帰り道、世間で噂というか世間で夜間の外出を控えるようにといわれる理由の魔物に会ってしまった。
 ついでにしとめてしまった。決定打、俺じゃないが。
 そうするととてもとても不本意だが、事情を聞かれなければいけない。
 やましいことはなにもないが、実に面倒だった。いや本当、面倒だった。
 取り調べ室を出て、ごきりと肩を鳴らす。別にこってはいないが、気分がこった。すごいこった。
 さてとっとと帰る…前に、どうしたかな。あの二人。
 なんか、舞華とかいう小さいのと。鈴とかいう長いの。
 せめて家が近いといいんだが、なんて思いつつ、廊下の角を曲がる。合成皮張りのソファに足をそろえて腰掛ける、長い髪が印象的な少女がいる。どうしたかね、と気にしていた少女の片割れがいる。
 足もとに応じるように顔を上げる少女は、静かにこちらを見つめてきた。
「お疲れ様です」
「うん。君もお疲れ様。災難だったな。お互い」
 見下ろしているのもなんだし、隣に座る。
 幸い十分な幅のあるソファなので、隣といっても別に近くはない。
 けれど、静かな廊下で、声はよく響いた。
「…あの子、まだ帰ってきてないのか」
「そのようだ。私もつい今しがた終わったところですし」
 それもそうか。なんたって第一発見者だし。…あの子、話長くしそうだし。
 なんで同じことを聞くんだとか、どうしよもないことを聞きそうだ。
 あっちだって聞きたくて聞いてるんじゃないらしいけどな。俺、立ち会うだけだったけど。
 …いやそんなことより。
 多少長引いても、そうかからないんだろうから、車呼ぶための電話でもしとくべきだと思うが。ギリギリだろうからな、営業時間。
 と。そんなことを考えて、ふと嫌な予感がした。
「…須堂さん。君、車呼ばないのか?」
「そりゃ近くだから」
 真顔で言われると頭が痛い。
 警軍に送らせる予定だから、とかを期待したんだが。
 でもな、警軍の車はそこそこ目立つからな。乗りたくない気持ちはわからなくもない。
 …つーかむしろ警軍で呼んどけよ。と。呼ぶの抜けるくらい忙しくなっていることも、予想できるから、言えない。
 …いや。そんなことより。
「近くってどのあたり」
「ここから歩いて…40分くらい、ですかね」
「どっちの方向に」
「…? 南にのぼる方、だが?」
 真面目に、ごくごく真面目に、固さすら感じる表情で彼女は言う。
 頭の中に浮かんだ地図は、あまり面白くない結果を描く。
 いや。それはなにもなければ歩いてもなにも危なくないが。そう物騒な通りにはいかないだろうが。
 …今は、そちらの方が。危ないかもしれないと。今までそういう話をしなかったのかこいつは。
「それは…呼びなさい」
「なぜ」
「なぜって君…今まで何の話をしてたんだ…」
「あの合成魔獣の話だけど、だから。なぜ。私も相棒もそれを倒す職業なの、説明したじゃないか」
「…そりゃそうだけどな…」
 いや本当、そうなんだけどな。そうだけどよ。
 …そうだけどよ。
「だがアレのエモノが若い女なのは間違いないんだ。ちっとは警戒しとけ」
 すると少女は驚いたような顔をして。一つ小さく頷いて。
 やけにほがらかに、にこりと笑う。
「…あなたはいい人だな」
「……」
 なんか、大丈夫なんだろうか、この子。
 とっさにそんな言葉が浮かぶような、やけに幼げな笑顔だった。変にあけっぴろげというか。容貌物腰に似合わない顔だ。
 …なんとなく浮世離れした子供だな。……あの腕ならそこそこ修羅場くぐったんだろうから、それも当たり前なんだろうが。
「今日のことを含め、そのうちちゃんとお礼をしたい。なにかお菓子的なモノをもっていってもよいだろうか」
 けれど、微妙に。
 微妙にこれを放っておくとやばいんじゃないか、などと。
 頭のどこかで警鐘が鳴る。
 同じくらいの大きさで、関わるとなんかいいことなさそうだな、と。警鐘がなっている。
「礼言われるようなことはしてないよ」
 うるさい頭に気をとられつつも、とりあえず主張だけしておく。
 けれど彼女は、なおも素直な調子で続ける。
「舞華を守ってくれたじゃないか」
「……元々それが仕事だからな。俺」
「そうか」
 返るのは、本当に素直な反応。
 それが反転するときのことが次々と蘇る。

 住人の死体。
 守れたもの。守れなかったもの。
 とりこぼしたもの。もどらないもの。
 なじられること。
 なじられずとも、心に刺さること。
 子供の死体。
 弱くなっていく嗚咽。
 冷たい。償いようのない、冷たい結果。
 そんなものしか、残らないという錯覚。

 …ああ、俺は。
「…須堂さん」
 もう二度とそれを味わいたくなくて。警軍を辞めたのに。
「今は喫茶店をしている。礼をいいたいならぜひそっちに来てほしいな」
 もう二度と味わいたくないから、剣をおくことができないでいる。
「そうなのか」
 苦い感覚で吐いた言葉に、須藤譲は意外そうな顔をした。
 似合わないって言いたげな顔だった。とても慣れた反応だ。
「それはいいな。ぜひ伺う。でも、一つだけお願いを」
「ん、なんだ?」
 手帳に店の場所を書きつけていた手を止める。
 そうして目が合った少女は、もう笑ってはおらず。ただ、最初より幾分柔らかい顔で言ってくる。
「その、姓で呼ばれるの苦手でな。私のことは名前で呼んでほしい」
「じゃあ、鈴ちゃん」
「いや。別に呼び捨てでいいんだが」
「そうか。じゃあ俺もそれでいいよ。…じゃあ鈴。本当になにも気にしないでいいから。ちゃんと気を抜かず警戒しとけ」
「…ありがとう」
 いやそこは、ありがとうより分かったといってほしいモノなのだが。
 何かを諦めたような気持で、鈴を見やる。

 とても慣れたものを見ている感覚が、ひどく胸を重くした。

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月夜に入れようと思って入れなかった話。リハビリがてらかいといた。呼び方のお話です。なお舞華はこの後じゃあ私もーと似たようなやり取りをするのさ。
兄は子供は夜には安全に気を遣うべきだと思ってる。弟は女の子はちっとあ色々警戒しやがれとはらはらしている。基本的に割と固い。でもたぶん二人とも「こいつら野生動物の一種だからそういった気遣いは…いや、変なのにからまれるから、一層の警戒を…?」とか子供とか女とか関係ない目線で心配してる。