てくてくてく。
 あるところに、東の大陸を歩いていく旅人さんがいました。
 旅人さんは、吟遊詩人というやつでした。それも、愛や恋専門です。
 恋や愛を高らかに歌い上げていろんな町を回っていましたが、ある時言われてしまいました。
 ―――あなたの歌は、色んな人の恋を、愛を歌っている。とても素敵。でも、あなた自身を語る歌は? それを聞きたいわ?
 くりくりとしたおめめの可愛い女の人にそう請われ、旅人さんは答えようとしました。
 けれど、その時初めて、それができないことに気づいたのです。
 だから旅人さんは歩きます。てくてくてくてく、色んな人の物語を聞きながらも、己自身の物語を探しに。

最愛

 歩きさ迷った旅人さんは、東の大陸の隅っこにたどり着きました。
 なんだか、いろいろな人が―――いいえ、人ではない者たちもたくさんいる、賑やかな町でした。
 旅人さんは、八百屋さんで熱心に野菜を眺めている朱い髪の少年に声をかけました。彼が奇妙にうっとりとトマトを眺めているのが気になったからです。

「そこのお兄さん、なんでそんなにトマトを見つめているのですか?」
 朱い髪の少年は、一瞬、気づかずにトマトを見つめ続けました。けれど、回りに「お兄さん」と評されるような者が自分一人と気づくと、ゆっくりと旅人さんに向きなおりました。
「見たいから見てる」
 素っ気ないというかぶっきらぼうと言うか、答えになってはいない答えでした。
 旅人さんはがくっと肩を落としましたが、すぐに気を取り直します。
 少年は立ち去ることなく、旅人さんを見つめていたからです。
「なんで見たいんですか」
「今日の夕飯に使えばいいと思って」
 これもまた分かりやすい、とても当たり前の答えでした。
「なら、あなたは食べるのが大好きなんですね。そんなにもうっとりトマトを見ている」
「うっとり?」
 少年は繰り返して、不思議そうに首をひねります。
 そして、そうかもね、と呟いて、少しだけ嬉しそうに微笑みました。
「僕の好きなヒトの髪に似てるなと思ってた」
 少年は嬉しげな微笑の割に、淡々と告げます。恥ずかしがるそぶりは全くありません。
「でも、トマトのようだ、なんて言ったら、また怒らせてしまうかな、と思ったんだ」
「怒らせるんですか」
「たぶん」
 少し残念そうに言う少年は、それでもどこか幸せそうでした。
「…大好きなんですね」
「うん、大好き。愛してる」
 これまた照れもせずに言い切って、少年はトマトといくつかの野菜を会計に持って行きました。
 その後姿を見送ってから、旅人さんは再び歩きだしました。


 旅人さんがてくてくと歩いていると、いきなり手を引かれました。
 驚いて振り向くと、銀色の髪をした青年が、がしりと肩を掴んで来ました。
「すまん、あんた、そのコート貸してくれないか? 今この場で、10秒くらいでいい」
 はぁ、と疑問とも承諾ともつかない声を上げる旅人さんに、銀髪の青年はぱあっと微笑みました。
 そして、長いコートをはぎとって、そっと羽織ります。ついで、急いですぐ傍の路地に入りこみ、旅人さんに背中を向けました。
 なにをしているのだろう。
 路地を見て首を傾げる旅人さんの背後を、なにかを探すようにきょろきょろしてる女の子が走り去ったことと、彼女の手にやたらフリフリした衣服が握られていたのは、旅人さんは気付きませんでした。
「本当悪かったな、いきなり。……礼に、なんかその辺で飲むもの奢る」
 コートを返しつつ言う青年に、旅人さんはにっこりと笑います。
「お礼なら、聞かせてほしいことがあります」
「ああ。この町長いから、役に立てると思うぜ」
 嬉しげに笑う青年に、旅人さんは静かに首を振りました。
「ワタクシ吟遊詩人でして。歌のネタに、あなたの『最愛』について聞かせていただけませんか」
 青年はぱちくりと瞬きます。青年と言うよりは少年と言った方が正確な、幼げな表情でした。
 その頬がみるみると赤くなっていくので、余計にそう見えます。
「その…他のことじゃ…駄目か…?」
 旅人さんは無言でにっこりと笑います。笑顔の裏に、とっとと言えと圧力をこめて。
 その態度に、青年は諦めたように溜息をつきました。
「最愛って…最も愛してる、で最愛?」
 他になにがあるのですか、と頷く旅人さんに、青年は困ったような顔で悩んだ後、どこか不満げな顔をして言いました。
「なあ、なんで好きな奴に1番とか2番とかつけなきゃならねぇの?
 俺はみんな同じくらい大切だよ」
「…それは…すごいですね」
 真面目な顔でそう言い切る青年に、旅人さんは苦笑を浮かべて言いました。
 これは―――どうやら、聞く相手を間違えたようです。
 礼を言って立ち去ろうと考えていると、青年はむっとした顔で呼び止めてきました。
「馬鹿にすんなよ。俺だっているぞ、その、あれだあれ、……コ…、コ、……コイビト………」
 旅人さんは目を丸くします。
 恋人の四文字にそこまで真っ赤になる青年に、それがいるとは思えません。
「恋人さんにも同じことを?」
「ん…言ってないけど、言ったかも…?」
「…恋人さんはできた人ですね」
 どこか感心した顔でそう言う旅人さんに、青年は少し哀しげな顔をしました。
「できたヒトってえのは違う気がするけど…、うん、甘やかされてるんだろうな…
 怒る…っていうか、悲しませてる気はするけど…」
 でも、と青年は静かに続けます。
「しかたねえじゃん…大事なもんは大事だ。
 で、あいつは特別だ」
「特別、ですか」
「俺の大事な奴が他の奴に囲まれてると、すげえ嬉しくなるし、安心する。
 けど、あいつが他のといるとちょっともやもやする時があるんだよなあ。あ、別にそんな頻繁になるわけじゃないんだ、なんか、ほら、…男といると、な…?」
 旅人さんは優しく笑いました。
 この青年も青年で、中々情熱的な想いを秘めているように見えたからです。
「大好きなんですね」
 先ほどの少年に対してと同じようにそうたずねれば、青年は耳まで赤くなりました。
 本当に、よく赤くなる青年です。
「なんであいつにもめったに言ってねえこと、あんたに言わなきゃならないんだ」
 とても分かりやすい言葉に、旅人さんは声をあげて笑いました。


 再度旅人さんがてくてくと歩いていると、目の前を歩く、長い薄緑の髪をした背の高い誰かがぽとりとなにかを落としました。
 拾い上げたそれは、綺麗な包装に包まれた、クッキーと思わしきものでした。
「落としましたよ」
 そう言ってそれを差し出すと、落とし主は礼儀正しく頭を下げました。
 最初に合った朱い髪の少年とよく似た年頃と見受ける少年です。
「すみませんね、こぼれてしまったようです。…買いすぎですね」
 困ったようにそう言った彼の抱える袋には、こんもりとクッキーがはいっているようです。
 今旅人さんが拾ったそれは、1〜2人ぶんと思わしき袋でしたが、それがみっちりと。
 一体何人ぶんなのでしょう。確かにどう見ても買いすぎです。
「…別に一人で食べるわけではないですし、一回で食べきるつもりはありませんよ」
 その目線が気になったのか、少年は静かに言いながら、紙袋に手をつっこみます。
 そして、落とした方ではない袋を、旅人さんに差し出しました。
「また落としてしまっては困るので、あなたも一つどうぞ。お礼です」
「これはありがとうございます」
 旅人さんは微笑んで受け取ります。同時に、むくむくと好奇心が頭をもたげました。
「一人で食べるのでないなら、それは誰と食べるんですか?」
 問いかけに、少年はふっと微笑みました。
 それまでの愛想笑いのようなものは違う、幸せそうな笑顔です。
「…まあ、言ってしまえば、恋人です。たぶん」
「たぶんなんですか」
「それはあなたには関係ないでしょう?」
 笑顔ながら僅かに低くなった声に、旅人さんは慌てて話題を変えようと思いました。
「それで、その恋人さんはこのクッキーが好きだ、と」
 少年は静かに首を振ります。
「いえ、これはただ単に私の好きなものですよ」
 あんたの趣味なのかよ。
 声に出さずともその気持ちが通じたのか、少年は僅かにむっとした顔をします。
 けれど、穏やかな声で続けました。
「私の好きなもので問題でもあるとでも?
 好きなものを食べてる時、二人に食べたら一緒に喜んでくれるかと気になる。美しいものを見ても、一人で見るのがもったいないような気分になる。
 ―――こういえば、分かってもらえますか?」
 旅人さんは苦笑します。
 なるほど、確かにそれは愛情のように思えました。
「大好きなんですね」
 本日三度目のセリフは、自然と口をついて出ていました。
 少年もまた自然に答えます。誰が、と言うことはなく。
「愛していますよ。誰よりも。…彼女に会ってから、世界が広くなった気がします。
 彼女の見ているのは、ある意味で私よりずっと広いのでしょうけれど―――その中に、僕がいればいいと思いますよ」
 ぽつりと付足された言葉に、たぶん、の意味が分かった気もしました。


 旅人さんはその後も歩き続けます。
 色々な人に、同じことを聞きました。違うことを聞いたこともあります。
 そうして、様々な話を聞いて。町を後にした頃には、なんだかとてもあたたかい気持ちになった気がしました。
 その気持ちをそうっと抱いて、旅人さんは歩き続けます。
 いつか、自分自身のことを語れるようになるまで、どこまでも歩き続けていくのです。





あとがき
 ?言うてるけどばればれ、みたいな小話でした。…かぜこまが成立してから今に至るまでは、ずっと鎖国状態という設定なんで、この話は不自然になるのですが。まあそこは童話風にごまかされてください。
 2009/09/10