西園寺竜臣の私室を評して書庫、と言い切ったのを聞いたことがある。
今まさに彼の部屋でぼんやりと本の山を見つめる慶などはナルホドと頷いたのだが、その言葉に反論した者もいた。
廃品回収車ならぬ、廃品回収部屋の間違いじゃないの、と。
本
竜臣の部屋は、本が多い。否、数そのものが多いというより、本が目立つと言った方が正確だ。飾り気のかの字もないような部屋にあるのは、ベッドと銃器と小さな冷蔵庫のみで非常に目立たない。
低い本棚をいくつも重ねて収納された本の数は、彼自身も把握していないのかもしれない。
その理由も至って簡単、彼の蔵書の殆どは、自ら買い求めたものではないのだ。
知人友人その他諸々。片っぱしからいらなくなった本は引き取ると豪語している所為だ。お陰で、娯楽雑誌とどこぞやの評論とレシピ本が一緒になっていたりすることもある。なにかと几帳面な彼は、こまめに整理しているのだけれども。
『んなに本が好きなわけ…?』
慶はかつてそう訊ねたことがある。
すると、彼は静かに「いや」と呟いた。
『普通に捨てられると勿体ねえだろ』
それを貧乏症、と言う気にはなれない。
彼の蔵書の殆どは、彼の部屋にとどまることはない。
読みながら、痛んでいれば補修をし。残しておきたい個所はメモをとり。そうして読み終えたものは、彼の馴染みの本屋へと持って行っているからだ。
無法地帯の『街』に教育機関はない。識字率も、慶のように外からやってきた者はともかく、元からここで生まれ、生きているような者の間ではあまり高くない。
だからただ本を捨てるのでは、燃料変わりに使われるのがオチだと言って、そうして、少しでも本が本として扱われる場所に持って行く。
街で生まれ、街で育った彼がそうする本当の理由は、慶には分からない。
小銭稼ぎかもしれないし、人助けなのかもしれないし、実はただ本当に本が好きなだけかもしれない。
ただ、スラム地帯から移動してきた彼は、生まれた場所から離れる気はないのだろうな、とそんな風に思う。
故郷など想像もしたことのない慶に、その感覚は少しだけ羨ましい気もする。あまりに想像の範疇を超えていて、どうでもいいとも思うのだけど。
ぼんやりと本の山を眺めていた彼は、そこまで考えぶんぶんと首を振る。
一つのことを長く考えると、頭が痛い。
ものの1分は全然長くねえだろと彼につっこんでくれるこの部屋の主は、今、少し外出中だ。留守番、というわけでは決してないのだけれど、慶は一人待っている。渡したいものがあると呼ばれたのに、それを渡す前に急ぎの用事で竜臣が呼びつけられた所為だ。
すぐに戻る、と言ってはいたのだが、こうして待っているのは退屈だ。退屈しのぎに色々と探して、盛大に部屋を散らかしてからと言うもの、決して荒らすなと言われているので、部屋をみるくらいしかやることがない。
あー、と意味もなく唸りながら、ぐるりと視線を巡らせる。
すると、棚の上に置かれた珍しいものを見つけた。
ビニールに覆われた、いかにも目新しい本。
「…買ったのかな」
珍しいなあ、と一人ごちて、床にすわったまま身を乗り出す。背の低いその棚から降ろしたそれは、幾冊かの本だ。
『ストレスを飼いならす500の方法』
『薄毛で悩むあなたに』
『今日から始められる髪の健康習慣』
慶は言葉を失い、その本達を見つめる。
けれど、裏表紙の育毛剤の写真は、なぜか直視することができなかった。
倉庫の鍵を探す事務の人間に、それを渡してから自室に戻った竜臣が見たのは、軽く涙ぐんでいる同僚だった。
彼に貰いものの菓子を渡すために待たせていたのは自分だが、なぜこんなことになっているのだろう。
何事だ、と声に出す前に、慶はがばっと顔を上げた。
「竜臣…オレ、もう言わないから…あんまり悩むとハゲるぞとかあんまり言わないから…!」
「は?」
「ごめ…本当、ごめん……!」
「いやお前、なんの話を」
してるんだ、と言い切る前に、がしっと手をつかまれる。
なんだ、この状況。
訊ねたいのは山々なれど、なにやらいたく反省しているらしい慶はこちらの言葉なんぞ欠片も聞いてはくれなそうだ。
「流とか遥霞からもたまに庇うから…!」
「…………?」
その顔に疑問符を浮かべる彼はなんとなく目線を巡らせる。
慶の足元には、数冊の本が散乱していた。
それを見て、胸の内だけで頷く。ああ、悩んでいると思われたわけか、と。
納得した彼は小さく溜息をつく。
これ、遥霞が持って来たもんだ―――ってえのは、言わなくともいいか。
なにかと暴走しがちな慶が、どんな形であれ反省しているというのは、彼の暴走に巻き込まれてはフォローに回る竜臣としては、少し気分の良いものだったから。
あとがき
本の名前とかは架空のものです。
「え?気にしてるかと思ってv」とかのたもうた上司がストレスの元なんですけどね…
2009/09/07