約束をした。
 胸糞の悪くなるような約束を。
 約束をした。
 果たさなくてもいい日を、ずっとずっと祈っている。

零れ落ちた言葉の隣

 彼女が出て行って後も、しばらく窓を眺めていた。
 すでに夕日は沈み、静かな暗闇が広がっている。
 そう、静かな………
「あなたが動いた程度でどうにかなると思うんですか? 馬鹿ですね」
「うるせぇよ。ごだごた言うよりとっとと動けばいいだろう」
 静かなはずなのに…なんか、騒がしいなぁ。
 風矢とメーの声だね。二人してなにしてるんだか…
 そう口に出す前に、扉が乱暴に開く。
「…かなた。出かけるぞ!」
「なんで?」
 入るなり、叫んだメーは続ける。
「ベムのやつを本気でしめたいから、つきあって」
 は? 
 いきなりの言葉に思わず目を見開く自覚。
 言葉を失う間に、風矢が叫んだ。たっぷりと呆れを含んだ声で、
「だから無理に決まっているでしょう? ぼこるもなにも、貴方が彼に勝てると思うんですか? そんなことよりもっとやることあるでしょう」
「勝てると思ってるし、今はそれが優先だろ」
「…馬鹿が」
 吐き捨てる風矢に、なるほどと頷く。
 しかし、しめるか。確かに無理だ。いつもなら。
 確かに、いつもなら、メーが彼に勝つことなど不可能だけど…
「…私はそうは思わない」
「か、かなたさん?」
「メー君なら今のベムをどついて連れてくることは、できるよ」
 うろたえる風矢を目線で制止して、続ける。
「だって、今のベム、弱ってるからね…」
 こんなに張り切ってるメーなら、まあどうにかするだろう。
「ああ、俺も今のあいつには負ける気はしねぇ」
 言いきる彼の琥珀の瞳に宿る強い光。  認めて―――ため息をつく。
「でも、駄目」
「…んでだよ」
「ベムも私の大切な家族だよ。そんな手荒は許せない…って言いたいとこだけど。
 そんなんじゃ解決しないと思うからってのが本音。
 元々言われてたんだ、ベムに」
 思い出すのは、軽々しい約束。
 初めて会ったなり、契約をもちかけた炎龍は、とても真剣な目をしていた。
 私は…、それが怖かった。
 怖かったから、流された。
 怖いから、押し切られた。
「緋那に本気で拒絶されたら、『あなたの手で好きに引導を渡してください』
 そう言った彼に私はイエスと答えてしまった」
 押し切られて―――約束した。

『…約束、守ってくれないの?』
『……引導、か?』
『…僕達龍はマスターがいないと、行動を制限される。ドラテンで枯死ぬにしても、マスターの体力が持たないような戦い方はできない。
 だから、傍で引導を。そう約束したよね、マスター』
 思い出すのは数日前に呼び出した彼の声。
 
「…ってのはおいといて。
 ぼころうがなぶろうがベムが動くとは、とてもとても…」
 苦笑してそう告げると、風矢が大きくうなづく。メーもわかっているのか、何も言わない。
 二人を見ながらも、さらに思い出す。
 
『…私は』
『僕に納得できる、幸せな結婚をしてほしい?』
『…うん』
『僕は緋那が好き。緋那以外選ばない。……緋那に拒絶されたなら、消えるしかない』
『…それしかないなんてことは、ない』
『…そうだね』
『分かるなら戻れ』
『嫌』
『ベムっ』
『……マスターが約束を守らないなら、僕に従う義務はない。
 これから…好きにさせてもらうよ』
『…好きに?』
『ずっとさ迷う野良になる。
 なにもしないのに召喚石を埋める僕が疎ましいなら、契約を解消すればいい』
『…っ、待て! 人の話は最後まで聞け!』

 約束を交わして。
 それを破棄した私に従う義理はない。
 なるほど、道理だ。…結論が早急であることを除けば、道理だ。

「…けど、あいつ、誰かに無理やりつれててこねぇと、一生帰ってこないだろう? どうするんだよ」
「迎えはいるよ。適任者が」
「…適任…、…緋那さん、ですか?」
「あいつが? わざわざ?」
「うん。わざわざ。
 …だから、私達はいいの。お留守番」

 静かに言い切り、再び窓を眺める。
 先ほどと同じように、ひたすら静かな夜が広がっていた。


 夜の空を羽ばたいていると、冷たい空気が肌を刺す。
 冷たい空気の中で、ばさばさと自分の羽音だけが聞こえた。
 …いつもうるさいくらいまとわりついていた声は、聞こえない。

 貴女が好きです。
 言われた時、私は、怖かったのだ。
 
 あたりを見回すが、目当ての影は見つからない。
 …龍がうろうろしてて目立たないのなんて、狩場だと思って来たけど。
 ここにいるんじゃないのか? 
「…ああ、面倒な…っ」
 身を翻して探しなおす。
 面倒だ。けれど……
「…出て来いアホ龍! 色ボケ!」
 けれど、これは私の責任だ。
 あいつのことを信用せずに、向き合おうとしなかった、私が悪いんだ。

 『貴女が好きです』

 いきなり初対面にそんなことを言われたら誰だって驚くだろう。
 本当に初対面なんだ、冗談だろうと思うだろう。
 だから相手にしなかった。
 そうすれば、そのうち諦めるとばかり思っていたのに。

 あいつと磨智が仲良く話していることがあった。
 ああ、このまま仲良くなって、こいつとくっつくのかな、そんなことを思った。

『緋那、磨智が貴女はタクワンが好きだって』
『…いや、騙されてるぞ。今お前が持っているのを見てはじめてみた』
『…………。磨智! 僕、自力で漬けたのにひどいよ!』

 だけど、そんなこことはなくて。あいつはいつまでもいつだって私を好きでいてくれたのに。
 違う決め付けて、取り合わないで…認めようとしないで…

『なんで関係ないなんて言うの!?
 違う、なんでそれを僕よりも、他のやつらに言うの!』

 あんな風に叫ばせるほど、傷つけた。
 なにも理解しようとしていないのは。馬鹿は私じゃないか。
 だから。探さなきゃ。
 今度は、私が追いかける番だ。

「…出て来い! ベムっ!!」

 好きかどうかなんて、分からないけど。
 私は、お前がいないと落ちつかなくなってしまっているから。
 お前がいなくなるのは、嫌なんだ。



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