馬鹿の馬鹿による馬鹿のための祭典だった山狩りの次の日。
 馬鹿をキャッチしていた女こと須堂鈴は仕事帰りのオレを捕まえるなりこう言った。
「お前またロクなもん食ってないだろ。食え。肉とか野菜とかを」
 その姿を数名に見られたオレが死ねとかいわれまくったことは、まあ。語るまでもないだろう。
 ……そういう関係では、間違ってもないんだけどねえ。
 間違っても、ないけれど………
 ああ、でも。
 彼女を―――…彼女の力を知った時のその感覚は。
 まるで恋と言ってもいいのかもしれない。

恋に似ている

 勝手にオレの手をとった女は、やっぱり勝手に隣を歩いている。
 マイペースというか、なんというか。…唐突というか。世話やきというか。
 鬱陶しいことこの上ないけれど、この少女にあまりきついことばをなげかけるのは…気が引ける。
 恋や愛ではなく、気が引ける。全然気にしないから、あほらしくって。
「ねえ、鈴ちゃん。オレ、休むために拉致られてるんだよね、なぜか」
「…だってお前、また1人になったら家帰っても研究すすめようとするんだろ」
「……さあ。寝るよ、とりあえずは」
 ああ、以前、休日のすごしかたなんて喋ったのは悪かったなあ。
 鬱陶しさをこらえてとりあえず笑顔。
 それでも彼女はこちらをびしりと指差してきた。…自分が指差すのはいいのかよ。
「そんなんだからいつ会っても顔色が悪いんだ。
 んなにもやしだとその内倒れる」
 そんなにもやしじゃないんだけどねえ。これでも。
 少なくとも、周りに比べれば。かなり。
 それでも彼女に比べればそりゃあ弱いわけで、素直に頷いておいた。そして、本題。
「……いやそれはいいけどさあ。なんでオレの実家…いや兄貴んとこに向かってるの君……」
「…家族はマメに顔を合わせるものなんだろう?」
「家族の形にも色々あるよ。オレとあの馬鹿は結構他人の関係だから」
「…心にもないことをいうのはよくない」
 ぴたり、と足音が止まる。
 立ち止まった鈴は、ごくごく真面目な顔でこちらを見てくる。
「本当に馬鹿でなにも心配してないなら、何であの時あんなに必死になったんだ。
 お前、ものすごく心配しているだろう。あの人を。素直にそう伝えればいいんじゃないのか?」
 …こいつは。こんな風なことをアホのようにまっすぐに言うから。
 オレのことはほうっておいてくれると、もっといいのだが。
「…男の子はそう簡単にもいかないの。」
 まあ、そんなんが理由ではないけれど。
 そういうことをいうと、鈴はひく。案の定「そうか」と頷いて、それ以上何も言わない。
 こういうところは相棒よりかは扱いやすいんだけどな相棒よりはな。
「…しかし君こそ休むべきじゃないの。あんなアホの祭典に関わったりして。気疲れしない?」
 しかも相棒はあれだし。
 あげく相棒があれだし。
 なんたって相棒があれだ。
 オレだったら人生を悲観する。あんなんと一緒に暮らしていたら。
「…いや。別に。疲れない。少し素人おっかけた程度で。…逆になぜだ?」
「…いや。君には愚問ってやつだったね」
 変態見てぐんなりとか、うるさい馬鹿が嫌とかないか。
 クールって言うか無頓着というか。…これはこれでアホというか。
「そうだね…そもそも本気のほの字もだしてないわけだしね、君…」
 なんとなくうんざりと呟く。
 そうだな、と当たり前のように頷く彼女は、少し眼差しを遠くした。
「…そんな必要なにもなかったし…
 組合の魔術師に手のうちはさらすなと言われているから」
 やっぱり当たり前のように、なんてことないように。
 1人ごとめいた呟きに、少し言葉を忘れる。
 …なんでそれをオレにいってしまうかな。この馬鹿は。
「……オレ、組合の魔術師だよ」
 彼女にその忠告をした人間は検討がつく。彼女の養父だ。
 その意味も、オレはよくわかる。
 …けれど。
「だって成冶は友達だろう。何を知られても困ることはない」
 けれど、こいつには、ちっともわかっていない。
「……そう」
 魔術組合に入るな…いや、関わるなと願った養父の気持ち。
 娘が幸せに―――穏やかに過ごすことを願ったその気持ち。
「…それは光栄だね」
 適当に呟くオレに、彼女は少し嬉しそうに笑った。
 毒気のない、子供の…幼子のような表情だ。
 思い出すのは、つい先日知った彼女の異能。高い魔力に、優秀なコントロール。そんなのを超えた彼女の異能。
 本来知り得ぬことを、夢の中で知る。
 彼女にある、そんな本当の意味での異能を知らされたあの後―――彼女の養父はわざわざオレ伝えてきた。

 彼女の実家である店に、ぶらりと足を運んだその時。
『…相崎君』
 別に彼女の話をしにきたわけじゃないのに、彼女の養父は切りだした。
 いつも通りの仏頂面で、軽い口調で。
『古い言い伝えだ。魔術師は身体の一部をあえて損なうことで魔力が高まる―――この世ならざる場所と伝わると考えた』
 そんなものは知っていますよ、と答えた。
『相崎君、あの子はな。ある意味それを実行させられていたんだ』
 そのことも知ってしまいました、とは言えなかった。
『鈴はな…あれは』
 けれど黙っているしかできなかったから、彼は続けた。
『真っ当な世界をみる目をうばわれるように。それに不平をいう声をうばわれるように。外を求める足をうばわれるように。ほしいものを求める手をうばわれるように。
 そんな風に閉じ籠められて、生きてきた娘だ。それでも1人、ずっと傍らにいてくれたものがいるらしいが、…それでも、たった二人きりの世界に閉じ込められた娘だ』
 五体満足でも限られた場所でしか動かせなければ意味はないだろう。
 閉じ籠めて他との交流をうばい去り。できあがったのは、どこを動かしたところで他者に何も伝えられない孤独な娘。
『その唯一傍にいた者が、命がけであの子を逃がした。
 そうして、私が拾った』
 ならば、その唯一とやらを失って、彼女はようやく手脚を取り戻した。
『拾って、育てた。…あの子がどう思っているかはしらないが、私は我が子だと思っているよ。
 だからあの子を魔術師にしたくなかった。…そんなものにして自分の力をつきつめてしまったら、いったいなにを欲しがるかわからない』
 なんでそれをオレに言うんですか。
 ようやく絞り出せたのは、そんな言葉だった気がする。
『…今日ここにきた君が、その話を聞きたそうに見えたからな』
 そうだろう。否定はしない。
 その話をしにきたわけじゃないけど、聞きたくはあった。
 そのことが分かるなら、理由だって悟っているだろうに。
 好奇心のためだと彼にはきっと分かっているだろうに。
『君はこの上なく研究者である魔術師だが―――……。まあ、それだけでもないようだからな』
 オレは答えない。答えられない。
『アレは妻に似てアホな子になってしまってな…。…少しくらい賢い友達がいないと、心配でしかたない』
 言って意地悪く笑ったあの人は、きっとこの業を知っている。
 彼自身で飼っているわけでは、ないだろう。
 そんなものがあったら、警軍を止めない。
 そんなものがあったら――――合法的に自分の才能を試せる場所から、離れない。自分の力を持って作ったものをひとに売って満足するなど、そんなものじゃ足りない。
 だから、見て。聞いて。知っているだけだ。

 オレが散々文句を言って、誤解を買って。
 それでも須堂鈴に関わりたい、その理由。
 彼女の異能を知るより前―――彼女が術を使う姿を見た、その瞬間から囚われたその感覚。

 彼女と少し歩いていたその時、魔物に襲われた。
 オレは当然、自分の身を守ろうとした。
 けれど、それよりも早く。何よりも早く、彼女が動いた。
 否、動いてなんていない。ただ二三、呟いただけ。
 呪式というよりは、ただの呼びかけ。
 それだけで、身の丈よりはるかに大きな魔物を仕留めてみせた。
 細い指先がほんの少し動いただけで、途方もないほどの魔力が操られているのが分かった。

『…顔色が悪い。申し訳ない。このような状況に慣れていない人だったのか』
 その時も、そんな風に心配した彼女にただ大丈夫だと答えた。
 凄惨な魔物の死体なんて、多分彼女よりみてる。それを嬉々としてばらして、少しでも知識を蓄えるのが魔術師だ。
 なのにせわしい心臓を黙って押さえて、それでも笑った。
『……なら、よかった』
 安堵したように笑ったその顔は、今浮かべているそれと同じものだったんだろう。
 少しでも信用した人間の悪意に気付けない、無防備な表情なんだろう。

 術を使う彼女を初めて見た時、感じたのは。
 胸が焼けるほどの嫉妬と、焦燥と。
 この才の果てをみたいという、おさえきれない欲求。

 そのことに胸を騒がせる魔術師に、あの頃から彼女はただ善意で接しているから―――……

 少し前と、何年か前。
 ゆっくりと思いだした記憶に溜息をついて、彼女に呟く。
「…友人としていうけど。君、もう少し慎重に生きたほうがいいよ」
「……なんだ、いきなり」
 親切を装った忠告の意味に、彼女は気付かない。
 オレも気付かせる気はなく。軽く笑って続ける。
「今日みたいに思いついたら即実行!なんて繰り返してたらそのうち舞華ちゃんみたいになるよ」
「それは……ちょっと嫌だな」
「オレは大いに嫌」
「…気をつけよう」
 そうして大いに嫌になっても、オレはたぶんこの少女に関わることを望むのだろう。
 性格なんてどうでもいい。この娘が今まで通りの才をふるうのなら、いつまでも。
「…でも、今回のは考えても同じだ。とっとといこう」
「…そーだね。たまにはいいね」
 言葉通り足を速くする彼女の背中を、そっと眺める。
 すっと伸びたその体は、単なる少女の体。
 しなやかなその姿はとても綺麗で、それでも欲の欠片も感じやしない。
 しかし、たまに胸をかすめる感情は。もしかしたらとても恋に似ている。

『……魔術師は変態か性悪しかいないの…?』

 ほんの少し前に聞いた、舞華の言葉が甦る。
 甦って、どうしよもなく笑ってしまう。
「…魔術師は」
 続きを呟かないまま、少し前を行く背中に追いつく。
 隣に来たオレに、彼女は何の反応も示さなかった。

 ―――魔術師は、業の深い生き物だ。

 浮かんだ言葉を胸の中だけにしまって、オレは黙って彼女の隣を歩いた。

目次




 鈴が成冶にむけているのは友情。真っ当な穏やかな感情。
 成冶が鈴に向けているのも友情。しかし上回る嫉妬。ちらつく好奇心というよりは「珍しい実験動物を見る目」
 けどそんな自分が嫌だから成冶は鈴に少し優しい。そんな彼を薄らぼんやり悟っているから舞華はきゃんきゃんつっかかる。
 まあなんだかんだで「好奇心」だけなら、色々と心配はしないのでしょうけどねと言う話。自分より優秀な女とくっつくことは、絶対ありえない人だけれども。  2012/09/08