笑っている顔をずっと見ていたいと思ってた。
だから愛しくて恋しくて傍に置いておきたくて。
好きだよと言ってみた―――けど。
笑っている顔がずっと苛立たしいと思っていた。羨ましくて眩しくて妬ましかったから、そう思った。
だから付き離して貶めて消えてしまえと願ってみた。
そうして、望み通りに『俺を否定する彼女』を手に入れても。
憎いから疎ましいから傍に置いておきたくて。
――――どうしたかったのか、分からなくなった。
徹底的に
「君には傍にいてほしい―――だけだったのにな」
「……」
ぽつりとつぶやく少年に、少女は答えない。
「傍にいてほしかったんだよねえ―――でも、人って、一か所に留まらないじゃない。目を離すとどっかにいくし、離さなくともいつのまにか消えるし、傍にいようとしても思うだけ無駄だし…。傍になんて、誰もいてくれないじゃない」
恨みごとのような言葉を紡ぐ声は、感情が伺えない。
淡々と、まるでレコーダーに記録されているかのような、規則的に響く。
床を見つめる少女は答えない。
「君は好きだからいてくれるって言ったけど、好きだからそれがなに? っていうか。
だってそれだけで傍にいれたら苦労なんてしなかったし…事実俺は君が好きなのに、傍にいれなかった」
どうしよもない過去を思い返す言葉に、それに見合う悲哀はない。
淡々と、淡々と。機械のように。抑揚のない声は続く。
床に横たわり、少年を見ないまま、少女は答えない。
「好きだっていったって、人は平気で人を捨てるじゃない。迎えに来たって言って、人は平気で捨てるじゃない。手を繋いで仲良しこよしじゃ、誰も残らなかったじゃない」
少年は続けながら、細かな裂傷の走る手を天井にかざし、ぼんやりと眺める。
その爪をわずかな血で黒く染めた少女は、答えない。
「ならさ。嘘と同じじゃない。どうせいつか消えるなら、そんなもの」
くす。くす。抑揚のない声に僅かに笑みを混ぜて、少年は言う。くす。くす。くす。その笑声すら、作り物めいている。
歯型の残る耳でその声を捉えながら、少女は答えない。
「嫌いで憎らしくて苦しくて妬ましい」
かざしていた手で目を覆って、少年は呟く。
ぼうっと目を見開きながら、少女は答えない。
「そんな気持ちはずっと消えないのに、綺麗なものは長持ちしないんだね」
今にも壊れそうなベッドの上に腰かけていた少年の足が、床につく。
冷たい床に寝ころんだまま、少女はなにも答えない。
「ねえ、智華」
かがみこんだ少年に顔をのぞきこまれて。名を呼ばわれて。それでも少女は答えない。
「聞いてる?」
僅かに口の開け閉めを繰り返しながらひどく冷たい目をする少女に、少年は笑いかける。
綺麗に笑う顔もまた、作り物のようだ。
作っているのだと、少女はわかる。知っていた。―――自分には向けられたくないと、思っていた。
「…次はなにを潰そうか。どうしたらずっと俺の傍にいるかな」
笑顔のまま少年は手を伸ばす。細い指が触れるのは、少女の足首。―――添え木が添えられた、まだ腫れの残る、足。
「怪我はいつか治るよね。そもそも、片足あればいくらでも動けるね」
まだ痛むはずのそこに手を添えられても、少女はなにも答えない。
「籠に入れて手足をもいでそうして目でも潰そうか」
君がどこにもいかないように、君が何も見ないように。
淡々と、淡々と、淡々と。
冷え切った言葉は、少女の耳にしか届いていない。鼓膜を震わせ、それでも脳髄を揺らすことはなく。空気に溶けていく。
「俺は君が呼んでくれるなら、それがいいなあ…。今、なんも言わなくてつまらないし」
少女は答えない。答えずに、動かずに。ぼうっと少年を見つめて―――それでも僅かに身をよじり、手の平から逃れる。
「嫌なら逃げればいいよ? 俺は君にならいつでも殺されていいし。そのくらい必死に抵抗したら、逃がしてあげる」
その様に少しだけ満足げに笑いながら、少年は続ける。
肌のあちらこちらに痣と裂傷を走らせた少女を見つめて、嗤う。
「チャンスはいつでも上げてるんだから。
抗って―――楽しませてよ
君の泣いてる顔大好きだけど。怒ってる顔も、それなりに好きだしさ」
逃げた身体を腕に抱きよせながら、少年は笑う。笑って嗤って、囁く。
「愛してるよ智華。だから、全部頂戴」
―――そうして、同じところに落ちてきて。
奪って落として足りなかったなら、いっそ全てを徹底的に。
徹底的に壊したら、君には何が残るかな。
言葉を失くした少女の頬に、一筋の滴が伝う。
涙も枯れた少女に、少女のものではない涙が伝う。
己を抱き寄せる少年の目から伝うものを見ないで済むように、少女はゆるく目を閉じた。
裏切られる前に裏切って、そうすれば楽になるはずだったのに。どうしてこんなに苦しいの。
答えも自分の気持ちも見失った愚かな子供とそれを見きれなかった愚かな女の子のお話。