なぜかちょっとしょげかえった主が帰ってきた。
よくわからないけど知己が大変な時に尋ねて言ってしまったらしいことに落ち込んでいるらしい。
落ち込んでいる、というよりは、しょんぼりしている、という。実に微妙な反応だけれど。
それでも肩を落とす彼女を見てなんとなく息をつく緋那は、それなりに忠義者だった。
律儀で世話焼きでそれなりに忠義者の彼女は、自分のものを入れるついでに彼女にもコーヒーを渡した。
彼女はがっぽんかっぽんと砂糖と牛乳を放りこんだ後、明らかに甘すぎるカフェオレにそっと頬をほころばせて、飲み干す。
横でミカンを食べ終えたばかりのメイベルドー悶絶したのはそれと同時だった。
刹那の戯れ
某月某日。
この町の結界システムが乱れている影響なのか、他の理由か。
ともかく、一部の龍と主人の感覚が混じり合うという現象が観測されている。
共有する感覚は人それぞれ―――と言えるほどの情報はない。症状の出た住人は当然のように外出を自粛しているから。
少しだけ面白そうにそう語った風矢は、すぐに外出した。
例の巫女ちっくな光龍と出かける約束があるらしい。
仲がいいのだな、と胸の中だけで呟いて、緋那は小さく息をついた。
「…つまり、少なくとも味覚が共有してしまっているわけか」
「試してみたら痛覚もおそろいみたいだねー。眼も鼻も正常なのが嬉しいところだけど」
困ったようにつぶやきに、頷くかなた。
彼女はカフェオレの最後の一滴を飲みほし、息をつく。
「…羽堂さんちに総突っ込みをくらったのは、そういうことだったんだねえ…」
「お前ともかくで歩くな。お前は死んでも蘇生きくけど俺利かない…」
その甘さに顔をしかめつつ、呟くメー。かなたはむっと眉を寄せた。
「ちょっと待って私で歩くと死ぬわけえ? なんて失礼なメー君だ。よろしいならばチョコを飲もう」
「止めてくれ…気持ち悪い…さっきのまだ残ってて気持ち悪い……」
彼は甘いものは嫌いではない。どちらかといえば好きだ。しかしあまったるすぎるものは嫌いだ。
彼女の飲んでいたカフェオレや、チョコレートはその類。これ以上味わいたくない。
「そんなにダイレクトだったの?」
同じくカフェオレを飲みつつ、磨智は首をかしげる。不思議そうな彼女に、メーは力強く頷いた。
「…ああ。ダイレクト、つーか…」
「さっき私が自分つねってみたらメー君びっくりしてたもんねー。もしかしたら過剰に伝わってるかもねえ。…人の感じる痛みと龍の感じる痛みは違うのかな」
「つーか、心の準備がないからだろうな…」
どこか遠い目をするメーを見て、磨智はカップを置く。
そしてそのまま、ぎゅむっとかなたの腕を掴む。つねるわけではなく、腕を組む。
突然の行為にちょっと不思議そうな顔をするかなた。なんともいえず納得できないような顔をするメー。
「どんな感じ?」
「…なんかぬくい。ひっつかれてる気する」
「ふぅん。
…本当に混じってるんだねー」
磨智は言いながら笑う。にやりと。少し、不穏な風に。
その顔を怪訝に思ったメーが何かを言うより早く、彼女はあ主人の頬をぷにぷにとつっつく。
メーは僅かに顔を赤くする。まさしく触られた時のように。
―――実際に触られなくてもそれなのか。
触られてるかなたは冷静に思う。色々思うところがなくもないが、口には出さない。この二人の恋路には、決して。口を出してはいけないと決めている。
なおもむにむに触られてる主を僅かに一瞥し、緋那は席をすくと立った。
「まぁ、他の人も同じような症状があるって話だ。なら誰かが解決するだろう。お前は黙っていろ。メーが死んだら困る」
「ひ、緋那ちゃんまで私が動くと死ぬと言うんだね…」
「だって事実だろ。可能性があるのは」
べしっと言いきって、庭へと足を向ける緋那。庭いじりは彼女の日課だ。ぷにぷにぷにぷに頬をつっつき続けていた磨智も、空のカップをかたずけるためにか席をはずす。
その後ろ姿を見送って、かなたは大きく息をつく。ついでにごつんと軽く机に額をつける。
案の定、メーは何とも言えない顔で額を抑えた。
「…お前今変なもの触ったり食ったりするなよ。俺にも被害来るんだから」
「なによう。少しくらい苦労したってそれが従者のつとめと想えばいいじゃなーい」
「嫌だよそんなつとめ…!」
はあ、と深く息をつくメー。うんざりと、嫌そうに。
だから彼はそれ以上言葉を続けることなく、静かに椅子に背を預ける。
と、
「いーじゃない少しくらい。だって面白そうだしー」
「……いやお前はそうだろうけどな……!」
戻って来た磨智にもまたうんざりとした目をむけ、さらに椅子によりかかるメー。
不満たらたらのその様子をにこりと笑って一瞥した後、彼女は主にカップを差し出す。
「ま、いいじゃない。とりあえずマスター。
おかわり、もってきたよ」
「あ、ありがと」
「…まだ飲むのか」
もう俺は飲みたくねーよ。低くつぶやく彼に、磨智はひときわにっこり笑った。
「ああ、大丈夫。ほら、甘さ控えめに作ってあげたから、さ。
それとも、私の作ったの飲むのが、嫌?」
「俺にはねーじゃん…」
「でも今は似たようなもんでしょー?」
きゃらきゃらと磨智は笑う。本当に楽しげで、楽しげで。その状況がよほど面白いのだろう。メーはそう思った。
そして、ふっとなにかに気付いたように口元を押さえる。
「……っていうか、なんか、苦くね?」
「? 気のせいじゃない? 苦くないよ? このくらいはコーヒーなら当たり前でしょー」
既にこくりこくりと半分ほどの中身を飲みほしたかなたは、不思議そうに呟く。
「…ふぅん?」
だから彼は、小さくつぶやくにとどめた。
止めて、やけに楽しそうな磨智をぼんやりと見つめた。
―――その後。
「…なんで酔っぱらってるんだよ」
メーは額に手をあて、低くつぶやく。触れた場所は、どこか熱い。酒にでも酔ったように。しかし彼は酔ってない。彼は、酔っていない。
「まぁ、そういうお酒を混ぜたから。蒸留酒の一種だね。ミルクで割ると美味しいんだよねえ。
ああ、でも。あんまり甘くは、なかったでしょ?」
酔っているのは、あくまで彼の主。今感覚を共有しざる負えない主。磨智の胸にぎゅーっと抱き込まれた、かなた。
「…なんで抱きついてんだよ」
「君には抱きついてないでしょー」
確かに抱きつかれてはいない。いないけれど、
いないけれど、肩のあたりに広がるあたたかさ。ぬくもり。
「…いや、俺にはくっついてなくてもな…!」
「うふふ。なら照れることないじゃなーい」
言いつつぼうっと眠そうにコップの中身をこぴこぴ飲み続けるかなたに頬をすりすりとさすり合わされる磨智。
当然頬に伝わる、柔らかなぬくもり。
触られてなどいないのに感じるそれは、もはや感覚の共有ゆえというより、むしろ。
「……ああもう勝手にしろ! お前なんて知るか!」
いつもされていることを勝手に思いだしているようで、居た堪れない。
思わず背を向けるメーに、磨智はなおもにこにこと笑う。
「ふぅーん。じゃー好きにするねー。
ちゅーとか色々しちゃおー」
「はぁ!?」
叫び、振り返る。瞬間、頬に伝わる覚えのある熱。
覚えがあるからこそ手で触られているとは違うと明らかに分かる、感覚。
「お、おま、おま…なにを……!」
「なにって。…するっていったでしょ?」
それはそれは楽しそうに笑う少女の手は、するりとむき出しの脚に触れる。
触られた当人は「くすぐったーい」とかけらけら笑っているが、メーはますます赤くなった。
「おま…ほん…っとに…」
呟く間にも、ぺたぺたとどこかしらを触れられる感覚と、視界に広がるよく分からない光景。
―――ちょっとかなたお前なんでんな嬉しそーな顔してるんだよだらしねー面すんなよ熱いからってボタン外すななんか見苦しい。見苦しいというか、磨智にひっつきながらそういうことされるとなんかもやっとするから。
浮かんだ突っ込みも口に出せないくらいに頭が痛い。身体が熱い。なにこの状況。
頭を抱えて悩むメー。ひきはがせばとりあえず当面の悩みは解決すると思いますよとか真っ当につっこみを入れてくれるものもなく、彼はなんかピンクい空間になったリビングで立ち尽くす。
けれど。
「…これ以上したらどうなるんだろーねー。やっぱ共有してんのかなー」
囁くようなその呟きに、びくっと身を振るわせる。熱い身体の中に、冷水でもつっこまれたような心地で。
「色んな意味で止めろ!」
小柄な身体にくったーともたれかかる主人は明らかに気持ち良くよっぱらいだ。しばらく助け舟は期待できない。
ああすきっぱらに酒を入れるなと何度言ったら分かるんだ。そこまで弱くなくともそんなんじゃすぐ回ると何度も何度も何度も説教してるのに。主に緋那が。
思考がそれる間にも、磨智はくすくすと笑う。ついでに、顎の下を撫でられるかなたもけらけら笑う。
喉元に独特のくすぐったさを覚えるメーは笑えない。
「心配なのはマスター? それとも自分の貞操? まぁ実際にそういうことするわけじゃないから、貞操奪われちゃった★とは違うと思うんだけど…」
「お、おま、そういうこと口に出すな!」
「大丈夫、そういう趣味全然ないし最後までしないから」
「最後とかそういう単語が出てくる段階までいけるわけ!? 女同士なのに!?
っていうか俺の尊厳も思い出して! 尊厳とか意思とか色々思い出せ!」
耳まで赤くなって叫ぶメー。磨智はその姿を静かに眺め、はふ、とわざとらしい溜息を落とす。
「…妬けるとでも言ってほしいな―」
「妬いてる場合じゃねえだろ!」
「なによう。じゃあなんで怒るのー。勝手にどきどきして。むっつりスケベだねえ。やだー。へんたーい」
「今お前にだけは言われたくないわっ!」
ぎゃあぎゃあと、次第に口論は激しさを増す。留まることを知らずに、延々と。
未だに抱き込まれたかなたは、ぼうっとそのやりとりを見つめる。
ぼうっとした目で見つめ、カップに並々と注がれたカフェオレ―――を装ったカクテルの、最後の一滴をぐいと飲み干す。
そうして。
「…メーくーん」
低くつぶやき、もたれかけいた背中を伸ばす。
あくまでほんのりと赤かった頬が、真っ赤に染まり。眠たそうというか酒の回りまくったどんよりとした目をして。メーの服の端をぎゅっとつかんだ。
思わず言い会う声をとめ、顔を合わせる磨智、メー。
2人の注目を集め、彼女が吐き出した言葉は―――
「ずるいよいつもいつもこんないい思いしてんの!? いつもいつもいつも私の磨智ちゃんといちゃついて! ずーるーいー!!」
長い。
つい先ほどまでのの口論の余韻が消えるほどの、長い沈黙が落ちた。
「……怒るのそっちかつーか俺怒鳴られなきゃならないのかていうか誰がお前のあいつだ!」
ポカンと開けた口をすぐに引き締め、叫ぶメー。
そこで俺のだ!とか言い出すまではいかない辺り、彼の色々なモノを象徴している。
「何言ってんのさ私マスター! 誰も敬ってくれてないけどマスター! つまり嫁に出すまで可愛い女の子の所有権は私にもある!」
「嫁って俺もあいつもお前の従者だからその理屈で言うと一生自分のもの扱いか! っていうかお前がちでそっちの趣味か! カフェで妖しいと泣きたくても我慢したんだぞ!? 今こそ俺は泣いていいのか!?」
「違うもん! カフェのあれはあいさつだもん! 大好きな人に愛でられて照れはしても嫌ではないから困るだけだもん! 磨智ちゃんにもそれが通用するだけだもん!!
なのに磨智基本的に私に冷たいもん! 冷たくないけど棘があるもん! そりゃああ私も悪いことしたけどメー君全然好みじゃないのに! 私ガラ悪いの好みじゃない!」
「抱きついたりがあいさつかよ! 前々から思ってたけど過剰なあいさつだろうが! 別にお前がそっちの趣味でも俺困らないけどちょっと切ない! よく分からないけど切ない気持になる!」
「なによ! 自分はいつもいっちゃいっちゃと抱きつかれてるくせにー! メー君の、メーの…むっつり! へたれ! そこ変われぇ―!」
「誰が変わるかっ! そしてむっつりだ! お前はオープンに変なんだよ!」
再び始まる、終わりのなさそうな口論。
うっすらと涙ぐむ少年と、もろに涙を拭う主人は、延々と言い争う。その論点が、ちょっぴりかみ合わないままに。
一人おいてきぼりをくらった磨智は、そのやりとりに目を瞬かせる。
しばし困ったような顔をして――くすっと笑う。
「…これ、なんの騒ぎ?」
その背後から、ぽそと問いかけたのは、ベム。
自室で毛糸で出来たタワシを延々と編み続けていたのだが、あまりの騒がしさに顔を出した。
出した結果が、これである。
「何の騒ぎって…ほら、龍と主人の感覚混じっちゃったの、知らない?」
「さっき緋那に聞いた。庭についていこうとしたらふられたけど。
…けど、それでなんで君の所有権について言い争ってるの」
「さあねー」
とぼけた口調でそう言って、磨智はくすくすと笑う。
「ああ…………すっごく、いい気分」
笑って笑って、呟かれた言葉は密やか。
それでもばっちりと聞いてしまったベムは、僅かに目を見開く。
「…君、結構かなたのこと、好きだったりするの?」
「…やだな」
心底意外そうな問いにも、磨智は笑みを崩さない。楽しげな笑顔のままに、続ける。
「…私がマスターを嫌いだったら。もうとっくにメー君押し倒してやることやって手ぇ届かないところに押しのけたと思うよ?」
にこにこと笑顔で語る言葉はあくまで冗談っぽい。
冗談っぽく作られているが―――まったく目は笑っていない。
「……変なのに惚れたね、君も」
「うんそうだねー。変だね―。もう本当、仕方ないよねえ…」
だからたまに2人とも独り占めしても、いいと思わない?
愛らしい笑顔で告げられた言葉はどこかあでやか。
それを美しいと思う感性はベムにはない。
ただ静かに息をついて、ぎゃあぎゃあと言い争う主と光龍を見やった。
いや、某地龍さんのお話を見てリバって素敵だなあって萌えてたら、こんな美味しいネタを今まで使っていなかったんだよなあと唐突に気付いて。発案者の羽堂さんに敬礼。(びしっと)しかしなんか気付いたら一部ゆりゆりしく。まぁ別にほっぺくらいそうでもないか。
とりあえず磨智が死ぬほど楽しそーです。実際彼女主が嫌いではないんですよ。好き好き大好き愛してる―ではありませんが。それなりに好きだからメーのあれをしかたないなーで流してるんですよ。
なんかすごく書ききった感があるけど表でもたぶんやります。メーが不憫なのは変わらないけど。つまりこれはIFだと思ってみてください。