ざくざくと森の中を歩く。
歩いているだけなんだけど、なんか後ろの方でめっちゃ苦しげな息が聞こえる。
「…無理してついてこなくてもいいんですよ?」
まじで布団にダイブ5秒前みたいな顔色の人達は、こっくりと頷いた。
もはや声もないその様子は、もう心底病人だった。
―――で、そういうことなら二人でとっとと探そうか、ってことになって。
「舞華ちゃん」
「なに」
後ろからかけられた声に、とりあえず振り向いてみた。
「何度も言うけど君の軽くは軽くないから。もう撫でるくらいの勢いで取り組んでね」
死にかけ集団の護衛こと成冶さんは、なんかものすっごく厳しい顔をしていた。
「あなた私をなんだと思ってるんですか」
「事故とはいえオレをガケからけり落とし仕方ないとはいえ強盗からの盾にしうっかり殴られたその日は手の平にヒビはいってた女だよ…!」
「………、…………。…すぎたことはしかたないじゃない?」
「オレの目を見て喋ってみろよ」
無理ですよ。さすがに心痛んでいるから。
口に出さぬまま、すすうっと顔をそむける。
…でも、だって。成冶さん、あれで頑丈だし。
殴ってしまった時は、…あの人がアホみたいなやつをかばう所為で…………、……でも、悪かったけど。
「…反省してるなら素直に謝れ」
「あ、謝った、けど。…あれだし」
「でも、お前が全面的に悪いだろう」
「……あーもう分かったわよ! 今回は本気で本気の全力で子猫を抱くような気持ちの手加減をしてやろうじゃない!?」
「頑張れ」
「確約して! 精神論は駄目だ! 君の精神論は! 駄目絶対!」
「なによ信用ないわね!」
「知人がまかり間違って死んじまったらどうするんだよ!」
「死なないわよ! たぶん! ―――ああもういくわよ! とっとと! いちいちねちっこいのよ成冶さん」
「だから、君―――」
何事か続けたそうなその声が、ぴたりと止まる。とまるというよりは、遮られる。
遮られるというよりは、私の耳に届かない。
がっと鈍い音と共に、また髪の毛をいくつか持っていかれる感覚。
じんじんと痛むのは、とっさにかばった頭よりも、なんかこう、精神的な場所だ。
「……あらためてみるときっついな」
「……………ああ……はじめてみるとなおきつい」
「二人でしみじみとしないで! 追うわよ!」
答えを待たずに走りだす。
ついてきた足音は、意外にも二つだった。
「っていうかなんであんなにはねてるの!?」
「猫耳だからじゃないの」
走りながらぼやく。
答える声は死ぬほどやる気ななくて腹がたつけど、今はそれより。
「あとさっきから私なんでこづかれるわけ!?」
「あー。君見た目だけはそれなりに良いんだし。残ってるんじゃない、女の子にかまわれたかった本能」
あんまり目にいれたくないなんか黒いのは、走れば走るだけ近づく。
…く。近くで見るとなんて暴力。
「うわ適当! そういうことはその『まじいい気味』って顔しまって言いなさいよ!?」
「想ってない思ってない。被害妄想だよ、舞華ちゃん」
腹立つ言葉につっこみたいのを押さえて、本格的に走る。
そんなに長くみててたまるか、こんなもん!
「鈴、よろしく」
「ああ」
例のごとく黙っていた相棒に、一言だけ残して。そのまま助走をつけ、思い切り地面を蹴る。
それだけでは、ただ少し飛ぶだけれども。
まとわせた風の呪文のおかげで、ふわり、と身体がういて、空にうく。
そう、木につかまっているそれより、高く。
目が合う一瞬。走る悪寒。こもりそうな力を押さえて、軽く棒をふる。
すこらーん。
なんだかむやみにいい音をたてて、なんか怖い恰好の変態は落ちて行った。
…ぶんなぐられて落ちた管轄違いの同僚こと滝に、怪我はなかった。
そう、確かに、怪我らしい怪我はない。正気にかえってからの心の傷はしらんけど。…しっかし。
「……鈴ちゃんがちゃんと呪文つかって受け止めなきゃ、滝大けがしてるところなんだけど」
「だから、頼んだじゃない。…それに、成冶さんだっているし。大丈夫大丈夫」
「軽い!」
ぱたぱたと手をふるな。反省の色が見えない。
あげく頬をふくらませた舞華は、こちらをびしりと指差す。
「なによあなただってお兄さんに似たようなことするくせに」
「う」
それはあの人なんか大丈夫そうで。
喉元まで出かかった言葉をそっと呑み込む。嫌だ、こいつと同類は嫌だ! すっげえいやだ。
「成冶の言うことはもっともだが。…私は落とさない」
……そりゃそうだろうけどね。
そりゃそうなんだけど君がそんなんだからコレがこんなんなんだよ。
色々と疲れて、溜息をつく。
ちらと伺った後ろでは、目覚めた滝(すっげえ茫然としてる)を囲んで、さらに疲れる光景。
「――――感動した!」
いや。それは止めろよ。
オレはお前らと違って感動じゃないものでむせびなきたいよ。
「そこまでして夢を追い求める姿、男の中の男だー!」
男の中の男がする恰好じゃなかっただろう。
全裸で出てこられるより公衆の毒だよ。
既に失神者が三人でてるじゃねえか。
突っ込むのも億劫で、溜息を繰り返す。
ああ、徹夜明けのテンションこえー。
まじこえー。もうこいつら箸転がっても泣くもん。もう何言ってるか分かってないもん…。
「…魔術師が変態と性悪しかいない、は保留する…」
わっしょいわっしょいとなんか盛り上がりはじめた壊れかけ集団を横目に、ぽつりと言う舞華。
「でも、成冶さんの周り、変なのばっか」
…言い返せない。この状況では、なにも。
悔しいけど、なにも。言葉が出てこない。
「…楽しそうでいいじゃないか」
「鈴の目は節穴なの?」
「仲がいいのは、いいことなんだろう?」
きょとんとボケたことを言う彼女にも、つっこむ気力は湧かない。
何が疲れるって、これでオレの休日は潰れたことだよな。
ふう、と息をつく。
溜息というよりは、あくびだったと思う。
ふっとうかんだ話なのでふっと終わります。最初から最後までアホな話。
成冶の周りは変なのばっかです。ほら、類とも類とも。
2012/08/18