東の片隅、『街』と呼ばれる場所のどこかで。
 真っ白いい猫が歩いておりました。



 雪のような毛皮の猫は静かに歩いていきます。
 同様に白い足で、ある一軒の飲食店を目指していました。
「あ、来ましたね」
 黄金色の髪をした、小柄な少女が、猫をちょいちょいと手招きしています。
 そして、笑顔で皿を差し出しました。
「内緒ですよ」
 そう言って猫へニボシと牛乳を与える女の子は、嬉しそうに微笑みます。
 にゃあん、と猫は鳴いて、その手に身をすりよせました。
 その暖かさに少女は嬉しそうに笑います。
 内緒ですよ、といつも餌をくれるこの女の子は、何度も言います。内緒したい誰かを、猫は知りません。
 けれど、猫が知っていることもあるのです。それは、彼女が猫へ餌をやる姿を、窓からそっと見つめている青年がいるということでした。
 その顔は、どうしよもないようなモノを見るような、それでいてどこか楽しそうな、そんな顔です。
「明日も来てくださいねーv」
 そのことに気づくことはなさそうな女の子は、猫はもう一度にゃあーと鳴きました。

 猫はてけてけ歩き続けます。
 時々、立ち止まって顔を洗うこともあります。
 すると、その視界がひょいと抱き上げられました。
「可愛いわね、アナタ」
 にこりと笑う女の人は、炎のように真っ赤な髪をしていました。
 にゃあん、と猫は鳴きます。すると、それが抗議だと分かったのか、女の人は残念そうな顔をして、そっと道路に戻しました。
 その時、猫と女の人の背中から声がしました。低い、どこか不機嫌そうな声です。
「なにしてるんだ、お前」
「猫と戯れていわ」
「猫? …ああ、猫だな」
 女の人の足元を見ながら、不機嫌そうな声の主は頷きます。
 真っ黒な髪のその人も、どうやら女の人のようです。
「可愛いわねえ、猫。紫音もそう思わない?」
「まあ、思うな」
 気のない相槌を打つ黒髪の女の人に、赤い髪の女の人はなぜか楽しそうに笑いました。
「いいわねえ、本当。…飼っちゃいましょうか」
「…それは駄目だろう」
 黒髪の女の人は、呆れたようにそう言います。
「あら、なぜかしら」
「いつ死ぬか分からない人間がそんなもの飼っていいと思ってるのか?」
 どこまでも厳しい顔をする女の人を見つめて、赤い髪の女の人はにこりと笑います。
「あらあら。でも、あたしのことはあなたが守ってくれるでしょう? だから大丈夫よ。
 あなたより先には死なないわ」
「それは―――当り前だが」
 黒髪の女の人は、とても渋い顔で頷きます。
 赤い髪の女の人は、やっぱり楽しそうに笑います。
「まあ、紫音がそういうなら止めましょうか」
「なんで私を気にするんだ」
「いえ、いざとなったらあなたは猫を身を呈して庇っちゃったりしそう…と思ったら、落ち着かなくなったのよ」
「い、いくら私でもそれはしないぞ…?」
「いくら、とかでてくるあたり、そういう行動とるかも、って自覚があるのねえ…」
 赤い髪の女の人ははぁ、と溜息をつきます。
 悲しそうな、けど眩しいものをみるような、そんな顔でした。
 対して、黒い髪の女の人はむっと顔をしかめます。元々つり気味のお目目が非常に険しいことになりました。
「…お前、私を馬鹿にしているか?」
「まさか。感心しているだけ」
「…そうは見えない」
「もう。なんでそんなひねたものの見方するようになったのかしら」
「お前の所為だからな!? それ! 絶対お前の所為だ!」
 猫はそっと2人から離れます。
 にゃあ、と鳴く声に、なにやら言い争い始めた2人が振り返ることはありませんでした。

 猫はてけてけ歩き続けます。
 そうして道を歩いていると、刀を持った黒い髪をした女の人と、それを見つめる茶色い髪をした女の人を見つけました。
「あら、猫ですね」
 茶色い髪の女の人は、にこりと柔らかく笑いました。
 その声に、黒い髪の女の人も振り向いて、少しだけ笑いました。
「すごい白いコね。雪みたい」
「そうですね」
 手招かれ、猫が寄っていくと、茶色い髪の女の人がその背中を静かに撫でます。
 にゃあん、と猫は心地よさそうに鳴きました。
 その様子に、茶色い髪の女の人はますます笑います。
「あんた、そういう動物には愛想いいわね…」
「そうですか? …まあ、好きですからね」
「ふぅん。…ああ、だからあんな腹黒いのと付き合うのね、あいつ、あんたにだけは犬みたいだし」
 なにやら面白そうに笑う黒い髪の女の人に、茶色い髪の女の人はゆっくりと首を振ります。
「それは違います。犬に失礼です」
「は?」
「犬は可愛いし躾ければ役にだって立つんですよ? あれが可愛いと思うんですか?」
「…いや、その…私の言いだしたことだけど…あんた、本当なんでアレと付き合ってるのよ…?」
「成り行きです」
 言い切る女の人は、猫を撫でていた手をそっと離します。
 それに合わせて、猫もするりと歩きだしていきました。
 なにか釈然としないものを考えるような顔をした黒い髪の女の人は、意味もなくその後姿を見送りました。

 猫はてけてけ歩き続けます。
 狭い路地に入ると、隠れるように金髪の女の子がいました。
 女の子は、クッキーをくわえた口をもごもご動かして、猫に話しかけました。
「キミも食べる? まあ、ボクのじゃないんだけどね、これ」
 どうやらこのクッキーはどこかから拝借してきたもののようです。
 けれど、猫は気にしません。にゃあんと鳴いてそれを咥えました。
 それを素直に咀嚼する猫を、女の子は楽しそうに見つめています。
「一緒に食べたほうがおいしいけど、盗ってきたものって、こっそり食べなきゃいけないのが難だよね」
 なにやら嘆く女の子を気にせず、クッキーを食べた終えた猫は、ぺろぺろと顔を洗います。
「…キミ、真白いね。砂糖みたい」
 女の子はそっと手を伸ばし、その頭を撫でます。
 猫大人しく撫でられながら、すんと鼻を鳴らしました。
 女の子の手からは、クッキーの甘い匂いに混じって、硝煙の香りがします。
 この女の子だけではなく、今日あった人すべてにまとわりついていた匂いでもあるし、この街全体のようにも感じられます。
 だから、猫は気にせず撫でられます。
 そして、今日してきたように、そっと身を離します。
 その真っ白い猫の後ろ姿を、女の子は少しなごり惜しそうに見つめました。

 猫は歩き続けます。
 てけてけてけてけ、その心臓が止まる日まで。





あとがき
 落ちなし山なし意味なしの猫をめぐる話。?のわりにわかりやすいシリーズはこれからも書きたいです。
 2009/09/10