KPレスシナリオ、夜は黄泉つ国(上一段様)のテキセをもとにしたリプレイ風小説。
展開をネタバレしているし、一部セリフなどを引用しております。(斜め字体の部分や一部セリフ)
ネクロフィリア気味の闇医者で言ったらとんだメリバだよという感じです。いや、婚約者に死なれなきゃ「ちょっと死体がきれいだと思う」止まりだったと思いますがね、宣利。
気づいたのは、12の夏。
近所の老婆が死んだ日。
俺に少なからずよくしてくれたその人が、心臓の病で急死したとき。
それを発見した俺は、どうしよもなく―――それが美しいと思った。
天寿を全うした姿が尊いとか、そういう感情ならばよかった。
よかったが、すぐに気づいてしまった。
どうやら俺は、死体に興奮するらしい。
ひからびた皮膚が、虚ろな瞳孔が、肉がはぎとられた骨が、どうしよもなく美しく見えた。
……それでも当時、それは性的興奮を伴うものではなかった。
美術品かなにかをめでるように、美しいと思った。
今思えば、今よりマシだが。
当時は心底ショックで、自分が汚らしいと思った。
数年後、折り合いがついた。
美しいと思うが、それを作りたいとは思わない。けれどフィクションではダメだった。事故の現場の写真などが、やはり美しく見えた。
とはいえ、他のものも美しいと思うのだから。そこまで恥じ入ることもない、と。
少しおかしな趣味があるだけ。誰にも迷惑をかけずにいられるはずだ、と。
医者を目指すことにした。
美しいものを身近にみたいし、マメにみていれば間違ってもこれ以上トチ狂うことはないだろう、と。そう思ったから。
俺を好きだという女が現れたのは、そのころだ。
正確に言えば、『宣利は私が好きでしょう』と言ってくる女が現れたのは。
何を馬鹿な。自意識過剰だ。頭沸いてるのか。アホ。
様々な言葉を向けた覚えがある。
それでも笑っている女だった。
笑って、いつまでたってもいなくならなかった。
それも、当たり前の話ではあったのだろう。
だって、そいつの言う通り。俺はあの女が好きだった。
好きだから、怖かった。
近づかれて、自分の趣味に気づかれるのが。怖かった。
逃げれるつもりで、ずっと友達を続けて。
…あいつがほかの男と付き合って、結局手を伸ばしてしまった。
その時、俺は誓ったのだ。
この女と生涯傍にいたい。他の男になどやりたくない。
そのためなら、隠し通せる。
こんなくだらない、汚らしい趣味など、絶対に。…あの女といれば、きっと。隠し通せると。
その女が。
有未子が死んだのは、その三年後。
かけつけたときには既にこと切れ、後にその原因が医療ミスであると気づく。
感じたのは、絶望と、復讐と―――……言葉にしてはいけない感情。
だって、美しい、と。
最愛の女の死体が、俺はどうしても欲しかった。
吐き気がした。
失望した。
それでもあきらめきれないから、いくつかの部位を手に入れた。
なにしろあの女の両親の覚えもめでたい、婚約者だったものだから。
二人きりになる時間も、いくつかならかすめとる技術も、持っていたものだから。
手のひらに収まるサイズになってしまったその女は、嫌になるくらい美しく見えた。
それでも―――……
ともすれば生きていた頃より美しく見えるモノを手に入れても、もう二度とあの女に会えぬ絶望と、復讐心は残った。
一度自分に失望していたから、道を踏み外すのは早かった。
一緒に正しい道を歩きたい相手がいないから、落ちぶれるのは早かった。
有未子を殺した男を殺した。
それでも、ちっとも満たされなかった。
それはきっと絶望と怒りで。ああ、今思い返しても絶望と怒りなのは確かで。それがあの女を悼んでいるのも、確かではあるが―――……
………。
ドロドロとした心の片隅。一番奥の、見えぬ場所。
決して見えぬように閉じ込めた欲望に、本当はあの時から気づいていた。
***
どこからか、甘い匂いがした。
気が付いたら、病院のようなところにいた。
不思議と恐怖はなかった。
否、不安はあるが、夢だろうと思った。
病院のような空間には、写真があった。
美しい花嫁と、花婿の写真が。
花嫁の眼球に違和感を覚えた気がしたが、うまく言葉にはならなかった。
手術室があった。その入り口の略称を、よく知っているはずなのに。うまく思い出せない。
やはりいよいよ、夢だろうと思う。
こんなところに来た覚えはないし、そこまで耄碌した覚えはない。どれだけ落ちぶれようと、医者ではあるつもりだ。
なんとなしに、見つけたメスを手に取った。
落ちぶれても医者であるつもりではあるけれど、夢だと思ってはいるけれど―――得体のしれない空間で身を守るモノを所有しているのが、落ち着かないくらいに落ちぶれてはいたから。
…こんな小さな刃物で身の守りようはないとも、思ったが。
大量の中絶承諾書を見つけた。
八木という名に覚えはない。
覚えはないから、違和感を感じた。
俺の夢ならば、なぜそのようなものが出演するのか。大量の書物も見つけた。
クローン技術に遺伝子と、俺の専門外の知識が、おそろしく緻密にそろえられていた。 怪訝に思っていると、本まで落ちてきた。
「午後8時45分ジュネーブ発パリ行きの電車、と言う場合、たとえ列車や乗客が異なっていても、条件を満たしていさえすれば等価であると考えるものだ。」
落ちてきた、赤線が引いてあった。
確かに価値は同じだが、それがクローン技術と同じ場所につめこまれていることに、いいようのない気持ち悪さがこみあげる。
「……なんのことだよ」
なんのことだかわからないし、どうにも起きる気配がない。
おそらくこれは夢ではないのだろう。
こんなところに迷い込む理由も、拉致される理由も浮かばないが。それをいうなら、どこでなにをされても文句を言えぬ家業を営んでいるのも確かだ。知らぬ間に恨みを買ったというのは、多いにあり得る。
だから、その病院の捜索を続けた。
そして。見つけた。
「新たな生命の誕生を祝おう。私と妻と、愛し子たちと。死ぬよりも殺されるよりも多く、新たな仔の誕生を祝おう。無為に摘み取られた命に、やりなおしの機会を。いあーる むなーる うが なぐる となろろ よらならーくしらーりー!いむろくなるのいくろむ!のいくろむ らじゃにー! いえ いえ しゅぶ・にぐらす!となるろ よらなるか!山羊よ!森の山羊よ!」
脳が警鐘を鳴らす。
歪つな生き物と会った日のことを思い出した。
呪文。世の理を曲げる呪文。形は違えど、俺はその実在を見せつけられた。
理解したくもないのに、理解する。なにかを呼び出す方法を、なにかを従える方法を。暴力的に。
……。
もう、十分だろう。
一体どうしてここいいるのかはわからないが、俺が巻き込まれているのはおそらく頭がおかしい誰かがしでかした「なにか」だ。
ならば、早々に逃げるに限る。
あるいは、早く黒幕とやらのツラを拝むに限る。
…ともかく、帰らなければ。
まだ生きて、やりたいことがあるのだから。だから……
どこからか、人の声がした。
そちらに近づくと、地下に続く階段を見つけた。
誘われるように、そちらに向かう。甘い匂いを再び感じた。
たどり着いた扉を、開けた。
声が止まり、甘い匂いが満ちる。
それまでの薄暗さが嘘のように、真っ白な部屋だった。
白衣の男がいた。
「君 ”も” 会いに来たんですね」
白衣の男は、俺を客だと言った。
俺が、有美子の客だと。
…あの日俺が失った女の客だと、馬鹿なことを言った。
足音が近づいてくる。
こつこつ、とやけに落ち着いた、嫌に美しいリズムと。……なぜだがひどく懐かしい足音が。
気が付けば伏せていた顔を上げる。
目があった。
釣り気味でも、垂れ気味でもない目尻。特に目立ったところのないかんばせ。
そう、特別に美しい場所などないけれど、欠点といえるほどの欠点はなく。
くるくるとよく動く、子供のように血色の良い唇が、俺を呼ぶ。
「……久しぶり」
全身の血が凍える。
感じているのは、おそれなのか。喜びなのか。よくわからない。
ただ、ゆさぶられる。
ゆみこ、とこぼれた名前に、愛した女と同じ顔が微笑む。困ったように。困った時のクセで、目線を少しだけ上にやる。
「…どういうことだ」
白衣の男に問いかけた。
男はこともなにげに答えた。
『堕胎手術で掻把した子供の肉体に、死んだ人間の魂を植えて妻が産み直した』と。
何かを言おうとして、やめた。
どうやったのかは知りたくねえが、トチ狂ってるな、とだけつぶやいた。
そう、トチ狂っている。
この目の前にあるものを、そのように生み出されたものと説明され納得し、恐怖する自分も、きっとトチ狂っているのだ。
彼女の目が見れずに、目をそらした。
目のあった、いやに美しい女について問いかけた。
男の妻だというそれは、まるで牛か羊―――山羊のような瞳をしているように見える。
生理的なおぞけが強くなる。
ここは生きているモノがいるべき場所ではない。
「…俺はどうしてここにいる。なんで、どうして…どうやったら、元の場所に戻る?」
男は不思議そうな顔をした。
もう十分だと思ったら、教えろと言ってきた。
十分。
それは、満足しているということだろう。
そんな感覚、有未子を亡くしてから味わってはいない。
目が、すいよせられる。
困ったような―――すねたような顔をして、そこにいる女に。
記憶の中のそのままの、そう、かまわれなくてすねている顔でそこにいて。名前を呼ぶと、安心したように笑った。
「なぁに? 宣利」
それはあまりに記憶のままの顔で。
胎児のよせ合わせが笑っている。
あまりに記憶のままの声で。
ありえぬ生き物が俺を呼ぶ。
違う、何年たったと思っている。
記憶など薄れている。声などなおさら。
なのに、どうして、こんなにも――――…
…嬉しいんだ。
「有未子」
「うん」
一歩、足が動く。
近づけば、わずかに肩が上下している。
「…生きてるなぁ」
「そりゃあ、生きてるよ。生きてなきゃしゃべれない」
「……お前は死んだだろう」
「うん、まあ、痛かったような、曖昧なような。…正直、今の状況もよくわかんない、というか。……ここであなたを待っている間、これは死に際の夢だと思ってたけど。……宣利、ふけたねえ…」
「…誰のせいだと思っていやがる」
一歩、足を止めることができない。
「私のせいなの?」
「……お前がいないからだよ」
一歩、一歩。近づいて。
あとは手を伸ばせば、すぐに触れられる女はきょとんと目を瞠る。
「………やっぱりこれは、死に際の夢ねぇ。
宣利がこんな素直なわけないもの。…ふふ、夢ならもっと優しいのがいいなあ」
驚いたような顔をして、すぐに笑って。さみし気に目を伏せる。
ああ。そうだ。
「…そりゃあ、世の中たくさんあるけどさ。かわいそうだよ、堕胎手術の子。…私、そんな悪趣味な考え方したことないのに。なんだろうねえ、この発想…」
先ほどの話が本当なら、有未子はそう言う。
死んだ後に、他のものにされるなんてかわいそうだ、と。
親の勝手で殺された挙句、他の人間の都合で寄せ集めにされるなんて、かわいそうだ、と。
自我の証明が怪しい胎児の魂とやらを信じて、そう嘆くんだ。
「もっと気楽に、そう。いっそおじいちゃんになった宣利に爆笑とかしたかったなぁ」
…ならばこれは、やはり俺が作り上げた幻影か?
今語るその内容だって、かつて、こいつは遺書で残していたから。
俺の見ている夢なのだろうか。
「宣利が孫とかに囲まれてさ。私は浮気者ってなじってやるの。
ううん。宣利が幸せなら、いいけどさ…先に死んだ私の不徳ってことにするけど。それでもやっぱりさみしいから、そう言って―――……宣利?」
夢かもしれない女は笑う。
困ったように、…あやすように笑う。
それでも、手は伸ばしてこない。
「…子供じゃないんだから、泣かないでよ」
ここで手を伸ばしてこないのなら、やはり夢ではないのかもしれない。
俺の夢なら、都合のいい夢なら。記憶の中で作り出した存在ならば。この女は、こういう時に手を伸ばす。
それでもやっぱり、夢かもしれない。
俺の伸ばした手が、その女に触れる。
生まれることもできなかったはずの肉の塊は、あたたかい。
まるでこの女が生きていた頃のように、温かい。
腕の中で聞こえる「あたたかい」というつぶやきに、もらす息に体温がある。
夢かもしれない。夢でなければおかしい。それでも……こんな幻、俺は作れない。
こいつを亡くしてからずっと、ずっと。こんな夢を。…こんなに確かに、こいつを思い出せたことはない。
手元残した骨ばかり見つめている。えぐり取った瞳ばかり見つめている。骨はともかく瞳の方は、それでもやっぱり色あせた。
それを美しいと思うからか、あまり夢に姿は出てこない。
けれど、起きている時。日常の、本当にどうしよもない些細な時に。この女の影が入り込む。
江橋 有未子が好きだったモノを見れば思い出す。嫌いだったものを見ても思い出す。一緒に歩いた場所を歩いた日には、今でもどうにも落ち着かない。
死体を美しいと思っていた。こいつが生きている時から。
それでも、生きているこいつを愛してた。
「…ゆみこ」
抱きしめると、肩にこの女の頭が乗る。
頬に感じる体温が、好きだった。
「ゆみこ」
お前が笑っていれば、生きていれば、俺は。
満たされていたんだよ、本当に。
「…ゆみこ、ゆみこ。……有未子」
ならば、今目の前にいるこれはなんだろう。
触れればぬくく、反応は記憶の中の本人そのもの。記憶よりも鮮やかな、この―――…あり得ぬモノが生み出したいう、これは。
触れていれば満たされる。
けれど、ダメだと思う。
「…宣利。こんなに私のこと、好きだったんだねぇ…」
くすぐったそうに笑うこの女は、悲しげに見えるから、
「……俺も、お前が死ぬまで気づかなかったからなぁ……」
「…そっか。宣利は暗いし鈍いからねぇ…」
「……今もよく言われるよ、特に暗いは」
「妹さんに?」
「……いや、違うんだ」
「そっか。浮気?」
「お前が死んでからも女と付き合ったが、暗いと言ってくるガキとはなにもしてねぇよ…」
なにもかもがかつての通りのやりとりに、くすくすと有美子は笑う。
本当に、なにもかもがかつての延長だ。女と付き合ったと俺が嘘をつくところまで、そのまま。風俗が数回。それ以外は………、こいつといえば、こいつだ。
ああ、本当に。かつての俺は今よりはマトモだった。
死体を美しいと思ったが、それだけだった。人を殺さなかった。ついでに、もっぱらヤクザの腹も縫っていない。
「…有未子」
「うん」
「ごめんな」
「…私に謝るようなこと、したの?」
「そうだな。…それと、好きだよ」
「…あんたがそういうことを素直にいうの、本当に…、…本当に、私、死んだんだね」
「愛してる」
「……ああ。やっぱり、夢な気がするよ」
肩口の顔がむずしがるように動く。
くすぐったいから、少し不愉快で。それ以上に、しあわせだった。
「苦しくて、ふっと楽になって…だから見た、夢」
「…そうか、これはお前の夢か」
「うん」
「……そうか」
これがお前の夢なら俺はおそらく人を殺していないし、殺していても良心の呵責とやらを感じただろうし、ついでに二回も爆発に巻き込まれていない気がする。
お前の願った通り、まっとうな医者として。誰かを愛しているのだろう。お前に後ろめたく思いながら、家庭でも持っているのかもしれない。
だからこれは、俺の悪夢か。俺の狂気だ。…いや、あの白衣の男の狂気、か。
「……お前は、どうしたい?」
それでも、今ここにいるこいつが何か夢を紡ぐなら、叶えてもいいと思った。
俺はかつて、本当に。いや、今も。できることなら。この女を幸せにしたかった。
けれど、有未子は何も言わない。黙り込む。
身を離して顔を見れば、困ったような顔をしていた。
代わりのように、白衣の男が答えた。
決めるのは俺だと、そのようなことを。
有未子を見た。
俺にはそうとしか思えないものを見た。
こいつの遺した遺書を思い出した。「真面目に医者をしてる宣利が好きだよ」何度も言われた言葉も思い出した。つい先ほど聞いた、かわいそうだという言葉も。
「……つれて、帰らない」
お前は、…少なくとも生前のお前は、それを望まない。
有未子はなにも言わず、ただ少しだけ笑った。
……ああ。でも。俺がつれていかなかったら、こいつはどうなるんだ?
問いかけるよりも早く、女の声が響いた。
私がいただいてもよいか、と。
「ふざけるな」
言いながら、口の端が吊り上がる。
ああ。本当に。……本当に、本当に。ごめんな。
お前を連れて行かない男で。
「一緒に帰るのもだめ、私がいただくのもだめ、となったら困ってしまうわね。……そうね、それじゃああなたがこの子を殺してあげるというのはどうかしら」
こんな提案に、笑ってしまうような男で。
ああ。気づきたくなかった声がする。知らないふりをした声がする。
思い出すのはこの女が死んだ病室にかけこんだ時のこと。
もう会えないことに絶望した。
動かない姿が美しいと思うことにも、絶望した。
ああ。そして。なによりも。
そうだ、なによりも。
―――ずっと我慢していたのに、と。
ドロドロとした心の片隅。一番奥の、見えぬ場所。
決して見えぬように閉じ込めた欲望の、最後の一片。
この女を幸せにしたかった。
全部、全部。欲しかったから。
最後の苦痛も、呼吸も。俺が欲しくて仕方なかったから。
「………はは」
有未子を殺した男を殺した。
それでも、ちっとも満たされなかった。少し気が晴れて、それだけだ。
それはきっと絶望と怒りで。ああ、今思い返しても絶望と怒りなのは確かで。それがあの女を悼んでいるのも、確かではあるが―――……
許せなかった理由に、きっとこの欲望も入ってる。
手のひらには、拾い上げたメスがある。
山羊のような女の目線に触れさせているのが癪で、もう一度抱き寄せる。腕の中にすっぽりと納まってしまう、小さな体を見つめる。
抱き寄せて、首筋にメスをあてる。
そしてそのまま、血管を割いた。
腕の中で、ゆっくりと体温が失せている。
苦しそうに、助けを求めるようにわななくのを見つめている。
正気が揺るがされるとしか表現できない心地になった。
けれど俺は、俺のままだった。
苦しそうなのがつらくて、今度は目の前で失われていくことに高揚する。
そんな自分に絶望する、自分のままだった。
かがみこんで、唇を寄せる。
この体は死肉の寄せ集めだとしても、形は愛した女だから。
末期の呼吸を飲み込むように口づけて、そこでうっすらと意識が遠のく。
山羊のような女の言葉が耳には入ったが、どうでもいいことだった。
***
目が覚めた。
そこは薄暗い病院でも、明るい地下室でもない。俺の診療所の寝室だ。
そう、病院。…ひどい夢を見た。
……今更、ひどい夢をみた。
………ひどい夢を、抱いた。
体を起こすと、不意に手のひらが痛む。
薄いガラス片のようなものが、突き刺さっていた。
血に汚れたガラス片は、じわじわとあの女と見た空に似た色へ染まる。
きっと窓から差し込む空を映しこんで、青く、青く。有未子が好きだった、青い空の色に。
「……ああ。キレイだな」
ああ、アレが本当に有美子であったかなど、もう。わからないし、どうでもいい。
リアルな夢でも構わない。
現実だったのなら、もっと構わない。
「…愛していたよ」
ベッドから降りて、私室の金庫を開ける。
かつて葬儀のどさくさで盗み出した骨を見る。
この色も、あの青も、俺には同様に美しく見える。
最後にこの手を染めた赤も、夢であろうと美しく見えた。
本当に……かつての俺はまだマトモだし、マトモで、…今より不幸せだな。
「………愛しているよ」
お前を、お前だけを。永遠に。
病める今も健やかなる過去も、死に分かたれようとも。
瞼の裏に残る、あの笑い声とぬくもりを。
この手の中に残る、この美しい骨を。
あの夢で得た、最後の姿を。
ああ、あれ以上欲しいものなどあるものか。
狂気の産物だとしても、なにを厭う。
―――今更正気に戻ったところで、欲しいものは死者の国。
俺は、あの日亡くしたものを取り戻した。
それで―――構わない。
「…ああ。でも…」
俺だけではなく、お前と幸せに。なりたかったんだがな。
頬を得体のしれない涙が伝う。
ぬぐってほしい手はもう骨となっているのに、吐き気がするほどに幸せだった。
気づけば一人でメリバってた。いや。最後の殺すときのSANチェク失敗したらこんなSS書かなかったんだけど。ほかのSANチェック順当に失敗してるのに、じーわじーわ削れてるのに。あそこだけ成功したんだよ。
これは殺したかったんだろうな。こいつの指向的に。って思って。なんか、メリバった。
探索すっごいポンコツだったんですけどね…!医者のクセに知識失敗して略字がわからなかったというのに。図書館も目星もほぼ全滅したというのに。SANがあんまり減らなかった。確かに60近かったんだけどね! お前そこで成功するかあ…って思った。
なんというか、探索者のうちにある死者をじわじわと振り返れる楽しいシナリオでしたね…これは確かにKP側が死んだら回しても楽しいね。なにをもって本人と判断し、何を以て幸福とするのかこじあけられるね!
うちの探索者の場合は「あの女はおそらく化け物だ」「これは人間ではない」「人間ではないが、正直会えてうれしい」「けれどあの女は、俺に医者な俺が好きだといったからな…」ということでこうなりました。そこで終わっておけば真人間なのにね。宣利。
折ヶ原宣利は元々自覚のある変態ではあるのですが、元々は「美術品として美しいと思う」程度で死体の剥製作り始めたのは彼女を亡くしたショックがトリガーです。
本当訳もなく変態なんですが、ものすっごくまっとうに愛する人を愛していたのがなんというかこう、不憫な人。その最後を見たかった。一緒に人生をまっとうしたかった。最後まで一緒にいたかった。
それを脇から奪われたせいで色々と独占欲こじらせ、けど真面目だから「ああこれは怒りだな殺意だわさあ殺そう」とさくっと殺し。
あんな感じの設定ではあったし、なんかで業をみたらSSでこっちルート行こうとは思っていたけれど。その、本願を達成するとは…「他のものに奪われてしまうくらいなら、俺が殺してみたかった」うん…なんか…幸せになったよ…
いや本当、この人彼女と結婚して安らかに生活してたらちょっと猟奇趣味なだけの愛妻家で、むしろ自分の趣味を隠すためにくっそ真面目な、いいお医者さんだっただろうなあ……(年齢設定微妙なのであれですが、外科志望の研修医、あるいは新人でした)
2018/12/26
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