友人からおかしなペングラムをもらった。
不気味なそれで、催眠術ができるのだという。
催眠術。…したくないことも、させることができるかもしれない手段。
俺がそういったことが思いつくのは、彼女だけだった。
しかし、催眠術だ。眉唾だろうけど、眉唾だからこそ。いきなり切り出してひかれたくはない。
さて、どうしようか―――と思っていたのだけど。
「大征君、そわそわしてるけどどうかしました?」
「そんなにそわそわしてる?」
「催眠術。懐かしいですね」
「懐かしいの!?」
「なるほど、催眠術ですか。世界のあるべき姿を知らしめるのに役に立つかもしれませんね」
「…あ、うん。そうだね。それそれ」
「私で試しますか? かけられ慣れていますし、どのくらい協力か分かります」
「……あ、ためす気だったけど。…悪いね」
「いえいえ、大征君は救世主ですから! 私は巫女さんです」
「……そうだね」
とんとん拍子で話が進んで、彼女は当たり前のように催眠術を受け入れた。
…なぜ、慣れているのか。
…なぜ、懐かしいのか。
問いかけたい言葉は、今日も喉につまった。
それに。
「さぁ、お気に召すまま、行動をどうぞ」
その言葉で、躊躇いも消えた。
指摘の通りに、そわそわした気持ちだったし―――
少し重たげな瞼。がらんどうの瞳。わずかに緩んだ口元。妙に心地よさげな様子が、なんとも……たまらない、とはこういうことを言うのだな、と。そう思った。
躊躇いが消え、やりたいと―――聞きたいと思ったのはひとつ。
彼女の過去を暴きたい。
見えているだけで、顔の半分。あきらかに人為的にそげた顎の肉。
無防備―――というよりは、投げやりに見える行動の数々。
言葉の端々にある、おかしな習慣の影。
その所以を知りたい。
だから、本当は。
すぐにそれを聞こうと思った。
けれど、あまりにあっさりとかかるものだから。
あるいは、あっさりとかかったにしても。
目が覚めた彼女がそれを覚えていたらどうしよう、と思った。
「そうですね。では今からあなたはなにをされても分からない、というのはどうでしょう」
彼女は答えない。
「触覚がない…麻痺のような感覚でしょうか」
「…はい.」
そんなものが言葉一つで通るなら、おそらく忘れてもらうこともできるだろう。
…かからないなら、忘れてもらうことはできそうにないから、適当に切り上げる。
そのつもりだった。
そのつもり、だったのだが。
無茶な催眠はあっさりと通って、彼女は触っても気づかなかった。
好奇心と下心のまま脱がせても気づかなかった。
…今後大変役に立ちそうだから採寸しても、気づかなかった。
肉付きの薄い、彫刻めいた肌にいくつも刻まれた傷に触れても。
その目は固く閉ざされたままだった。
傷があるのは、服で隠せる範囲が多く。既に長い時間が経過しているのが明らかで―――…
事故ではない。
事故ではこんなに巧妙につかない。
顔の傷にしたって、そうだ。
ああ、そうか。だから、この女は。
少し優しくしたくらいで、…正気ではないといえ。
のこのこと同居なんてしてしまうのか。
飢えているから…なんでもいいのか。
「ずっとなにやられているか分からなくて、怖い思いをさせたかと思ったんですが」
「怖くないですよ」
「…催眠術だから?」
「ここには私を脅かすものはなにもありませんから」
好都合のはずの事実が不愉快で。なぜか不愉快で仕方ないのに、買ってきた服を着る姿は愛らしいと思った。
「今まで着たことない服ですから」
「勝手に選んでしまったけど。…気にいった?」
「はい、嬉しいです、ありがとう大征君」
いつもより柔らかい言葉も、嬉しいと思った。
嬉しくて。可愛らしくて。もう、このまま。このままこうしていようかと思った。
触れても何も言わない。…ふわふわと笑っている。
膝にのせても、触れても。嫌がらずに、なまめかしい声までついてくる。
このままでいようかと思った。
「俺の嫌いなところ教えて欲しいな」
「嫌いなところ」
「うん」
「…なんで優しいんですか?」
このままで、いいのではないかと。本気でそう思うのと同じくらいに。
…このままでは足りない、と。
「…だって、私じゃなくてもいいでしょう?」
「いいか悪いかでいえばそうだろうけど……俺がやさしくしたいのはあなただから。しかたないんじゃないですか?」
ぼうっとした瞳が好都合だと思う。
同じくらい、足りない。そんな目では足りない。
身体だけがここにあればいいのなら、とっくの昔に―――もっと、楽な方法をとっている。
分からない。分かりたい。
自分の心も、ましてや人に選ばれる方法など。よくわからないけれど。
「これから、嘘をつかないでほしいな」
後ろから抱いた体は動かない。
動かないことを、命じたから。
「嘘を…ごまかしも、世辞もいらないなぁ。
今から本当をいってよ」
返事がないから、念押しした。
念をおしてようやく聞こえた「はい」にどんな顔をしていたか。
彼女だけには見られたくない気がした。
「ねえ、意味奈さん。
「本当に、俺の嫌いなところ、ない? 嫌いなところ…不満に思っているところでもいいけど」
「―――ありませんよ。
大征君は優しいですし…あたたかいのみものをくれて。あたたかいものをたくさんくれますから」
でも、と続いた言葉に上がった口唇にも、気づかれたくはなかった。
「優しすぎて、たまに怖くなります」
続いた言葉は意外過ぎて、一瞬言葉につまったけれど。
…君の理想を叶えて、手の内においておこうとしていたのに。
「……そんなこと言われてもね。君に優しくするだけなら、俺じゃなくてもできたからね」
「でも。優しくしてくれたのはあなたです。それだけは、本当」
じゃあなんで怖がるの。…それ以外なんて。ロクな方法知らないのに、俺。
「ねえ、意味奈さん。
あなたの好きなことは?」
「私の好きなことですか…?」
簡単なはずの問いに、彼女は随分言葉を捜した。
「あたたかいお布団で寝ている時?」
「あなたの嫌いなことは?」
「私を無理やり抱かせる人。してくること。私にひどいことをしてくる人。してくること」
嫌いなことを答える速さは、先ほどより早かった。
「あなたは。これから、なにをしたい?」
「私は………幸せに死にたい」
「……幸せに生きたいではなく?」
「…最後くらいは。怖い思いしたくないから」
じゃあ、例えば。
今から俺が、あなたの痛覚を奪いとって。
目でもつぶらせて、首でもしめれば。急所を一突きでもすれば。
そうすれば―――幸せなのかな。
そうすれば俺も幸せな気がする。
…一瞬だけ、幸せになれる気がする。
それでも一瞬じゃ足りなくて。
ずっとずっといたいから、問いかけてみた。
「大事な人がいますか? 大事なもの、でもいいですが」
寄り道をしたけれど、聞きたいのはそれだった。
俺じゃなくていい。
今は俺じゃなくても、いつか。
―――あなたの大事なものをつぶすなり抱き込むなりすれば、ずっと俺の元にいるだろう、と。
「…大征君と、一緒いる時間」
そう思っていたのに。
そんなことを言われると、困る。
…そうか。大事に思ってくれているのに。
それでもこの女は、他に優しいし。怪しい子供を抱きしめるし。狂人を抱きしめるのかと。
それに―――信用、できない。
それは、望んだ言葉のはずなのに。
信用できないと思った。
そんなものは、夢だ、と。
夢のように冷めるものだ、と。
「そっか」
「そうだよ」
それから、なにを言ったのか。よく覚えていない。
ただ嫌になって。
欲しい言葉を信用できないのが、嫌になって。
手をうって、催眠を終わらせて、それから。
それから、催眠がとけた彼女が、随分と怒っていて…不機嫌そうな彼女がいて。
そちらの方が、うれしかった。
見たことない顔だから、うれしかった。
信頼が、信じられない。
信用が、信じられない。
欲しくて、欲しくて。しかたないのに。
なんで……手にした気になれないのだろう。
それから、数日たって。
世界がどうの救世主がどうのという妄言の世界から帰ってきた彼女は、なぜか「世話をしたい」といってきた。
迷惑をかけたから、お詫びだそうだ。
……じゃあ、気がすんだらいなくなるのかな。そう思いは、したのだけど。
「ずっといてよ。できる限り優しくするから、ここにいてよ」
「…えーっと……、はい」
「別に世話はいいから。……幸せにしてよ」
「プロポーズみたいですね」
「…え? ……プロポーズにする?」
「それはやめましょう」
即座に返されて、泣きたいのに安心する。
ああ、これはまだ自由にならない。愛する人。
傷だらけで、痛ましくて。ボロボロで。恐らくは歪んだ―――…
それでも、俺とは違う生き物で。
違う生き物であることに苛立って、この上なく昂るから。
だから…今はこれでいい。
彼女が淹れてくれた紅茶は、今日も渋い。
渋くて美味しくなくて、それでもたぶん、幸せだ。
セッションで意味奈さんにしたこと。
膝枕して頭をなでまくる
なにされても分からない催眠かけて服はだけさせて採寸。(イッヒさんが爆笑してた。私は真剣だった)
服選んできてもらう(ありがとうドンキ)
膝枕して耳かきする。(耳フェチ、最高に催眠このままでもいいかなってなってた)
嘘つかないでと催眠かけてめっちゃ根ほり葉ほり聞く。
後日談でも服を渡してサイズぴったりなことを不思議がられる。嫌なくらいにピッタリ言われる。
気持ち悪さの限界に挑戦してみた。そして寝る前に書いたメモを有効活用してみた。
PLが一番ときめいたのは服喜ぶときのため語はずれるのと。最後の「おそろいですね」。おそろいですねの可愛さに私は「今すぐこんな男と縁を切ろう? 切れると酷いことしてくるから、縁きろ?」って大征君をどっかでロストさせようかと思った。いや、しないけど!
大征君が一番ときめいたのは「ここには私を脅かすものはなにもありませんから」と「これからもお世話したい」
いつか一緒に幸せになれるといいですね。いや、今幸せなんでしょうか。地雷原の中に住んでいたとしても。