小さな小さな幸せをつみ上げていったなら、どこに辿り着けるだろうね
単純
「緋那」
そう言って呼ぶと、億劫そうに振り返られる。
億劫そうに、だけど、無視されることがないことが、とても幸福だと思う。
「なんの用だ」
「用じゃないけど。お茶、どう?」
「そうか、なら、皆よんできてくれないか?」
「…うん」
二人きりで、と付け足すことはできないけれど。
それでも、こうしていられることが幸せだと思う。
ささやかすぎると言うなかれ。…最初は無視されていたし、慣れてきてからも戯言と流されていたのだから、喜ぶのも仕方ないと思う。
「…そっちになにかあるのか?」
「え?」
「いや、窓の向こう見てたから、どうかしたのかと思って」
「…なにもない」
なにやらしみじみと遠くを見つめてしまっていたらしい僕は、慌てて首をふる。
なにしてるんだろうなあ、と嫌になる反面、そんな些細な変化を気にしてくれることに浮かれた気分になる。単純だ。
「ただ、いい天気だなと思って」
「そうか」
納得したように頷いて、彼女は台所へ向かった。お茶の準備をしにいくのだろう。…言いだしたのは僕なんだから、まかせてゆっくりしていればよいのに。
それでも、彼女は働いている方が好きなようだし。止めるのもためらわれる。というより、できない。嫌な顔されるのがオチだから。
放っておけば情けない方面に流れていきそうな思考を止める。そして、皆を呼ぶためにと階段に足をかけた、その時。
「ベム」
「なに?」
呼び止められて振り向く。
台所に向かったはずの彼女が来い来いと手まねきしていた。
「見ろ、咲いた」
「…ああ、本当だ」
咲いた、とは、リビングの窓から覗ける位置にある花壇のチューリップ。
昨日までは咲いていなかったそれは、今生き生きと花弁を開かせていた。
「花壇を増やして良かった」
「そうだね」
彼女が良かったというのは、生活に彩りが与えられるという点。
僕が良かったと思うのは、それを見る彼女が非常にうれしそうだという点。
口に出してそう言わないのは、経験で分かるから。貴女が嬉しそうだと僕も嬉しいとかそんな言葉は、彼女に厭われる。
分かっていても口に出してしまうことはまだあるけど、今は大丈夫。
「来年はもっと増やそうか」
「そうだな」
彼女が静かに笑う。静かな、見逃してしまいそうな笑み。
それを見るためなら花壇だろうが花時計だろうが作ってしまうと思う。
そうして口元をゆるめて、ハッとする。今、僕、来年言った。来年までこのままの関係なことを自然に前提にしてた…!
彼女が隣にいるならそれでいい―――のは、確かだけど。来年までなにも進展がないのはちょっと。色々と。悲しい。
「…なに変な顔してるんだ」
「変な顔なんてしてた?」
「ああ」
「…気の所為だよ。別に、なにもないから」
ごまかすように首をふる。
すると、彼女はふぅ、と息をついた。なんだか、安堵をおぼえたように。
「そうか―――良かった」
なんか変な顔色だったけど、具合が悪いとかじゃないんだな。
そう言って笑う彼女に、他意がないことを知っている。
出逢った直後よりは随分進歩したにしても、それが仲間に対する好意だと、もどかしいほどに知っている。
けれど、そんな風に心配されると、やっぱり嬉しくて。
来年までこのままでもいいかな、なんて恐ろしい考えも頭をもたげたりする。
…ああ、でも、こんな風に、小さなことでも積み上げていくのは、いい。
目的もなにもなかった昔には、決してなかった感覚だ。
だから、今は、これでもいい。
例えば貴女の笑顔とか、そんな素敵なものを積み上げて。
一体どこにたどり着けるのか、分からないけど。
そこに貴女がいればいいなと、それだけ願っているんだ。