その日は空は、後の嵐など想像もつかないような、美しく蒼い空でした。
種を播くヒト
これは、緋那がベムと出かけてから、3日後の夜。
じわじわと迫る暑気に、126番地の主人がへばり始めていた、ある日に起こった。
「旅行…?」
緋那の口にした言葉をゆっくりと繰り返して、かなたは日誌を書いていたらしい手を止めた。
「…ベム君と…? 君が、二人で?」
その眼は、なにか信じがたいものを見るように見開かれている。
「どうして? 急に? なぜに?」
「…ベンチ作ってくれたし。……この間の詫びがしたいんだ」
「この間、って」
「私はどうあろうとあいつを傷つけた、ずっと傷つけてきた。
…そのことをゆっくり詫びたいし、…なにが欲しいかって訊いても、一緒にいる時間が一番だってしか言わなくて、…なら、それでいいかと思ったんだ」
途切れ途切れに緋那。
常は朴訥な印象のただようその顔には、自嘲気味の微笑。
かなたにはその表情がベムへの罪悪感だとしか映らない。
だからしばし口を噤んだ後、真顔で緋那の肩に、ぽん、と手を置いた。
「赤飯炊こうか?」
どこまでも真顔な主人の意図することに察し、緋那はため息をつく。
「いらない。祝われるようなことじゃない」
う言って、じとりと目を座らせて。
「…その前に、お前が炊けるのか?」
「…緋那ちゃんが炊けばいいかなと」
「………」
そうか。もし私が祝い事をする時は自分で自分を祝うのか。
じわじわとこみ上げる空しい気分を押し殺し、緋那は続ける。
ここまで来て、やめるわけにはいかない。
「…まあ、その、私がいないとなにかと不安だが、大丈夫だよな?」
「…緋那ちゃん、心配症」
「誰のせいだ」
疲れた顔をする緋那に、かなたはビシッと指を突きつけた。
「ふふん、君がいなきゃそれなりに頑張るに決まってるじゃん。
私以外の誰かが!」
「そこは嘘でも私が頑張ると言ってくれ!」
不敵な笑みすら浮かべるかなたに全身全霊でつっこむ緋那。
危機迫ったその表情に、悪ふざけが過ぎたと感じたのか、申し訳なさそうな顔に変わったかなたはそっと呟く。
「…嘘でいいなら、言うけど」
「……もう、いい。
ともかく、許可はとったからな」
もう、どうでもいいよ。
そう締めて緋那は主人の部屋を後にする。
呆れたように振る舞いながらも、その顔にあるのはやはり罪悪感。
けれど。
「もう、後には引けないんだ」
己に言い聞かせるように呟いた言葉はただ空気にまぎれた。
―――その2日後、炎龍は連れ添って旅立つことになった。
「お土産よろしくね♥ 緋那」
「ああ」
にっこり微笑む磨智。
お願い、とポーズをとる彼女を微笑ましげに見ながら緋那も微かに微笑む。
「なにかほしいものがあるなら」
「お土産は緋那の好きなものでいいから。ベム君と意見交換しなくていいから。もう全力で楽しんできてね。ベム君の存在を忘れるくらい」
「……」
なにか欲しいものがあるなら探してくるよ。
そう告げようとした途端重ねられた言葉に、ベムはじとりと目を座らせた。
声にせずとも不機嫌を巻き散らかす彼に、磨智は余裕たっぷりの笑みを向け、
「あ、ベム君、いたんだー。ごめん、目に入れる気がしなかったv」
フフ、とシナを作る。だが、その眼はちっとも笑っていない。
「緋那、行こう。早く」
対してベムもにっこりと笑い、緋那の腕をとる。
益々笑みを消し、変わりに冷たさを増した眼は、彼としては珍しい清々しいほどの作り笑いで受け流す。
―――緋那になんか変なことしたらどうなるか分かってるよね?鈍足炎龍。
―――余計な心配だよこのぶりっこ地龍。
絡み合う目線。通じ合う敵意。
それに挟まれた緋那としては、やっぱりやめれば良かったかなと思ったのだが、残念ながら両者には届かなかった。
「…緋那さんは苦労龍ですね」
「そーいう星まわりなんだろうね。
家事労働の忘れてくつろいでおいで、って言ったけど…くつろげるかな…」
緋那を挟んでにっこりにらみ合う磨智とベムから少し離れて呟く風矢。
同じように声を潜めてかなたは苦笑する。
「…そもそもくつろぐ気あるのかね。アイツに」
緋那は好きで苦労ばかりしている気がするけどな。
ぼそり、とメーの紡いだ言葉に、かなたは首をかしげる。
「どうしたの? メー君。憂鬱そうだね。
…ご飯は本当マトモに作るよ?」
「…マジで?」
不安げに顔を曇らすメーに、かなたは笑った。
吹っ切れたような、清々しい顔だ。
「…全力で本気で取り組むのは本当。」
「味の保証は?」
「……君に嘘はつきたいくないわ……」
「目をそらすな悲しげに笑うな! …っ、そのくらいなら出前とれぇぇぇっ!」
いつものように叫ぶ光竜。だが、その耳には昨夜の言葉が木霊していた。
『…メー、頼む、な』
『……? 言われなくても。うちのことは任せて、楽しんでこいよ』
それは、なにか不安げな彼女を安心させたくて言った言葉。
彼女は少し頑張りすぎるくらい真面目な奴だから、家を空けているのが不安なのかと、そう思ったから。
けれど、その刹那。
緋那は一層不安げな、形容しがたい顔をした。
「…………どっかで」
同じ
小さな小さな呟きは、旅立ちを祝福するかのように晴れ渡った空に溶け、消えた。