「最近我が家はカップル的な意味でリア充多すぎてまったくもう1人身にはつらい時期になりましたよね」
「僕に言わないで」
 思わず溜息をついた僕に、かなたはふっと嫌な感じに笑った。

ほどきしばりまぎれてく

「だって1人身じゃん、ベム君も」
「そうだけど」
「たまに風矢に呪詛を飛ばしているじゃない」
「でも1人身言わないで」
 それが本当のことでも少し薄ら寒いのだから。
 内心でだけ呟いて、まとめた本の山を紐で縛る。
「…まったくもう。みんなして。
 夏の暑さに喧嘩を売るようなことばかり……」
 同じように本の山を紐でくくっていくかなたは、なんだか擦れた雰囲気でぼやく。
 まあ、最近風矢はそれはもう見ている方が恥ずかしくなるくらいあしげく通い妻。もとい通い夫をしている。頻度というより空気が「あしげく」だ。ともかくまめまめしく、幸せそう。
 …ああでも。この場合暑苦しいのは。
「一週間喧嘩してたと思ったら次はそれはもういちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃしはじめたあいつらはなんなんだろうねえ………」
 やっぱりそっちだった。
 ある暑い日、メーと磨智はどこかおかしな雰囲気を出し始めて、一週間そのままで。
 なんか柔らかくなったと思ったらいっそ雰囲気がとろけてた。
 …いや、あの二人は前からなにかと恥ずかしいことをしていたのだけど。
 なんといえばいいだろう。今までは赤くなって逃げてた局面で赤くなって困ってるようになったというか。磨智がくっついてもメーがあんまり逃げなくなったと言うか。
 いちいち大騒ぎしているのは変わらないから、すごく暑苦しい。冬になったら暖をとれるかもしれない。僕はとりたくないけど。
「仲が悪いよりかはいいけどぅー。なんでこういっちゃいちゃいっちゃいっちゃと…。マスター切ない」
 よよと泣き崩れるマネをしながらも、かなたは新しい本の山を整理しはじめる。
 そう、新しい本の山。
 今、紐で縛って図書館へと寄付することが決まった本をどけ、空いた部分に、新しい本の山。
 今こうして手伝っているけれど、彼女の部屋は永遠にごちゃごちゃしてるんじゃないかと思う。この調子じゃ。
「切ないんだ」
「切ないよ」
「恋人作れば」
「ベム君死ぬほどどうでもよさげな声でそういうこと言わないで…」
「…別にどうでもいいわけではないよ」
 彼女が切なくてそれがつらいなら、解消されればいいと思っている。
 まあ、親身になる気はないから。やっぱりどうでもいいと思っているのかもしれないけれど。
「でも、切ながられても。僕にはどうもできないわけだし。
 他の道を進めるくらいしか思いつかなくはある」
「そこで恋人出てくる辺り君の脳内の関心事が透けてみえるわあ…」
 …別に、そういうのだけしか考えてないわけじゃ、ないんだけど。
 こうして趣味のことをやっているはずの彼女が切ながるから、違うことをと考えてみただけだ。
 ついでに、友人は充分いるように見えるから、それならと思っただけだ。
「興味がないなら切ながらなきゃいい」
「………いや。そういう言われ方するとそうなんだけど。うん。もう切ながりません。リア充が爆ぜることを望みません……」
 相槌を打つ前より沈んだ口調で言われた。なにか不満だったんだろう。
「……あったの?」
「え、なにが?」
「付き合うとか付き合わないとかに。興味が」
 否定されて不満げだということは、そういうことかと思ったのだけど。
 かなたは黙りこんで、あいまいに笑った。
「…微妙?」
「微妙ってなに」
「いや、あるかないかが」
「…女の人が好きとか」
「そう、私、羽堂さんと朱音さんと真夜さん(アイウエオ順)と結婚の約束を………。
 したけどお茶目な冗談であって結婚する気はないよ。一生友達でいてくれたらうれしいけど」
「重婚にもほどがあるしね」
「真面目なつっこみいれないで…」
「…で。なにが微妙なの」
 再び悲しげにめそめそしはじめたのがなんとなく疲れて、話を戻してみる。
 戻したら戻したで、やっぱり微妙な顔をされたけれど。
 しばし視線をさまよわせたかなたは、少しだけ笑った。
「…好きな人は昔いたけど。今思えばあれも外へのあこがれだったな、って思って」
「ふぅん?」
 想像できない。でも頑張ってみた。
「…髪が黒くて長くて美形で執事?」
「いや私執事がいるようなお家の出じゃないから…魚屋さんの娘よ」
 その割に魚をさばくと真ん中に一番身がついてるけど。
「つーかそれはあくまで鑑賞用の好きであって…。そういうので惚れてたら私シワコさんに告白してる…」
 そこで女の人を出してくる辺り、女の人が好きじゃないかと言われるポイントなんだけど。
 まあいい。
「で、どんな人だったの?」
「聞いてどうするの」
「聞かせたいのかと思って」
 そうじゃなきゃ話さないかと思ったのだけど、かなたは再び曖昧に笑った。
「…まあ、隠すことでもないけど。面白くもないよ。
 行商人でさあ。でも私の故郷には結構長く滞在してたんだ。2年間。ちょくちょく外に売りに行くけど、拠点が故郷で。…その子は近所にいてさ」
 その子、か。
 年下だったのかな―――というよりは。
 …本当に小さい頃だったんだな。
「近所にいて。私より物知りな子でさ、色々連れだしてくれて―――…私は、私も旅したいな、って。すごく思った」
 しみじみと語る声にあるのは、切なさよりも静けさ。
 去ったものを懐かしむ、ひどく湿った声に聞こえた。
「…かなたは故郷が嫌いなの?」
「ううん。…こうして旅したからこそ、あそこはあそこで嘘みたいに平和だったね。って思うし」
「そう」
「でもさ。私。会いたかったから」
「その人に?」
 僕の問いにかなたは笑い、ゆるゆると首を振る。
「会いたかったんだ。『誰か』に」
「…見つかった?」
「そうだね、五人。…いや。カフェの人達も、かな」
 二度目の問いに頷いて、かなたはけらけらと笑う。
 ひどく楽しそうな、それでもやっぱり、湿った声。
「その彼の方はね。全然思いださなかったよ。ここに落ち着いてからは殆ど思い出さない辺り、本当子供の憧れだったってことだろうけど」
「あこがれのなにが悪いの」
 最後の本の山を紐でくくりながら、言ってみる。
 憧れから始まる思いを否定されると、立つ瀬がないから、そうした。
「…悪くはないだろうけど」
 けれど。
「君たちをみていると。やっぱりたまに、ちょっとだけ寂しいのかな」
 私はあんな風に思えた相手はいないもの。
 囁く声が、窓から吹き込む風に紛れる。
「……もうすぐ、秋だね」
「もうすぐ…かどうかは分からないけど。そろそろ夏は終わるね」
 かたん、と音を立てて、かなたが本を片付ける。今の本が最後だったらしい。
 埋まった本棚を見つめたまま、彼女は続ける。
「秋になったら、トンボを追いかけて。
 捕まえて眺めているのが幸せだったな。その人とは」
「…そう」
 背中を見つめる僕に、今の彼女の顔は伺えない。
 それでも、きっと。
 幸せだと言うのなら、穏やかな顔をしているのだろう。
「…あ、あとぴょんぴょん跳ねる虫捕まえて煮て食ったりもしたよ。あれ甘しょっぱくておいしいんだよね」
「ふぅん」
 最後にオチをつけられても、反応に困るのだけど。
 まとめた本の山を隅に寄せながら、そっと窓に目をやる。
 なにはともあれ、もう夏は終わる。
 四角く切り取られた空は、随分と暗くなるのが早くなり始めていた。

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