自分はかなりあからさまな方だったのだな。
 今更ながら、思い知る。
「いってきます」
 我ながら、外出が増えた。ついでに、外食とかも増えた。
「彼女?」
「そうですけど?」
 それからたぶん、笑顔とかも、増えた。
 磨智さんの相変わらずの質問に答えながら、そう思った。

日々のまにまに

 外に出ると、熱がじりりと肌を焼く。
 龍は本来精神に依存する生き物といえど、今は身体がある。だから、眩しい夏の太陽が汗をかかせるのは他の生き物と同じだ。だから、待ち合わせ場所として指定した噴水の見目涼しさにほっと息をついたりもする。
 少しだけ、視線を巡らせる。探している待ち合わせ相手は、すぐに見つかった。
「小町さん」
 名前を呼んで、小走りでかけよる。
「風矢さん」
 ふりむいて笑う彼女に、僕も同じように返す。…よかった。今日は普通の恰好だ。
 巫女服もどきが普通の恰好というのもあれだが、違う意味で目に毒なミニスカートとか、無意味に胸元の開いた服とかではないということに安堵せずにはいられない。
 …つーか疑問を持ってほしいんだけどな。そのお告げに。お告げってもっと神聖なもんじゃないのか。ないよな。それは付き合う前から分かってたんだけどな。
 けどなぁ。…本当なにをしたいんだろうその意思は。本気で欲求不満な男の怨霊とかだったらどうしてくれようかと思うこともあるが…まぁそれは今どうでもいい。
「私の顔に変なものでもついているのですか?」
「え?」
「ずっと見ていらっしゃったので何かついているのだと思いましたがなにもありませんね」
 ぺたりと己の額に触れながら、いう彼女。
 そんなにじっと見てたかな、僕。なんて思いつつ、頬をかく。…真面目に考えているらしい彼女を見ていると、誤魔化すのはなんとなく気が引ける。
「今日はいつも通りの恰好だなと思っていました」
「猫耳でも付けていた方がよかったのでしょうか」
「なんでそうなるんですか!?」
「いつも通りの恰好ではつまらないということではないのですか?」
「つまらなくないです。っていうかなんでいきなり猫耳になるんですか…?」
「カフェではよくそういった耳を付けてほしいという話を耳にしました」
「…そういえばそうですが…一部の方々が好きなだけで、僕特にそういう趣味ないですし…」
 思わず肩を落として息をつく。
 とはいえ、そのままうなだれているわけにもいかない。気をとりなおして、にこりと笑ってみる。たぶん、苦笑の色が濃かったとは思うけれど。
「…ここは暑いですし。どこか涼めるところへ行きましょう」
「はい」
 こくりと頷く彼女に手を差し出しつつ、思う。
 …特に目的がなくとも、会うことができる。
 そのことに、だらしなく緩みそうになる頬を抑えた。

「そういえば、言わなければと思っていたことがあるのですが」
 購入したアイスを片手に、何でもない風を装って言ってみる。
「どういったことですか?」
 隣を歩く彼女の顔がこちらに向いたのを確かめ、改めて口を開く。
「君を連れてこいとうるさいのが若干2名いるので、家に来てくれませんか? 夕飯はごちそうします」
「うるさいのですか?」
「ええ。とても。…僕だけでなく私達にも見せろと、ある地龍と主が」
「お家に伺うのは構いません」
 でも、と彼女は続ける。
「風矢さんはお嫌なのでしょうか」
「…君が家に来ること自体はむしろ嬉しいんですけどねえ。…磨智さんがこういうことで張りきるとわりとロクなことがないんですよね…」
 けれど、まぁ、悪意のあることは言うまい。いっそ悪意のあることを言うのなら会わせられるかとつっぱねられるが、あれは……馴れ初めとか聞きたがってる顔だよなあ…
「…変なことを言われることもあると思いますが、あんまり真にうけなくてもいいですからね?」
 本当変なとこ真面目で無意味にノリがいいからなぁ。遠い目をしてしまいつつつぶやくと、足音が途切れる。
 僕も止めて振り向けば、なにかを軽く考え込むような小町さんが見える。
「変なこととは…反対されているということでしょうか」
「…いえ。むしろ歓迎はされてるんですよ。変なことと言うより磨智さんが変な人なだけです」
 反対されてると思われていることに少しだけ寂しい気持ちで、ぱたぱたと手をふる。けれど、まだ首をひねる彼女に、ふと悪戯心が芽生えた。
「まぁ、あれですね。外で会うのは楽しいですが、好きな人のいる自分の部屋という光景も実はとっても素敵だと思う。要はそれだけですよ」
「…そうですか」
 一拍置いて、口元に袖を添えつつ微笑んだ彼女に、笑顔を返す。
 ―――悩みも増えた。それ以上に、笑顔が増えた。だから、幸せだと思う。

 それで終わっておけば、綺麗な話、だよなあ。


「なのにあからさまに不機嫌な友人が1人…」
 ぽつり、と呟く。
 黙って連れてくると緋那さん辺りに掃除を念入りにするつもりだったとか言われそうな気がして、彼女を連れてくる旨を伝えておいた。
 約一名予想通り非常にきらっきらした目をしていたのが気がかりだが、まぁ、問題はないらしいので、良かった。
 そう、問題はなかった。ベムが妙に不機嫌になった以外は。
「…不機嫌はちょっと違う」
「ならうらみがましいと言い変えるべきですか」
 ここ数日同じような表情を何度も向けられているのだ、さすがにうんざりとした心地で口の端を上げる。
 それでも、ベムはゆるゆると首をふった。
「幸せそうな君を見てると、なんかこう―――癪に障る」
「不機嫌なんじゃないですか」
「別に友人の幸せで不機嫌にはならない。もっと君に関係ない理不尽な感情だよ。そう、かなたの読んでる漫画に、ぴったりの言葉があった」
 ソファに座り、ぼんやりと天井を見つめたまま、彼は言う。
「『世の中のカップル全部ドブにはまってくれないかしらね』」
「マスター何読んでるんですか!?」
 思わずつっこんで、そうではないと首を振る。
「……つまり、ひがんでいるということでしょうか」
「……空しくなる、が一番近いかな」
 彼と向かいあう形で床に敷かれたクッションの上に腰をおろして、その言葉を聞く。
 ぽつぽつと朴訥な話方は彼の常のもの。
 それでも今、それが異常に陰気に聞こえるのは、彼の落ち込みっぷりなどなどをあらわしているのかもしれない―――なんて思ったから、つい話を聞く体制になってしまう。
「…僕なんて最近やっと名前で呼ばれるのが多くなったくらいなのに…風矢はすぐ部屋に連れ込むとか言う…」
「連れ込むって」
 なんか人聞きが悪いのは若干下心があるから、だけではない。じめじめうらみがましい目をされる所為だ。
 少し腹が立つ。そんな言い方しなくともいいでしょうと、文句をつけようと思った。
「とんとん拍子に進みやがってこのリア充―――今、そんな気持ち」
「ベム! 僕が少しだけ嫌み言いすぎました! だから変な世界の言葉を使いはじめないでください!?」
 けれど、続いた言葉に、それを忘れた。垂れ目気味の目がじとりと座っているように見えて、なんとなく心臓に悪い。
「…少しじゃないだろ。割といっただろ」
「それは君が人の顔見るなりパイ投げつけてきたからでしょう」
「君がいちゃついてくるなんて言うから…むしゃくしゃして」
「やっぱり不機嫌なんじゃないですか。…大体、最近人の顔見る度嫌な顔する。少し不愉快です」
「君がことあるごとにのろけてくるから、そうなるだけ。黙っていればなにもない」
「…惚気…て、る、かもしれませんが…っ。君、メ―にはんなことしないじゃないですか」
「したし、やったよ。気付いてなかったけど」
「…そういえばそうかもしれませんね」
「彼は本当に都合のいいところだけ鈍い。あの性格に喧嘩を売り続けられる君はとても物好き」
「いや別に喧嘩なんて売ってません…じゃなくて!」
 妙な方向に流れそうになった会話を、無理やり打ち切る。仕切り直す。
「なんでちょっと話するだけで不機嫌になられなきゃいけないんですか」
「だから、不機嫌では、ないって」
 軽く睨んで言っても変わらぬ、やけにけだるげな対応。
 その態度に、やはり腹が立った。どうしても、苛立った。
「そうやって変なとこで拗ねるから、最近緋那さんに避けられてるんじゃないんですか。いえ、むしろ避けられているので拗ねているのでしたね」
 だから、投げつけたのは、怒りをあおるための言葉。
 そんなにやる気のない顔をするなら喧嘩なんて売るなと言いたくなって、そうした。
「…風矢。今日はちょっとうるさい」
 けれど、声は変わらずひどくけだるげで。
 視線はどこかをぼうっと見つめたまま。
 ―――ぷつ、と。
「人が心配してやってるのになんですか!?」
 なにかの切れる音が響いた気がした。
「君なんて一生迷走しときゃいいんですよ!」
「してやってるとか言う辺りが恩着せがましい。…精々油断せず気を遣うことだね」
「君の今の物言いも恩着せがましいですよ!」
「で、腹立つんだ。ふぅんおそろいだね」
 あいかわらず妙に棘のある言葉に、ちくちくと、空気がすさむのが分かる。
 自分の眉が夜のも、よくわかった。
「――――もう、知りません!」
 吐き捨てて背を向ける。
 あとでなにあっても愚痴なんて絶対聞かないからなこの野郎。
 決意を胸に、僕は自室への階段を上った。

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