いい天気だなあ。
自室から外を眺めて、ぼんやりと思う。2階であるここはそこそこに眺めがいい。ああ、平和だ。気持ちがいい。
だからどこかに出かけよう、例えば戦闘行脚……の前に、一応武器整備しようかな…
手入れをしても壊れる時は壊れるけど、それはそれ。丁寧に扱うに越したことはない。私、一応戦闘系だしね。トレハンの主な稼ぎって、ステラで交換した金塊だけどね。つまり町に養われてる感ばりばりだけどね!
―――廊下の方から悲鳴が聞こえたのは、そんなちょっと切なくなってる時だった。
あるトレジャーハンターの平穏
「放せこの変態―――!」
キーンッッと耳に響くような音量の声は、よく知ったものなじんだもの。
…うーん、またアレかなあ。一応確かめなきゃ駄目かなあ。だって黙ってて家を壊されても、ねえ。
「メー…君?」
彼自身には単純だ単純だと不評な名前呟いてドアを開ける。と、なにかに圧し掛かられた。
「ぐえ」とか言いつつ押しのけようとする。奇妙に重いソレは…
「メー…」
銀色の髪をした少年…正確には、少年の姿をした光龍。
彼はとても大事な同居人で相棒だけれど…人のこと押しつぶしたままどかないでいる姿にわき上がる怒りというか苛立ちというか。
「私…君のこと好きだけど、愛することはできないの…」
「シナを作るな気色わりい! いや!お前の冗談に付き合ってる暇はねえ!
どけ! どけええ!!」
だからからかってみると、全力で拒否られた。むう。ちょっと本当に腹立ってきた。
「それはこっちの台詞だ、君が立ち上がればそれで解決するだろうが? 落ち着け! 一体何が…」
もみあっているうちに、軽やかな足音が聞こえた。
「マスター、そのまま抑えててねっ」
「磨智ちゃん?」
メーを押しのけて振り向いた。その視線の先には、ふわふわとした印象のワンピースと長い髪を風で遊ばせる女の子。彼女も龍であり、本来はちみっちゃい地龍だけれど。
小さな身体に反して大きなその瞳は、きらきらと輝いている。そう、まるで、獲物を見つけたような色で。
「…やっぱり追いかけっこの邪魔をしたのかな、私は」
「そんな悠長なもんじゃねー! 俺のプライドがかかってるんだよ!」
「うふふ。そんなに嫌がらなくても…悪いようにはしないよ」
「お前と俺の「悪い」の感覚がズレてんだよ! 近寄るな変態!」
「そんな…マスター、メー君がうら若き乙女を変態扱いした。ひどいよね!?」
「え? 私?」
口を挟む暇もなく傍観していた私は唐突に投げかけられた問いに戸惑う。
ええと…そもそも、なんでメーはこんなに蒼くなってる? なんで全力で逃げてきた?
それが分からないと…なにもいえない気が…
思いを言葉にする前に、磨智の顔ににゅっと影が落ちる。
「喧嘩両成敗だ。馬鹿者が」
「緋那…」
彼女にポコと軽く叩かれた頭を抑えて、恨めしげに唇をとがらす磨智。
腕を組み溜息をつく彼女も、例外なく龍。炎龍の女の子。
ちなみに、人の姿をとる前も、今も、緋那の方が長身なので、自然に磨智が上目遣い。それが一層すねたような印象を強くする。
「だって、メー君逃げるんだもん」
「それはお前が逃げさせるようなことをしているのだろう?」
「緋那…! お前は分かってくれるんだな…っ!」
「そう感動されても。私はお前にも怒っている。
家で走りまわるな、埃が立つだろう。騒ぐと騒ぐだけ散らかるんだ。落ち着け」
ふう…とため息をつく緋那。切れ長の目が僅かに伏せられたその顔は物憂げ。肩口で切りそろえた髪は空を仰ぐ拍子にふわりと泳いだ。
龍が人の姿を借りてくれると、何が便利かって…目の保養もさることながら表情が読みやすいことだ。緋那も磨智もメーも龍は爬虫類っぽかったから、どうしてもねえ。細かいのは分かりづらくて寂しかったんだよねえ…
ああ、ついでに、緋那の場合。家事効率も上がったようで、どんどん所帯じみてきた気もするような。
うーん……苦労させてるなあ……母の日にはカーネーションを贈らなくては。
などと考えていると、下から声が響いた。
「緋那さん、割れた食器片付けましたよ」
言いつつパタパタと階段を上ってくるのは、風矢。風龍だからフウヤ。
なんか涼しげな名前になった彼は、たち振る舞いもおおよそ涼しげだ(メーが絡むと悪ガキのようだけれど)背の半ば辺りで1本にまとまった長い髪は薄い緑で、彼が動く度きらきらと輝く。顔立ちは綺麗に整って、中々良い目の保養。
すらりとした長身はシンプルなシャツとパンツに包まれ、やっぱりとっても爽やか好青年。
でも手に塵取り(ちょっとボロボロ)と箒(毛がぼさぼさ)。
…うーん、掃き溜めに鶴というかなんというか。…もう少し働いて箒くらい買い換えるお金は工面しよう。勿体無い。
それでも家は雨漏りするようなログハウスなので、ちょっと不釣合いかもだけど。そこは我慢してもらう。
大体、誰のせいで雨漏りするようになった、って。家の中で喧嘩してうっかりブレスなんか使っちゃうメーと風矢の所為で修理しなきゃいけなくなったからだし。
「零れたミルクも拭いた。安心して」
そして褒めて、と言いたげなのはベム。炎龍の割に体温ひくそーなやる気なさそーな龍。なのに、眠たげな橙の瞳が、こういう時だけ期待で輝いている。
…いや、こういう時だけ、じゃないか。緋那を見てる時は大体そんな感じか。暑苦しいくらいに情熱的だ。
と、そこまで考えて、
「…つーか、メー君よ。君はどうして磨智ちゃんから逃げてたの?」
やっと疑問を吐き出すと、彼はこちらをギロリと睨んだ。
…いや、私を睨むのはお門違いじゃないの?
「磨智が……」
なにかを言いたげな顔をしているくせに、言いよどむ。
言うのも忌まわしいと言いたげだ。
「…磨智ちゃん」
「そんなに怯える必要はないと思うよ? 私はただこれを着せようとしただけ」
目で説明を求めると、彼女は愛らしく首をかしげた。
びらり、と何処からともなく取り出されたのは―――エプロンドレス。
自分で着るのは抵抗あるものの、地の桃色とエプロンの白が、要所要所に施されたフリルが、素直に愛らしい。
「折角手作りしたのに…着ないって言って逃げるから…」
「え? 手作り? すごいな。器用だよね、君」
「えへ。女の子だから♥」
「けど俺は男なんだよ!!」
メーは声を張り上げた。
蒼ざめたその顔には非難の色。
「かなたお前今これを着せられそうになったのは俺だと忘れただろ!?」
「そんなことは…あるね」
「そこは認めるなよ! 否定してくれよ!」
「否定すると怒るんでしょ?」
「ああそうだ、けどな!
そもそもお前が広場で悪乗りしたのが悪いんだぞ!?」
はて。なんのことだったかな。メーが彼女に追いかけられるのは気付いたら始まってた様式美だとばかり。
思ったことは顔に出ていたのか、メーが一層恨めしげな顔をした。
「…この間…お前がコスプレに走って…っ!俺もつき合わせて…、め、メイドの格好を……っ」
「ああ、あれか。うん、似合ってたね」
ぽん、と手を叩く。思い出した。そういえば数日前に広場でそういうメイドを讃える流れになったから、つい。色んな人の集まる広場の話題の横滑りはいつものことだし、メイド服は素晴らしい衣装だから仕方ない。
まぁ、別に、彼のことを女顔だとは思わない。
ただ、つりあがり気味の琥珀色の瞳は、確かに大きめの作りで可愛いくも映る。もしもう少し成長したりすれば面立ちも変わるだろうが、15前後の今はそうだ。
華奢な体躯は女物を着ても見苦しくはない。身長だって、そう高くない。私より多少高い程度だ。
そんなことを考えたら、つい、けしかけていた。
そう、あの時の衣装を用意したのもそういえば磨智だ。
「…覚えているのにその反応か?もっと申し訳なさそうにとかもっと磨智を止めようとするとかないのか? ええ? マスターよお!」
「首しまる。痛、い。ゆ、さぶるな」
顔を顰めると、ぱっと手を放される。
掴まれた襟元を整えながら、磨智に目線を送ってみると、にっこりと微笑まれた。
「マスター。作った衣装の中には、浴衣とか白衣とか燕尾服とかもあるよ」
「よし止めない行って男上げて来いメー」
「はあっ!? ちょっ! おま! むしろ男は下がるだろう!?
って違う、前間違ってスカートはいちまった時は嫌がったじゃねーか! 磨智も! 冷たい目で見てただろう!?」
前間違って―――というのは、いまをさかのぼってだいぶ前。
メーが初めて人の姿を借りた時のこと。私と一緒に町をまわっていた彼は、ついつい間違えたのだ。服装を。エプロンドレスに。不慣れだったせいらしいよ。
まぁ、なんにしろその時は思わず叫んだっけ。君を女装趣味に育てた覚えはない! と。なにやら嫌な顔をしていたのは、磨智だって同じだったと思うけど……
「それはそれ、これはこれ。
自発的に女装されるのはヤだけど、嫌がっているのなら、むしろその羞恥心を楽しむのが乙女の嗜みと言うものです」
「どんな乙女だ、そ」
メーの言葉は最後まで続かない。
いつのまにか背後に回った磨智が、上着の襟をぐわしと掴んだ。
…ああ、素敵な笑顔だなあ。女の子の笑顔御は可愛いなあ。
「じゃ、マスターの同意も取れたし、行こうか♥
これが気にいらないなら他のもあるから、安心して?」
「なっ…」
顔を強張らせながら周囲を見回すメー。
だが、周りには私以外誰もいない。
「ああ、オヤツの時間だからねえ。皆リビングにいるんじゃない? 緋那がクッキー焼いたって言うの♪
あ、でも君の取っておくから。安心していってらしゃい」
ニコリと笑うと、彼はなにかが途切れたかのような気の抜けた顔をした。
ずるずると奥にある磨智の部屋に引きづられても無抵抗。…ちょっとかわいそうかも。思ったが、気にしないことにする。
磨智が楽しそうだし。その影でメーが泣きそうなのはいつものことだ。ついでに、他の三人がそれを気にしないのもそう。緋那はクールだし風矢はメーが嫌いって言ってるし。ベムは緋那しか見てないし。
ちなみに、私は磨智が楽しそうだからそれでいい。メーだって本気で嫌ならもっと冷たい反応するのだから、まぁ、…まぁ、いいんでしょうたぶん。流されやすい奴だし。
うんうんと頷いて、私は下へと歩き出す。日課な戦闘行脚とおかいものは、食べてからにしよう。
…ああ、ちなみに。
それからしばらく、126番地ではやたら少女趣味の格好をした銀髪の女の子が看板龍を勤めることになる。
要するに、彼が我に返るまで、かなりの時を要したのでした。
「ま、仲良きことは美しきかな、だよね」
「うるせえ! お前なんて大っ嫌いだ!」