるベムが想像できないのはどうしてだろう。愛想がないからだろうか。やはり。
失礼なことを考えていることを知ってか知らずか。ベムは立ち上がり、ひょいと木箱を屋台に置く。そうして、当たり前のように引こうとする。
「待て。それは私の仕事だろう」
「貴女に僕より重いものを持たせろと言うの?」
不満げな顔をされる意味が分からない。そもそもそれは理屈でもない。
「だってそれ、私のだろう」
「でも僕は持ちたいし」
私の言うことをほいほい聞くくせに、どうしてこういうところは聞いてくれないのか。
安上がりで単純だが、わりと頑固な男だ。
最近、とみにそう思う。気付いていないだけで、前からそうだったような気も。しなくはないが。
「…分かった。なら交代制だ」
「…別にいいのに」
「私は良くない」
最近―――いや、あの暑い日。彼が風矢に妙につっかかっていた、あの日から。
「……なら、仕方ないか」
たぶん、こいつは少しだけ頑固になって。少しだけ、よく笑う。
同じようなことは、私にも言えるのだろう。
以前なら、こいつを待たずにとっとと帰っていたのだろうから。
「…じゃ、帰るか」
「うん、帰ろう」
別に手を繋ぐような仲でもないし、帰り道で迷うわけでもないけれど。
一緒に帰ることくらい、たぶん当たり前だったのだろう。
そうでなくとも、寒い日には1人でいるより、誰かといた方が快適だ。
そう思うようになるまで、えらく時間がかかったが。
安上がり極まりない男は、それでも良いと言うのだろう。
私もまた、今は。それでいいと思っている。