キスしてみたらアッパーを受けた。
 一瞬の硬直を挟んだと思えないほどに、ほどよく腰の入った、いい感じの拳だった。
 いやまったく。立派になって。
 いろいろ立派になってうれしいことだ。たぶん。
「………あ、あの」
 だから今涙ぐんでいるのは、別に心理的なあれこれじゃなく。
 わりとマジ痛いから黙っていただけなのに、かけられる声はものすごく申し訳なさそうだ。
 …いや。だけなのに、じゃないし。
 そう、人を殴ったらそのくらいの態度であるべきなのか。
 紅也とか明乃さんとか見てると、忘れそうになるが。それが人のあるべき姿だよな。普通。
「私は!」
 ましてや愛の告白なんかしてみたりして。
 一生傍にいるなんて約束したりして。
 それをオーケーしてくれた相手にキスしてみたら殴られる。
 そんなおれはもう少し落ち込んでもいいのかもしれない。
「…別に、嫌ではないんです」
 いいんだろうけどなあ。こう、今にも泣きそうな顔でそういうこと言われるとなあ。
 謝罪とか賠償とかとして色々するのはこう、人の道に反している気がする。
「あの、その。私、その。あなたが、好き、だから。
 い、嫌なことなんて、ないんですよ?」
 …おれ、人の道、反したけどさ。とっくに。
 それでもできるだけ戻れたらいいなと、おもったりするんだから。
「…そんな顔すんなって」
 だから、素直な気持ちを告げてみた。
 …べそべそ泣いたガキに欲情する趣味まではもってなかったはずなんだがなあ。
 ガキにみえねぇしなあ。
 …仕方ない、んだろうな。
「…そんな顔ってどんな顔ですかぁ」
「かわいい顔」
 んな、とうめかれた。
 みるみるうちに真っ赤になるその顔は、なんていうか。初心とかそういうのとは少し違うことを知っている。
「い、いきなり何を言うのあなたは!」
「なにをいうって。ほめてるだけだろ。かわいいかわいいセレナかわいい」
「その言い方はからかってる時です! その言い方は馬鹿にしてる時です!」
 笑ってあしらい、広がる思いは少し苦い。
 ―――敬われ、まつられる立場だったのだという。
 だから、こいつの選択肢はとても狭かった。
 狭い、狭い。箱庭が壊れて。たまたま命を救ったのがおれだった。
「馬鹿にされんの嫌なら、もっかい真剣に言おうか?」
「それは―――――…それは、そんなの、望むところだ!?」
 謎の決意を秘めた少女が、無駄に元気いっぱいに言う。
 ―――尊い立場であり、誰かに肌を許すくらいならば。その前に死ねと。
 そういう風に、言われて育った巫女姫だったのだという。
 けれどそんな立場は嫌だと。
 たった一人で死ぬのは怖いと。
 故郷を失った子供は、かつてそんな風に泣きわめいて。
 泣きわめいて、それでも立って。その姿を守りたくて。…守りたかったのになあ。ホント。
「…望むの?」
「…望んでますもん。照れるし困るしあたふたするけど、望んでるんですもん…」
 ぷるぷる震える肩は細く、かつては気安く触れられた。
 夜毎うなされて泣き叫ぶ背中をさすって、大丈夫だと繰り返して。
 落ち着くまで抱いていられた。
「…と、かわいいな」
 今は無理だろうなぁ。泣かなくなったから、必要もないし。
 必要がなくなったせいで、こうなったわけだし。
「セレナ」
 名を呼んで、顎に手をかける。
 こちらをじっと見上げてくる瞳に、明らかに緊張とか不安とか、楽しくはなさそうな色が宿る。
 それは、こいつのこれまでがさせているのか。
 おれの中の後ろめたさが見せる幻か。
 …どちらにしろ、抱えたままではだめだろう。色々と。
 一生傍にいたいのだから。
 一生、笑ったこいつのそばにいたいのだから。…なあ。
「望むところいうなら、こういう時に黙ってても目ぇ閉じるようになってほしいかな。まずは」
「こういう時?」
 いや不思議そうな顔をしないでくれ。
 二人っきりで密着して顎とられてその後なにをされるつもりだったんだ。
 喉をなでられるつもりか。お前は猫なのか。
 一瞬にしてかけめぐるセリフを声にする前に、あっ、と声が上がる。
 間の抜けた声とともに、ようやく赤みの引いていた頬が逆戻りする。
「閉じました!」
 いや。そんな注射を我慢する子供のようなノリで閉じられましても。萎える。
 …………と、いいようなもんなのにな。
 震える睫毛に視線を落として、こっそりとため息。
 このまま無理やりいろいろ進めて、傷つけられても笑うのだろうか。こいつは。
 笑うかもしれない、こいつは。
 何もかもなくしても必死に笑った女だから、黙って笑うのだろう、きっと。
「……ライド?」
 こちらが少し黙っただけで、それはもう不安げにこちらを見る女は、きっと。
 それでも笑ってくれるのだろうから。
 だからまあ、あれだ。
 ならばおれも頑張りというやつを見せるべきだろう。
 抗うべき、なのだろう。
「…愛してるよ」
 抗って守るべきなのだろう。
 自分の欲というものから、なによりも。
 とろけたように笑う顔に、そう思う。
 思って、頬にだけキスしてみた。
 つま先を踏まれた。
 ――――まだまだ先は長くても。
 まあ、顎殴られるよりは、前進だった。




べた甘かつボコ題。ボコボコになりつつも彼は幸せでしょう。彼女が笑ってくれるなら。
あと将来的に色々と素直に聞いてもらえるし。それはもう色々とだまくらかされてくれるし。