なにもない場所を睨むその瞳が、ひどく美しいと思った。
唯一、美しいと思った。
生まれた時から、違和感がまとわりついていた。
つまらない。
気味が悪い。
自分の生きる里に、違和感と嫌悪を抱いていた。
けれど、そう訴えることをしなかったのは、すぐに悟ったから。
つまらなくて気味が悪くて意味がない。
そんな世界でなければ、自分は生きていくことはできぬのだろう、と。
ぼんやりと、そんな風に、悟っていたから。
それから、退屈は苦しさを覚えるほどのものではなくなった。
苦しくはないが――――面倒ではあった。退屈は退屈のまま、残った。
暇つぶしの道具を求める程度に、残っていた。
あの女も、それの一つ。
戸惑ったような声を思い出しながら、男は思う。
拾い上げた昔と同じような、間抜けな声で、間抜けな顔だった。
あんな顔のためには、死にたくはない。
ただ、刃を向けてきたあの時。それだけだと叫んだあの時。
焼けつくような憎悪を湛えたあの顔のためになら、別に死んでも良かった。
あの顔を見たい。引き出したい。己のためだけに。
それが、暇つぶしだった。彼女に対する遊戯だった。
くだらぬ里での、くだらぬ賭け。何も持たぬ身だから、かけ金は命で。
もしもお前が勝ったなら。
お前の憎む全てと共に、消えてやろう。
ずっと、そう思っていた。
愛していたわけではない。けれど、愛着はあった。疎ましかったわけではない。ただ、不満はあった。
少し傍に置いてみたら、安堵したように笑うのが、つまらなかった。
そもそも、愛おしいとか疎ましいとか、そんな。世に語られる言葉で納得できる心ではなかった。
ただ、ただ。
美しいから手元に置きたかった。近くで、見ていたかった。
「……優羽実」
ぽつり、と名を呼ぶ。特に意味もなく、名前を。今となっては彼しか呼ばぬ、その名を。
見ていたかったから、あの女に生来与えられていた名を捨てさせた。ずっと見ていたから、知っていた。あの女の母がその名前にこめた願いを知っていたから、そうして。
だから羽などむしりとって、傍に。
おいておこうと、思っていた。
けれど、それだけでは。
あの女は、いつだって。自分以外の生きがいをするりと見つけるから。
だから。だから。
この里が、あの娘が、否、全てが邪魔だと、いつからか思っていた。
床を指で撫ぜて、描くのは術を操るための呪。声ではなく文字で、力を操る。
あの女が巡らせた力を利用して、自分のものを上乗せする。あの女の術のくせなど、魔力の流れなど。目を閉じても覚えているから、たやすい。
この部屋を始め、屋敷全体に巡る、足止めのための力。その力を、ゆがめる。
「……最後まで……」
最後までこんな甘い術をかけた女は、知りやしないのだろう。
消えるのは、あの女の憎む全てと共にと。決めていたことを、知らないのだろう。
「…馬鹿な女」
もっとも―――
その馬鹿な女の、ひどく恨みがましい瞳が。その瞳だけが美しいと思っていた己も、愚かではあるのだろうけれども。
そう思ったのが、最後。
ごほり、と小さくせき込む男は、口元を濡らす赤に、凍えていく体温に、何も思わない。
ただ、ただ。
中途半端な位置に空いた穴に手を這わせ、満足げに笑い、瞼を閉じる。
「…あい」
瞼の裏に欲した眼差しをやきつけて、己の与えた名を呼んだ。
届くことなどないであろう名を、そっと。意味もなく口ずさむ。
ことん、と。
床に落ちた指先は、今度こそ2度と動かない。
炎に舐められる屋敷の中、男は1人、笑みを浮かべ続けていた。
彼は結構真面目に藍が好きだったと思います。激しくだからどうしたみたいな感じではありますが。
想いはそこそこに真っ直ぐだけれど、元から性根と言うか色々曲がっていたから真っ直ぐとはいかなかったわけで。
最初から真っ当な表現ができないつー意味ではまあかわいそうと言えばかわいそうですが。揺籃歌はある意味この人の一人勝ちの話しでもあるんですよね。
私の好きな本の中で、幸せになるには人間止めればいいって書いてる台詞があるんですけど。まあ、そんな感じです。
2012/01/18