以前、家の場所は聞いていた。けど、そこにたどり着く前に見覚えのある茶髪を見つけた。
 なにやら食料品を買い込む彼女を呼びとめ、オレは白いリボンで飾られた包みを差し出す。
「はい、おかえし。2人分だから後で食べて」
 義理すら感じていないとか言われて半ば無視やり押し付けられたチョコレートだが、まぁ、お返しはしなければいけないだろう。
 オレはこの女と違って礼儀正しいのでにっこり笑って差し出してやる。
「あ、わざわざありがとうございます」
 存外素直に神宮舞華は頷いた。
「…いつもお世話になってるお礼だったから別に気にしなくともよかったんですけど」
「……へぇ……確かに美味しかったけどあの程度で君のオレへの借りを返せると思ったら大間違いだ」
 思わず声が低くなった。
 いや本当、もろもろも借りの数々はちょっとおしゃれなマカロンじゃごまかせないから。鈴の手作りとか聞いたけど、感心するだけで感動はしない。美味しかったけど。
「……まぁ……たしかにいつもちょおおおおっと成冶さんがぼろぼろになることがあったりしますが……………
 悪いと思ってます。3回に一度くらいは」
「へぇ。ところで舞華ちゃん。ちょっとの意味って知ってる? あ。ごめん知らないからそんなこと言うんだよね。無駄なことを聞いたなあ」
「…またあんたは低レベルにむかつくことを…!」
「君のレベルに会わせてあげてるつもりなんだけど?」
「はぁ!? ふざけんじゃ……」
 ないわよと言いたげだった口が、ぎゅっと閉じられる。
 平常心平常心とか言ってるけど、平常心保ててる人間は拳を握りしめない。こっちを殴りたそうな目で見ない。
「と…もかく、ありがとうございました! 精々大事に食べさせてもらいます」
「うん、そうして」
 なぜか挑むようにいう彼女に、オレはにっこりと笑う。
「オレの友人が楽しそうに作ったものだから」
 わあ。微妙な顔。
 嫌だけどむやみに嫌がるのもどうだろうっていうかなんでって言いたそうな顔。
 いつもいつも振り回されている身として、とっても胸がすく思いだ。
 ああ、わざわざ仕事定時で上げて来たかいがあるなあ。
「…なんであなたの友人が作ったものを? っていうか誰ですかそのよくわからない友人」
「君も何度か会ってるよ。谷川冬吾っていう、馬鹿な」
「馬鹿かどうかは知らないけどやかましい、あの?」
「そう」
「どうして?」
「一個ももらえなくてさみしかったけど。ホワイトディのお返しはしてみたかったらしいよ」
「…………へぇ」
 小さくつぶやいた舞華は、憐れみに満ちた目をしている。正直な女だ、本当に。
「あいつ、料理とかお菓子作りとか気持ち悪いほどうまいんだよね…。
 でもそれを発揮する相手がいないからお返しさせろとか言い出してさー。
 もう会ったころから彼女欲しいと呪いのようにつぶやいてるけどい試しがないし…。
 あわよくばこれを気にどっちかととか言ってたから、かわいそうだなあ。なら協力してやろかーって気持ちになって」
「…いやそんな壮絶にうざいことを言われても。
 っていうかかわいそうって顔してませんね成冶さん」
 性格悪いわねえ…などとまたまた正直なことをぬかす女は、ひとしきり顔をしかめた後、大きく息をつく。
「…なんか食べるの微妙な気持ちになりましたけど、…ありがとう?って伝えておいてください…?」
 だというのにころりとにっこり笑う辺り、それなりに器用でもあるかもしれない。器用と言うか、切り替えが早いことで。
 …しっかし。
「いや。それはちょっと。図に乗って鬱陶しいから伝えないでおくよ」
「そのくらいで図に乗るんですか…?」
 そりゃあもう盛大に。
 そしてなにかの間違いでこの女に言い寄ってしまったら谷川の顎辺りの無事が保障できないから生涯黙っておいてあげよう。
 ああ。オレ、優しいなあ。
 などと思っていると、妙に真剣な表情と出会う。…なんだ、いきなり。
「……そういえば成冶さん外面良くて喋らないでただ佇んでいたら人気だけはありそうですよね」
「その言葉そっくりそのまま君に返すよ」
「彼女とかいないんですか?」
 こちらの言葉をまったく気にせずに、問いかける舞華。
 …そういうの好きだよなぁ。この女。
「うん、いないよ。面倒だし」
 学生時代で残っている友人は不本意だからアレだけみたいなものだけど、いまも女も男も一応友達…つーか軽くしゃべる程度の相手には事欠かないから。作るのは面倒じゃないけど。
 維持するのはとっても面倒だ。
 彼女を作ってそれなりのことをしたい欲求はある。しかし、それを解消するためだけと割り切るのもとても面倒だ。
 以前は少しいたが、ともかく面倒だ。
「面倒、ですか?」
「話していて面白いと思う相手も特にいないしねえ…」
 かといって、出会ってすぐにあれこれをしたいとも思わないし。それなら紙面の女で十分だし。
 …出会って2年近くたっても、ちっともさっぱり完膚無きまでにそそられない女もいることだし、男心もそれなりに複雑なのだ。
 至極まっとうなことを言ったつもりだが、彼女はくすくすと笑った。
「…なんか、枯れた意見ですね」
 おかしそうに笑う顔がなんとなく癪に障る。
 なにその年よりを見るような眼。オレ君と同じ年なんだけど。
「無駄に時間をとられるの嫌だし」
 少しむっとして、思わず見栄をはる。
「ほら、美人見たければ鏡見ればいいし?」
 見栄の延長で口に出した言葉に、彼女は非常に気持ち悪いものをみるような顔をした。
 落ちる沈黙。積もる気まずさ。そこは笑い飛ばすところだろう。つっかかってくるところだろう。
 オレは気をとりなおし、咳払いをする。
「……冗談だよ」
「いえ冗談に聞こえないわー……」
「鏡みてうっとりする趣味はないよ、オレ」
「でも…ちょっとありそうなんだもの」
 ねぇよ。気味悪げに言うなよ。
 それなりに容貌が整っていると自負しているが、そこまでじゃねーよ。
「…本当、君は失礼なガキだね」
「人のことガキって言う方がガキでしょう!?」
 ガキ云われるのが嫌なら、きゃいきゃいと言い返すのは止めたらいいのに。
 言い返さずに、小さく息をつく。
 指摘してもきゃいきゃい騒がれるだろうと思う程度に、オレは大人のつもりだから。

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 今更ホワイトディです。おもいついちゃったんだから仕方ない。…すみません間に合わなかったんですでもやりたかったんです。
 ついでになんだかんだで色々仲がいいような行動さえしている2人ですが、付き合ったりはまったくちっともさっぱりしないと思います。
 友達の友達だからかろうじてうまくいくような、微妙な関係。
 二人で会っていても根本に鈴がいなきゃ普通に会わなくなっていただろう、そんな関係です。
2011/04/11