ランチに毒薬

 武行さんを見てると。
 少年は小さくごちて、ぽんとフライパンに添えた手をたたく。くるりと回転し、ふっくらと表面を見せるオムレツは、じゅうと鈍い音を立ててやかれていく。
 たまに。
 毒薬でもいれてやろうかって気分になるんだ。
 暗い眼差しで親友の殺害計画を語る少年に、紅也は小さく溜息をつく。
 無駄だと思うよ、確実に。
 冷めた声音で呟く彼の視線の先、作る方の苦労も知らずにさらさらおかわりを要求する青年は、幸せそうに笑った。

・ライドのちょっと昔。でもたぶん今も似たようなことやってる。燃費の悪い男とマメに面倒をやかずにはいられない少年。



浴室瞑想

 お湯につかって、考えてみる。けれど、どうしても分からない。
 目を閉じて浮かぶのは、もやついた思い。いっそ洗い流してしまおうと思った思い。
 どうしてだろう、あんな女。みているとほうっておけなくて、調子がくるって。言うならば厄介で。
 それなのに、耳に届く声を、どうしても忘れられない。
 白い袖に隠されたその下が、どうしても。気になってしまう。
 ああ、と呟く。
 声は浴室に響いて、ぼんやりと消えていった。

・まだうだうだしていた頃の風矢。どこにいったんだろう。この頃の躊躇い。大宇宙の彼方か。



キッチンクイーン

 磨きあげたシンクは、きらきらと陽の光をはじく。
 並べられたコップも、水滴をまとってきらきらと光る。
 フライパン、鍋、その他もろもろ。
 全てを綺麗に磨き上げた彼女は、ふうと息をつき、額にうっすらと浮かぶ汗を拭う。
 満足と表情で語る彼女は、足取りも軽く食料貯蔵庫へ向かった。

キッチンクイーンといえば。緋那だよねとしか思わなかった。



近付くな、この涙は有毒だ

 物静かな子供だと思った。物静かで、堅苦しくて。くそまじめで。正論ばかり。
 それでもなにやらこちらを構ってくるから、きっとこの子は『優しい』のだろうと、そう。ぼんやりとそう思っていたけれど。
 なんでそんなこと、言うんですか。
 ああ、駄目だ。触ったら、駄目になる。
 あなたがいなくなったら、私達は悲しいです。
 一筋だけ涙をこぼして、真っ直ぐにこちらを見つめてくるこの子は、きっと優しくて。たぶん、可愛いと思っていて。
 だから、駄目だ。
 触れて回る毒は、きっと生涯を狂わす。
 だから。駄目で。駄目、なのに。頬に伝う生暖かさは、なんだろう。
 分からないまま、白い手が伸びてくる。頬に添えられたそれを、振り払うことができなかった。

・13くらいの遥霞と智華。この時はまだ、狂うものなど俺の人生だけだと思っていたよ。



悪い子の独り言

 ああ、いなくなればいいのに。
 呟いてみて、あほらしいとすぐに首をふる。
 苛立つことを言ってきたアイツをいなくなさせることも、それなりに簡単にできる力をもっている。
 けれど、そんなもの。すぐにばれて、怒られるし。
 怒られなくても、そんなにするのもあほらしい。
 ―――お前ら、捨てられたんだろ。
 再び甦る、つい先ほどにも聞いた声。さきほどは思わず殴ったが、今はいないから殴れない。ちょっと殴ったくらいで、根性ない。
 そんな根性無しのことなんて、気にしないでおこう。早く、そうし、よう。そうして消してしまえばいいんだ、あんなの。

相崎成冶8歳くらい。昔から優秀でスキがなくて浮きがちだった結果がこれだよ。



わたしは紛い物です

 アレは母のことが好きだったんでしょ、たぶん。
 ああ、この通り、俺、全然似てないけど。
 赤の他人よりは、面影あるんじゃないの? なにしろ親子だもの。
 滑稽だね、笑えるよ。紛いものになりふり構わずひきとって。

 いつでも笑顔の幼馴染は、己の父親に対しての心を述べる時だけ、いつだって眉を寄せていた。
 眉を寄せて、泣きそうで。泣かないから、つらかった。

 それ以外の価値なんて、なかったんだよ。

 ねえなんでそんなことを言うの?
 私はあなたの価値にはなれないの。
 あなたはそんなにも、あの父親に認められることだけが。

 わだかまる想いを口にしていれば、今、こんなにも。
 泣き喚く彼を見ながら、愉悦を感じることも、なかったのだろうか。

・いつかの遥霞と智華。私も何かの紛いものだったんでしょう。口に出せない言葉はお互いの歪みの促進剤にしかなりませんでした。



春殺し

 ねえ、君が隣で笑ってくれていることが幸せだから。
 わたしは逃げようって言ったんだよ。
 君にかばわれて、ひとりぼっちで逃げても、意味なんてないんだよ。

 それが分からないわけじゃないのに置いていくんだから、ひどいよね。しのぶものの一つも持っていないんだよ、わたしは。死体どころか骨の一本の遺されずに、君は消されてて。

 証は、ただ、約束が一つ。
 外に出て、空を見せてあげる。傍にいてあげる。時間がかかっても、君の。君と、春を。

 そんな約束をかわしたのは、冷たい雪の日。
 ねえ、君、分かってるの?
 もう春なんて、わたしには永遠にはこない。

・マリシエルと誰かさん。あなたはわたしの春でした。



美男と醜女

 マスターが読んでる本ってさ、よく「あなたと私は釣り合わない!」とか言い出す人、いるじゃない?
 ナイセンスだよね。釣り合わなくても、好かれていて。しかも好きなら。釣り合う努力をすればいーのに。
 つまりね、女の子は可愛くなるためなら無限の努力はらえるもんなんだよ、メー君。
 にこにこと告げてくる恋人に、メーは首をかしげる。
 で?
 うん。
 私は可愛くなるために努力してるわけだけど、このリボン、似合う?
 にこにことしたまま腕をからめられて、彼はううと唸った。
 とても消極的な同意だった。

何分リアリティ何それ美味しいの?なんで。しっくりくるコンビがいなくて…。べたべたなメマチです。



火傷の花

 職業柄というべきか、家柄というべきか。
 彼女の肌には少なからず傷がある。
 目を覆いたくなるような大きなものはない。あれば恐らく生きてはいないのだろう、この人は。
 人の恨みつらみを集めるような何でも屋のトップであり、人の怨嗟を受ける犯罪組織の次期跡取り…最有力候補。
 大きな傷があれば、たぶんそのままとどめをさされておしまいだ。
 けれど、その小さな傷達の中で、一つ目立つものがある。
 足の半ばにある、やけどのあと。
 ひきつったそれは、少しだけ目立つ。変な位置で、変な傷だし。
 だから思わず聞いてしまった。どうしたの?
 笑顔でその人は答えた。 初恋の人の思い出?
 冗談めかした言葉が、本当かどうかは知らない。
 ただ当たりまえのように告げられた言葉に、浮かんだ言葉は一つだけ。
 ああ、この人は、寂しい。

・マリシエルと聖那。自分の傷を笑い話にしないでほしいと言うお話。



傷口に生クリーム

 一生忘れられないと思っていた傷がありました。いえ、傷ですらなかったのだと、今は思っています。
 でも。痛かった。
 あの時、痛かった。
 それでも最近、思い出さないんです。昔僕は、彼女をどんな気持ちで見ていたか。

 こんなこと、言えやしませんが。
 ―――あなたの所為ですよ。小町さん。

・風矢。失恋未遂の傷口を甘い思いが塞ぎました。


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