妹に見合いの話がきた。
先方の息子が妹を見染めたらしい。
多額の援助つきのそれは、傾いた我が家にはあまりに魅力的だった。
先方が差し出した息子とやらの条件も高スペックだ。親の欲目は、あるんだろうけど。なにしろ容姿端麗なうえに、穏やかな子とのことだから。
しかし、客観的にみても悪くはない。
今は別の病院で研修医だが、後に実家の病院を継ぐのがほぼ確定している青年。
中学生の妹とは十も年が離れているが、まだ結婚は先の先。
少なくても高校、できれば短大。妹が望むなら、大学を上がるまで待つそうだ。
その間に育まれる感情もあるだろうと、先方はそのように話している。
困惑した顔をする妹に、優しい声で「無理は言わないけどと」と。そのように話している。
両親も困惑はしているけれど。…困惑はしているけれど、この場に妹を呼んだ。それが一つの答えだ。
……別に、ひどい話というほどではない。
ナンセンスで前時代だが、外道とまではいわない。
いやなら断ればいいたけだし、会社が傾けば生活が危うい。
困るのは我が家だけではない。従業員も。
だから、だから。
よい話では、あるのだろう。
先方が妹を見初めたというなら、よい話と言えなくもない。
…けれど。
困惑した顔の妹を見る。
その話を持ってきた病院の奥方を見る。
…なぜだろう、ひどく寒気がした。
「…それで会いに来てくださったんですか」
「はい」
「妹さんはつれてこなかったんですね」
「それは…、すみません」
「なぜ謝るんですか?」
このままいくと妹の婚約者になる予定の男は笑う。
仕事の帰りに突然近場の喫茶店につれてこられたにも関わらず、穏やかに。
…いや、顔を合わせた瞬間から笑っていた。
写真でも笑っていた。今のように、とてもきれいに。
……なんとなく、信用できない笑顔だ。
「…会いたかったんじゃないですか?」
「……そうですね。このように行動力がある方に隠し事はできない。正直に言いましょう。
まず、母がそちらを尋ねたことを今はじめて聞きました。あなたの妹さんの名前もね」
「…つまり、見初めてはいない、と」
「ええ。十も年下の子に恋をしろと言われてもね」
「…じゃあ、なんでわざわざ…、…うちを支援するメリットなんて、そちらにはないしょう?」
「そこはなにしろ初耳ですから、なんとも」
「…他人事のように言いますね」
「嫌ですね、他人事ではありません。
…母に会って…こうして確かめにきたなら嫌な予感でもしたのでは? 選民思想というか、血筋を重んじる家でして。理由などその辺りだろうとうんざりします。…しかし、あなたにそんな顔をしてもね。不快にさせるだけでしょう?」
綺麗な顔で、綺麗な表情で男が言う。 作り物のようだった。
「…血筋…なら、もうすこし近いのがいるでしょう?」
「あまり近いと、このご時世だ。外聞が悪い。…それに、近ければよいとは言わないでしょう。これでも医者の家計です」
「ああ…」
金持ちならよいというやつか。
母は元を辿ればそこそこの…財閥の家系だ。それにしたって、傍系だけど。
「…ともかく、なにも知らない子供と結婚する趣味はありません。両親とは話をしてきますから、来週またここでお会いできませんか?」
言葉と共に席を立つ男は、当然のように伝票をもって、名刺を渡してきた。
なぜだかわからないけれど、寒気がした。
伝票を奪い返して、名刺はポケットにつめた。
そうして、一週間後。まだ会えないと連絡がきた。
さらに1週間後、相手の選んだ喫茶店……違う、レストランの個室で頭を下げられた。
「ダメでした」
「は?」
「どうしてもお宅の妹さんがよいと聞く耳を持たず。困ったものですね」
言葉通り、困ったような微笑だった。
そう、微笑み。
この男は、まだ笑う。
「理由がね、また笑えるんですよ。
俺と相性が良いとでたのが、妹さんのそうです」
「…は?」
「顧問弁護士ならぬ顧問占い師。お恥ずかしいが、母はことにそれに入れ込んでいまして。
父はまだマシですが、今度はあなたのお母様の血筋がよくない。欲しがって聞かないんですよ。うちは金があってもそれだけの家ですからね。本物を欲しがる。まったく、コンプレックスとは恐ろしいものだ」
「…あなたはそんな親の言いなりになるの?」
言葉を飾ることはできなかった。嫌悪がもれた。
男は笑った。
「…家はね。基本的に男尊女卑で、金と年齢がすべてを決める。子供は親の持ち物で、嫁は…まあ、一族の奴隷ですね」
「……は?」
「子供を生むと多少は地位が向上します」
「…いつの時代よ」
「悲しいかな、現代日本です」
男は笑う。
笑って、コーヒーを飲み干し。そっとこちらに手を差し出す。
握手でも求めるようなしぐさだ。
「…その上で、比奈石さん。俺と結婚しませんか?」
「…は?」
「占いの相とやらがよかったのはあなたの家だ。中でも妹さんが一番だったというだけでね。ならば年齢を理由にすれば、あなたでもどうにかなるでしょう。一応そのくらいは正気ですよ、あの両親も」
「…今の話でそんなことを言われても」
「そうですね。一度約束をとりつけてしまえばこちらのもの。あとは子供の方が御しやすいと話を持って行ったところもあるでしょう」
「なおさら悪いじゃない」
「そうですね。
…ああ、条件は大学には出すとのことですが。恐らく守られません。高校卒業と同時に籍は入れられるでしょうね。同居もはじまるかと。子供できる前に逃げる気力が残っているといいのですが」
「あなた………、守る気概は!?」
差し出された手を払い、思わずどなる。
男は笑う。なぜ笑う。…気味が悪い。
「ありません。面倒です。一緒にいる時はともかく」
「…あなたね」
「…だから、あなたですよ。
私に守る甲斐性はありませんが、不幸な女性はみたくない。
あなたは夢があり、今叶えかけている。
察するにそれが一番大事でしょう? 俺は応援したい。
女性の仕事を認める親ではないのでね、嫌みと…嫌がらせもついてきますが。つぶれなそうだ。干される心配は…ないと断言はできませんが難しい。うちは一族の中ではしたっぱですから。芸術方面にはほとんど出費してませんしね」
とうとうと勝手な理屈を並べて、ぞっとするほどキレイに笑う。
「もう一度言いましょう。
あなたがいいのですよ。私が構わずとも、そこそこ強く生きていきそうで。
子供だけは産んでもらうことになりますが……なんなら妻の腹に入っていれば、別の男でも構いませんよ」
「…生まれた子はその時計が止まった一族にとられるんでしょ」
「不幸な女性をみるのも、不幸な子供をみるのもシュミではありません。
子育ての方針は私のできる限り、あなたの方針に沿いましょう」
「あなたの見ている範囲では?」
「ええ、そうですね」
悪びれない笑顔に、ため息が漏れる。
「……不貞働いてもどうでもいいなんて人を馬鹿にしたことをいう男と結婚生活営むなんて、ごめん」
「そうですか。なら、あなたのすぐ下の妹さんにこの話を持っていきましょうか。来年から大学だそうですね。母の勘違いで本当はそちらだったとご両親には説明します。
家の内情は教えませんが」
「そんなの、私が」
「そう、あなたが教える。妹さんは俺の話よりあなたの話を信用するに決まっている。…ご両親も最初はそうでしょう。あなた方の親子関係は全うそうですから」
「…だから、断るわよ」
「ええ、妹さんは二人とも断るでしょうね。
あなたのご両親も断ってくれればいいですね。なにせうちの両親、外面だけは良いもので。あなたの勘違い…あるいは、考えすぎと無理に信じないといいのですが」
「……あなた、どこまで、人を、バカに……っ」
「…一つ勘違いがあるようですが。この2週間、俺は色々と奔放したんですよ。両親があなたの家から手を引くように。しかし、聞く耳がない。………あなたのご両親の会社の取引先は?」
「………それは」
「…飢えと生活苦は人間性をむしばみますよ。あなたのご両親は従業員を大事にもしているようだから責任も感じるんでしょうしね。…第一、こんなになる前に人員を切ればよかったんですよ」
「それは……」
「……あなたの家族関係は、本当にまっとうだ。
ご両親が悩むのを見て、妹さんのどちらかが血迷わなければよいのですが」
「……う……」
「あなたと違い、どちらも子供ですからね。…『そうはいってもそこまでの家があるわけがない』優しいご両親に育まれ。…あなたのような姉に今このように慈しまれているのなら、そう思いかねないんじゃないでしょうか。もっと単純に、自分ならば平気だと思い込んだり、ね。…いやまったく、子供の万能感というのは恐ろしい」
声が途切れる。
私が何も言えなくなったから、声が。途切れる。
いろんなことを考えた。
目の前の男を見た。
笑ってはいなかった。
…つまらなそうな顔にも、気の毒そうな顔にも見える。
なによりも、なにも感じていない顔のように見えた。
「なんでこんな話、したの?」
「私はうちが最低と呼ばれる類なのは自覚があるつもりですので。気の毒でしょう。そんなものにいたいけな子供が送り込まれては」
「…違う。嘘でも『妹思いなあなたが良い』とか…なんでもいいから、まっとうに私がいいようなこと、いえないの? それで…よかったんじゃないの?」
「いざ結婚してしまえばすべて露見することですし。だまし打ちなどそれこそ気の毒だ。
…それに、一生嘘をついて生きるのは俺だって疲れる。子供はまだしも、妻にはうそをつかずにいれるとありがたい。この通り…、…共感というか、感受性に難がありますが。いつもはもっと穏やかに接していますよ。誰にでも」
「……」
いうべき言葉が見つからない。
違う、そういう意味じゃない。
なぜ、脅しつけること前提なのだ、と。
そんな風に言いたいのに。
「……ああ。そうだ。そうですね。すみません。あいにくマトモに人と接するのが苦手で。ましてはや気になる女性の口説き方など知らないもので。
かすかな違和感を信じ、俺のところに直接きたあなたならおかしな風に家に染まることもないように見えたんですよ。初めて会ったときに、俺をかけらも信用していなそうだったことにも含めて。……あとは、そう。歌が。この2週間、色々調べてるときにDVDを入手したときにきれいだと思ったんですよ」
再度、手が差し出される。
握手を求めるようなしぐさで。
共犯を求めるしぐさで。
「あなたの歌が、キレイだと思ったので。今度は舞台を見に行きたいとは、思いましたね」
照れたような顔で追加されたそれが、都合の良いお世辞が、真実かはわからない。
重なった手は、意外にも人の体温を宿していたことしか、わからなかった。
ということで、比奈石さんと利害が一致だけしている婚約者のお話。
「すごく気持ち悪いなこの男…」とドン引きしていますが、現在はそこそこ穏便に交際中です。必要以上の接触一切ないけど。
星錬君はこのSSで一切嘘をついていません。不幸な女性は見たくない、けれど守るのは面倒くさい。勝手に強い女性がいい。歌がきれいだと思ったのも、本音ではあります。残念ながら心がアレなのでちっとも本音に聞こえませんが。
便宜上サイコパスいっていますが峰松星錬は人間的な魅力に欠けているんでサイコパスではない気がしますよ。ただの機械っぽい人です。
比奈石さんは不幸で不屈な妹と夢が大事な人です。
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