一時期に比べれば、慣れたと思う。
デートとかいう、恥ずかしい名目ででかけることに、だいぶ慣れたと思うのだ。
けれど、慣れたからといって照れが消えたかと問われれば別問題で。
慣れたからと言って察しが良くなったかと言えば、そんなことはなかったのだろう。
思い、メーははー、と息をつく。
僅かに頬を膨らませた少女は、先ほどから目を合わせてくれなかった。
靴
無言のまま町中を歩きつつ、メーはこの気まずい状況になった原因を探ろうと無い知恵を働かせる。
そうして思い返してみれば、家を出た時から徐々に不機嫌になっていた気がする。
最初は全然気にしていなかったけれど、不機嫌と言うか、がっかりしたような雰囲気は最初からあり、時間がたつにつれ濃さを増していった。
けれど、決定打は―――つい先ほど告げてしまった言葉なのだろう。
なぜそれがそこまで不興を買ったのかは、よく分からないけれど。
メーは自分が察しが悪い自覚はある。他のことならともかく、磨智の考えていること(世間一般では乙女心と呼びます)に疎いのだと思う。
けれど、それは決して彼女を気にしていないというわけではない。ちゃんと気にしているし、気にかけている。彼女自信が思うより、ずっと見ている。
だから、自信を持って言った。
―――腹でも痛いのか、と。
それを聞いた彼女は、まずとても怪訝そうな顔をした。次に、呆れたような顔をして。最後に、泣きそうな顔をした。
そんな顔をされると泣きたいのはむしろメーの方だったりしたのだけれど、その言葉を言う前に低い低い呟きがそれを封じた。
―――鈍感。
何度も言われたその言葉だけれど、その時は心の底からがっかりしたような顔と相まって、彼にわりと深刻なダメージを与えた。
鈍感。勿論鋭いとは思ってないけど鈍感。鈍感………
同じ言葉がぐるぐると脳裏をめぐる。謝ろうにもなにで怒ってるのか分からないし、ここまで無視されると腹も立ってくる。
その結果が、双方無言というとてもデートらしからぬこの状況だった。
…なんか情けねえなぁ…
自分より一歩前を歩く磨智のさらさらと揺れる茶色の髪を眺めながら、はー、と息をつく。
何度もめたのだろう、情けない。長いこと待たせていたのに、これなのだから。
はーと溜息は止まらない。
すると、磨智がくるりと振り向く。その表情は、静かな無表情。メーは思わず、というように背筋を正した。
「メー君」
「…なんだよ」
「なんで怒ったのか、分かってくれた?」
「…………………………………ごめん」
「なら、なんで怒ったのか、考えてくれた?」
「それは普通考えるだろ」
なんでそんなことを聞くのだと出言いたげなメーに、磨智は小さく溜息をつく。
そして、どこまでも静かな表情のままゆっくりと頷く。
「なら、いいよ。仕方ない」
「…悪い」
静かな表情が僅かに残念そうな表情へと移り変わったことに、メーは眉を下げる。
その、情けなさ満点の表情に、磨智は再び息をついた。
けれど、どこかバツの悪そうな口調で呟く。
「ううん、別に。私が勝手にして、勝手に期待したことだもん。悪くはないって」
「……? いや、でも、お前それで嫌だったんだろ?」
なら悪かったよ、と本気で頭を下げる彼に、磨智は小さく笑う。それは、微かな苦笑ではあったけれど。
「…そこまで謝られるとね、私も悪かったから、心苦しいな」
「…けど」
「そんな大したことないんだって…」
磨智の苦笑はますます苦味を増す。そして、耐えかねたように小さく告げた。
「…靴を」
「靴を?」
オウム返しにそう言って、先を促すメーに、磨智は気まずげに言い淀み―――それでも口を開いた。
「新しくしてみたんだよ」
「……は?」
自然と足元を見つめてみるメー。
確かに彼女の履いているのは、いつものロファー風の靴ではなく、赤い靴。
艶やかな光沢を見せる生地は綺麗だし、似合っているなと思ったけれど。
「んな…んなとこまで見ねえよ!」
「うん、それがメー君だよねえ…なのに期待した自分に落ち込むっていうか…あー、説明するのってすごく虚しい…」
激昂する恋人に、磨智は額を抑え、はぁ、とわざとらしく溜息をつく。
「虚し…!? んなこと言われても…お前の足元見ながら歩いてたら変だろ、すごく。首も痛い」
「うんうんそーだよねえ。私はどーせちっちゃいしねえー。もう言わないよ、期待しない」
言いくるめるような言葉の裏に諦念の情を見つけたメーは、キッと眼差し険しくする。
「でも、お前のことはちゃんと見てるぞ!? 俺は!」
なぜか喧嘩腰で放たれた言葉に、磨智は一転して黙りこむ。
顔を赤くする彼女に、メーは不思議そうな顔をした。
「…それは、その…疑ってないけど…」
ようやくとでも言うような風情でそう吐き出して、磨智は小さく首をふる。
「…ともかく、疑ってないから、もういいんだよ。君は鈍いけど私も騒ぎすぎた。それでいいじゃない。
うん、仲直り仲直り」
強引に話をまとめられ、不満げな顔をするメー。
けれど。
「お前がそう言うなら…それでもいいけどよぉ…」
けれど、仲直りの一言には弱い。
ころりと機嫌を直してしまうほど、弱い。だから。
「…誰のためだと」
あさっての方向を見たまま、言い損ねた不満を吐き出した彼女に、さっそく気を取り直した彼は気付かなかった。
あとがき
本篇のどっかで緋那に指摘されてるんですけどね、着飾るのは誰のためだと。けど、きっと喉元すぎれば暑さ忘れてる気がするんです、メー。
ちなみにタイトルバーの元ネタは某わーるどいずまいん。世界で一番お姫様。…いや、彼女のおうぢさまはいつもと違う髪形は6割の確率でスル―して、靴に関しては見ての通り、私の一言には「うーあー、うん」みたいな3つの言葉で答えるんですけど。それでも磨智は彼が好き。
まあ、ともかくこの二人は一生このノリだと思います。だってほら、言うじゃないですか、馬鹿は死んでも治らないと。
2009/09/10