あの無力さを、覚えてる。
悲しかったのとは、少し違う。
ただ、憤りで涙が出た。
あんな状況で、あんな絶望の中で。
大事なものを見失わなかった。あの子。
あの子にしてあげられることが、精々一緒に死ぬしか浮かばない自分を。
あの日、強く恥じた。
……それは、仲村さんが持ってきた事件にかかわるより、随分前のことだ。
***
瞼を開け、自宅の天井を見る。
幻が見える。
医師に幻だと判断された、花が。
天井に、床に、色とりどりに。
それはあの日見た花。
そして、あの日見たのとは違う花。
花という花が、咲き乱れる。
…あまり、現実に即した形はしていない。
いうならば冒涜的で、子供が書いた絵の様だった。
子供。そう。子供。
目の前で、何人子供が死んでいっただろうか。
……別に。
救いたいと思ったのかと聞かれると―――少し、違う。
なぜと憤ったというのも、しっくりこない。
悔しかった、というのが近いのか。
多くの事件にかかわった。
その多くは、人が糸を引いていた。
悪意を持って紡がれた事件も、悪意の欠片もない事件も。どちらも。人が紡いでいたのだ、私のかかわったものは、大抵。
ならばなぜ自分には止められないと……ああ。
「…それはやっぱり救いたいということなのか……?」
どうだろう。
そりゃあ、助けられるものなら、助けたいけれど。
それは大抵、代償を伴う。
私は、自分を損ねてまで人をたすけたいなんて思わない。
…思えない。
「……ああ、だから」
自分を顧みずに破滅に向かう者達に腹が立つのだろうか。
そんな眩い決意、自分には持てぬと。
嫉妬、というのは。うん。後悔よりは、近いかな。
幼い頃から、何事もそこそこにこなせた。
へらへらと笑っていれば、対人関係も『それなり』だった。
…私には、それなり、しかなかった。
そのことに不満を覚えることも、なかった。
ただ、それなりに。
それなりにこなしていると、いつしか次第に期待を寄せられる場面が増えてきた。
それがとても―――面倒だった。
面倒だから、へらりへらりと笑ってかわした。
当然、信用が落ちて行った。
それでも、良かった。
身軽に、行きたいところに。行きたいように、好きなだけ。追いたいことだけ、追っている。
そんな人生はともかく身軽で、気楽で…それで、良かったのに。
「……」
私にしか見えない、幻の花を一輪潰す。
花は別に好きじゃない。
美しいとも…さして思わないできたのに。
ぐしゃりぐしゃりと潰す幻が、今。なんと美しいことか。
数々の「綺麗なもの」を綺麗だと思ってしまった私は、もう。
元には戻れないのに。
自らを投げうつ献身など、今も分からないし。分かりたくもないから。
目を閉じても、幻だと思っていても。色々な光景が、瞼の裏に浮かんだ。
クローズドの性質なのかそういう星周りなのか健気な子供に異常なまでに遭遇しがちなアリカさん。
そのたびに彼女が感じるのは苛立ち。
何もできないことへのいらだちと、そうはいっても別に投げうつ気なんてない自分へのいらだちと。
いともたやすく自分を投げうつ愛とか、幼さとかに。たまにすごくイラっとしているという話。
神話現象に関わらなきゃ「怒り」という感情を持ったかすら怪しい人。
なにごとも深入りせずに、へらへらしているから。
めちゃくちゃ軽く首つっこむけど、本来すごい引き際がいいから。
でも基本的に次回にひきずらないい重ねないから探索者に向いてる人。
あの時、本当は少しだけ迷った。
『魂は鏡の檻の中に』。
おかしな文章だ。でもこんなおかしな空間では、きっとそれが本当だ。
『魂を一つ捧げよ』
おかしな文章だ。そんなもの、ささげられるはずがない。
でも、あの空間ではそれが本当だと。私は、ちゃんとわかっていて。
それでもあの人形を、あの男を。
生贄の台座に置くことを、止めようとは思えなかった。
最初のお見舞いで持っていったウサギのぬいぐるみを、彼女は今日も大事に持っていてくれていた。
そのことにほっとして、嬉しくて。どこかで後ろめたい。
「優里香ちゃんはウサギが好き?」
「うん、だって。もふもふでしょ?」
言ってぬいぐるみに顔をうずめる様はあいらしい。
目と目を合わせて、こちらをしっかりと見る姿は利発そうで。…同時に元気そうで、良かった。
「じゃあ、そのうち付き合ってもらってもいいかしら。ウサギとか色々もふもふの小さいのに触れあえる公園があるんだけど。私一人じゃ恥ずかしいの」
「うん! いいよ」
…本当は私、小動物はそこまで好きじゃないのよね。嫌いじゃないけど。虫とかトカゲが好きなのよ私。1日中猫と話していられるウチの上司とは違う。
でもこの子はこういうのが好きみたいだから、と。誘ってみたらこれだもの。
…何を話しても、興味深そうにする。
それはたぶん、良い子だから、だけじゃないと。私は知ってしまった。
あの後、色んな記事を調べた。―――主に上品とは言えないものを中心に。
ネットに流れる噂も調べた。―――好き勝手な記事ばかりで、気分が悪い。見る度に削除申請を出したけど。…どの程度のものか。飽きられるのも早いだろうけど、このご時世。一度ネットに流れた情報は、なかなか消えない。ましてやこんな美少女じゃあ、ね。
だから本当に気分が悪くて―――でも。なぜそんなものを調べるのかと聞かれたら、答えはとてもシンプルだ。
私達が見捨てた、死んでもいいとのだと勝手に判断したあの男が。ああなって当然だと思いたいだけ。
「おねえさん?」
はっとして声のした方を見れば、困った顔の優里香ちゃん。
…聡い子ね。人の顔色に。
……でもそうね。これからはもう少し、鈍く。…子供らしく、生きていけたらいいわね。
「うん、お姉さん。そう私まだおねえさんよね!? なのにうちの近所の子供ったら、おばさんおばさんうるさいのよー?」
ごまかすように、適当な話題を語る。
外の話題に嬉し気な顔を見せる彼女の頭を、そっと一度だけ撫ぜた。
家に帰って一人になると、思いだす。
あの人形の割れた音を思いだす。
今も植物状態だというあの男。彼女の、父親。
勝手な噂はさえずる。あれは当然の末路だと。何も知りもしない誰かが言う。あれは天罰だと。
「…天罰なんかじゃ、ない」
あれはただ、私怨の結果。
いいえ、私怨ですらない。あの男を見捨てたのはあの子のためじゃない。
無事に帰りたかった、私のため。
「天罰なんかじゃない…」
あの日、私達は、私は。人の命を天秤に乗せた。
自分の命と、あの男の命を。天秤に。
結果など考えるまでもなく、自分の方に傾いた。もう怖いのも、危ないのも嫌だった。
刃物をつきつけてもとまらなかった。縛っても暴れていた。
そんなあの男をそのまま返して―――またあの子が危うい目にあうのではと、想像することも、嫌だった。
「…それでも」
それでも、人ひとりの命を、自分の考えで左右したこと。
そのことは、確かに目に見える世界を変えた。
だから、思う。考えてしまう。
あの日の選択は。いつか形を変えて、私を突き刺しにくるのではないかと。
脳裏に映る、天秤の幻。
今は私の命の方へ傾いた皿。
今はからっぽになった、もう一方の皿。
その皿にもっと重いものがおかれて、自分が吹き飛ぶ幻を。
私はあの日から、たまに見つめている。
実は最後の生贄迷ったんですよね。プレイヤー的には生贄一択ですが。もうむしろ最初のもみ合いのシーンで亡きものにした方が安全かなでも一応やめておこう。殺すのはいつでもできるし。優里香ちゃんがほんの少しくらい好いていたらあれだし…と思ってたくらいなんですが。キャラとしては父親を見捨てるのはどうなんだろうかと。
しかしキャラとしてもわが身かわいさで見捨てる気がしたので、そのままでいました。そこまで高潔なキャラだったらウサギのぬいぐるみの段階で止めるよね!みたいな。
でもなにげにへこむ選択だったとは思うので、文に残しておきます。この辺ロープレで表現できるようになりたいものです。
あと優里香ちゃんが書きたかったんですよ。おりこうさんでかわいいけどもっとわがままになって欲しいような気がするね境遇的に!でも可愛い!って気持ちです。
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