最初は。
 ただ追っているだけで満足していた気もする。
 写真に収めるとより満足した。
 けれどすぐにばれて。
 ばれたけれどまあ、色々あって。色々やった。
 けれどどこかで分かっていた。
「私、今度結婚する」
 いつかこういう時が来るだろうとは、最初から分かっていた。

レンズ越しの恋

「私、今度結婚する」
 静かに言うのは、こちらを見るのも嫌そうにしている、僕の好きな人。
 組長の娘の結婚だ。いくら僕が末端でも耳に入る。それでもわざわざ報告するなんて、なんて律儀な人だろう。
 素直にそう告げてみれば、大きく舌打ちされた。
 トキメク反応だなあ、とは口に出さないでおいた。
「そうですか………」
 代わりに、笑顔で呟いてみる。
 間を持たせる間の相槌。けれど、本当は。そんなことをするまでもなく、答えは決めていた。
 きっと、目の前の愛しい人に出会った、10年くらい前から。
「どうか、幸せに」
 最初から分かっていたから、決めていた。この恋が成就するなんて。ちっとも思っていなかった。
「……は?」
 けれど、目の前の彼女にとっては意外な反応だったらしい。さもあらん。今まで僕が彼女にしてきたことを思えば、当然だ。
 …当然だけど。僕にとってはこう答えるのが『当然』だ。笑顔を作って、首を傾げる。彼女の怒り顔見たさに身に着けたポーズ。
「え、は。ではなく。あなたが結婚するなら諦めなきゃならないでしょう? 最後くらい幸せを祈りますよ。僕だって」
「………お前。なにを。いきなり。一般的なことを!?」
「え、諦めなくてもいいんですか!?」
「死ね!」
「ありがとうございます!」
 あまりに意外そうにするから、思わず聞いてみただけだけど。
 案の定というかいつも通りの言葉に、僕は笑う。ポーズじゃなくて、本当に笑う。
「……気色悪い」
「はあ。自覚はあります」
 自覚があって、全部分かって。
 だけどつけまわしてしまったし。だから形に残したかった。
 いっそ彼女が人のものになる前に死んでしまうのも一興だったけど、さて。こうなったらどうしようかな。
「死ねばいいのに」
「僕は死にたくはありません。あなたのために死ぬのならやぶさかではありませんか」
「…諦めるんじゃないのか?」
「ええ。諦める努力をしましょう」
「…くだらねぇことでしょっ引かれたら首を落とすぞ」
「物理的ですよねそれ。明らかに物理的ですね」
 言うまでもねぇだろ、と低く脅すこの女性が、僕は今この瞬間も好きだ。
 ガラス越しに眺めて、写真の中に閉じ込めて、盗み取った音を聞いて。それだけで満足できるくらい。命をかけれるくらい。
 そして同時に、最初から知っている。
 レンズ越しに眺めて、写真の中に閉じ込めて、盗み取った音を聞いて。そうすることにこそ満足している。―――そうであるなら、たぶん彼女でなくとも良い。…誰でもいいとまでは、言わないけど。
 うん、そう。本当。僕はいつかそのうち次を見つけるんだろうけど、誰でもいいわけではなかったから。
「どうぞ、お幸せに。―――僕のお姫様?」
 冗談めかしたセリフに、鋭い拳が飛んで来た。
 よけ損ねたそれは綺麗に意識をかりとった。

 ―――あれから、どうやら丸一日寝ていたらしい。
 旧友からかかってきた電話を受け取った、携帯端末。
 その液晶に表示された日付が、そう教えてくれる。
 ……今更。カタギとスキー旅行はいかがなものか。
 思ったりもするけど、まあいいか。
 職業は色々しているでごまかそう。それでいけるだろう。これまでいけてきたし。それで。
 ―――だって、ねえ。
 あの人のためにできることなど、諦めることくらいだろうから。
 そのために必要なのは、新しい恋じゃないかな。やっぱり。

 ストーカー行為が趣味で相手はさほどこだわっていない。けれど10年くらい好きだったのも本当。そんな、それがどうしたというストーカー。
 自分がこんなんだから恋とか愛とかに生きる人が好き。
 だから彼は勝手に某槍様のことも好きだった模様。いやあれ恋とか愛ではないでしょうけど。家族愛っぽいような慈愛っぽいようなあれですよね。たぶん。
 なお彼につけまわされた可愛そうな姐さんはいつか機会があればぜひ探索者として作りたい。けどストーカーに悩まされてたのは裏設定になるだろうな使いづらいから。
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