「メー君っ♪」
「んわぁっ!」
明るく声をあげて背中に抱きつく磨智に、床に胡坐をかいていたメーは驚きで声を上げた。
仲善きことは
「おまっ…いきなりなんだよ!」
「ボーっとしてるみたいだから、構ってみた」
語尾にハートマークでも浮かんでいそうなその声に、メーは眉をひそめる。そして、彼女を背中に乗せたまま応じた。
「ただボーっとしてるわけじゃねえよ! 色々考えてる!」
「えー? そうは見えないなあ」
言いつつ、磨智は背に預けた体へ体重をかけていく。
しっかりと密着されたメーはやや声を低くした。
「失礼なこといってねーで、降りろ」
「なんで?」
「…暑苦しいから、だ!」
「失礼しちゃうなあ。こんな愛らしい恋人に暑苦しいとか言う〜?」
「だから、自分で愛らしいとか言うなよ! 色々台無しだろ!」
「そんなこと知ったことじゃないねー」
ぎゅう、と背中越しに抱きつかれ、メーは顔を真っ赤に染める。
その肩に顎を置いた磨智は、満足げににっこりと笑い、腕により力をこめた。
すると。
「磨智ちゃん庭で緋那ちゃ…、…ごめん邪魔した」
廊下を歩き、リビングに足を踏み入れたのはかなた。
彼女は一瞬表情をなくし、すぐにそのまま『私は何も見なかった』とでも言いたげに踵を返そうとする、だが。
「いいよ、マスター。緋那がどーしたの?」
抱きついていた光龍からパッと離れ、磨智は小さく首を傾げる。
その顔に邪魔をされたことに対する飽く感情はないと判断したかなたは、ほっとしたように告げた。
「緋那ちゃんが呼んでたよ。庭で手伝って欲しいことがあるって」
「うん、分かった。すぐ行くね」
言って、パタパタと駆けていく磨智。
さらさらと揺れる茶色い髪を見送って、かなたは視線をぐるりと巡らせ、困ったように声をかける。
「ごめんね、メー君。邪魔したね」
「別に、邪魔なんて…」
振り返り、かなたを一瞥しつつメー。けれど彼女は小さく苦笑を浮かべた。
「…思ってないの? でも、助け求めてる風でもなかったよね。それなら出ていこうとする私をとめるじゃん、君」
「う”」
彼は呻いて視線を泳がせる。僅かに染まった頬が全ての答えだった。
「…ねえ、メー」
「あ?」
少しだけ低く周囲を憚るかのようなかなたに、メーは僅かに眉をひそめる。
訝しげな目線を受けつつ、彼女は極めて真剣な表情と声で言った。
「婚前交渉が不潔だの不道徳だの説教するつもりなんてないよ?」
「…は?」
「…ああもう。身内相手にダイレクトに言わせないでくれないかな。
手を出したきゃ出してもいいんだよ? 勿論同意の上だけど。磨智を泣かせたらいくら君でもしばいてその辺の海に沈めるから」
「…は、はぁあああっ!?」
一度目はどこまでも訝しげに響いた声が、不意に裏返る。
耳まで赤くした愛龍にも、かなたは表情を変えなかった。だからこそ、からかわれているわけではないと分かる。―――それでも冷静になれるかは別問題であるが。
「ば、おま。なんで、そんな!」
「なんでって…いつどうなっても私が寂しさでトチ狂ったりはしないって話だよ。メー君のことだから気にしているかと思って。
いやでもな…今は状況が状況だから、子供に影響あるかもって心配は残るけど」
「や、そういうのじゃなくて! 俺はまだそういうことは…」
「考えたこともないと」
「や、フツーに考えたことはあるけど…っ、なに言わすんだ!」
「…そ、そんなに怒られるようなこと言った? 私」
「怒る怒らないじゃなくて……ともかく!
そういうことは口出されたくない!」
「…そっか」
真っ赤になりつつも懸命に告げるメーに、かなたは大きく頷く。
そして、ふっと遠い眼をして笑った。
「…それにしても、ああいうことしてると、君、ちょっとロリコンっぽい」
「ロっ…!?」
「今まで気にならなかったけど、今は大きくなったからだね。
…あ、私、出かけて来る。じゃ!」
言いたいことを言いきって、やけに爽やかな笑顔を浮かべ背中を向ける相棒に、残されたメーは何度も唇をわななかせる。
「誰がロリコン…!?」
呻いて彼は肩を落とす。
彼が叫ばなかったのは、庭にいるはずの磨智の耳に入ったらしばかれると悟っていたから―――かもしれない。
「…なにたそがれてるんですか」
自室からリビングへと移動した風矢は、あきれた口調でそう言った。
ぼーっと床を見つめるメーは、ハッとしたように顔を跳ね上げる。
「風矢…」
呟き、彼は儚く笑う。
そして、どこか哀愁漂うその笑みのまま、吐息と共に吐き出す。
「俺…ロリコン…?」
その表情と心底つらそうな声色に、大まかな事情を悟った風矢は、大きく溜息をつく。
「龍にとって年齢とは些細なことでしょう。…例えば私は自分の正確な年齢なんて知りませんし。
けどまあ、こうしてヒトの姿をとっていることも事実ですからね。貴方のその姿と、彼女のあの姿、年齢的に開きがあるようには見えます」
「俺は! 背が小さくて顔がちょっとガキっぽいからあいつが好きなんじゃない!」
「…そりゃ、分かってるでしょうね。彼女も。
けど私も並んでいると確かに多少ソレっぽいなあと思ったことはありますよ」
「…お前もかよ…」
心底沈み切った声で言い、がくりとうなだれるメー。
しばしプルプルと震えていたが、やがてガバっと顔を上げる。その顔にあるのは、どこか自暴自棄な輝き。唇から紡がれるのは、妙に八つ当たりめいた呟き。
「他人事だと思って好き勝手言ってよぉ…。大体お前だって他人事だとは限らねえだろ。
これから見た目が3歳時に惚れるって可能性もないとは言い切れねーじゃん」
「3歳児はあり得ません。3歳児は」
「うるせえ。例えばなしだよ。…そうじゃなくても、ああいう見た目なのと付き合うことになったら、俺よりお前の方が見栄えやばい。ガタイがいいぶん」
「それもありえませんね。私はもう少し落ち着いた感じの方が好みです」
しれっと答える風矢に、メーは小さく舌打ちする。
悔しげな表情を見せる彼に、風龍は笑った。
「せめてもう少し肉付き良かったら年齢上に見られそうですけどね」
「…それ、磨智に言うと殺されるぞ。マジで」
顔を蒼白に染め、きょろきょろとあたりを見まわす。わずかにカタカタと震える肩が、彼と彼女との間にあったのであろう出来事を予想させた。
「貴方じゃあるまいし、そんなヘマしません。彼女が緋那さんとどこかに出かけたところが窓から見えましたから」
「…お前のそういうとこ、ほんっとむかつくな。
大体磨智も磨智だよ…俺は何度も何度も何度も気にしねえって言ってるのに…」
何度も、のところに力をこめて力説しつつ、メーは続ける。
「気にしなくてもいいじゃん、ちゃんと十分柔らかいし…」
「…そんなこと私に言われても。…っていうか、そんなこと分かるまで進んでたんですねえ」
揶揄の色をたっぷり含んだ声に、メーは僅かに眉をしかめ、怪訝そうな顔をした後―――言われた意味を悟り真っ赤に変わった。
「ちが、そん、そこまでしてない!」
「どこまでを想像したのか分かりませんが、見てるこっちが恥ずかしいその反応止めてくれませんか?」
ぼそりと呟く風矢。だが、その声がメーに届いたかは怪しい。そのくらいの取り乱しっぷりでしばし呻いていたものの、我に返ってぼそりと呟いた。
「…くっつかれると分かるだろ」
「ああ、だからポンポンと赤くなるわけですね」
風矢はわざとらしいまでに綺麗な笑顔で言い切る。
明らかな揶揄に眉を吊り上げ―――何も言えず沈黙する。沈黙して、再び紡いだ言葉は、彼にしては毒を含んだものだった。
「…くっつく相手がいなくて、くっつかれることもないよりマシだろ」
「マシか否かは僕が決めます。今のところ付き合う相手がいなくても困ってないので貴方なんぞに心配される謂われはありませんね」
涼しい顔で言い切る彼に、メーは何度目になるか分からない溜息をこぼす。
この手の話題で自分がからかわれなくなることはあるのだろうか。
考えると、少しだけ視界が歪んだ気がするメーであった。