早朝の校庭に、白い線が引かれていく。
着々と出来上がっていく競技場は、体育祭に備えてられたステージだ。
ラインの引かれた校庭。
校庭に引かれていく白い線を廊下から眺めながら芽以はキラキラと目を輝かせる。とても楽しそうだ。
「…メーは普段の授業もそのくらい積極的にやっていれば、あの真っ赤な答案とおさらばできると思います」
「だってねむぃじゃん、ガッコの授業」
「理解しようとしていなければ、そりゃ眠いでしょうよ…」
髪を一本に束ねつつ呆れた顔で風矢。
女顔と言おうものならすさまじく怒るくせにその髪型を貫く彼の胸の内は不明である。
「体育祭はいいよなあ。机に座ってなくていいもん」
うきうきというオトマペが見えそうなほど顔を輝かせる芽以。
風矢は再度呆れたように溜息をつきながらも、彼にならって窓による。同様に白い線を見るその目は、体育がとりえの赤点問題児ほどではないけれど、輝いているようにも見えた。
「ねえ、風矢君。学ラン貸して?」
そんな二人の背後から、聞き覚えのある声がかかる。
聞き覚えのある、けれどここで聞くのは少し違和感のある声にそろって振り向くその姿とかが喧嘩しまくってるわりに仲がいいと言われる所以である。
「磨智お前なにしてんの? 準備とかしなくていいのか?」
お前、一応応援団してないっけ? 首を傾げる芽以。
風矢もそれに同意するように頷く。
「うん、だからなるべく早く戻りたい。けど、学ランがなくてね…。今日着るんだけどさ」
「…そういうことはもっと早く言ってくれないと…」
「だって急に駄目になったの…貸してくれるはずの子、久々に制服出そうとしたら出すにだせなかったんだって。他のものが邪魔で」
「…どういう状況だよ、それ」
「さあ?ずぼらだったんじゃないの?
ともかく困ってるから、貸して? クラスの子のは皆貸し出されてるんだよ…。うち、女の子の方が多いし…。君のじゃ長ランになっちゃいそうだけど、他に学ラン貸してくれそうなのもいないし」
不思議そうな顔をする芽以を無視して、磨智はパンと手を合わせる。
風矢はそれに困ったような顔をした。
「…だから、もっと早く言ってくれないと、と言ったでしょう…」
どこか赤い顔でそう呟く風矢に、二人は顔を見合わせる。
「…お前に借りるヤツいたの!? うちのクラスそういうことしないのに!?」
「うわあ。モノ好き…でもないか、それなりに親切ではあるしね。顔もいいしね。…でも、貸すと思わなかった…」
「あんたら僕のことなんだと思ってんですか!?」
「むやみにえらそーでむかつく奴」
「エセ常識人で紳士もどき。あと甘いもん食いまくってるくせに太らない妬ましいヒト」
「声揃えて不名誉なこと言わないでくださいっ」
吠える風矢。けれど、二人はまったく悪びれた様子などない。
その態度に彼が再び文句を言おうと口を開いた、その時。
「磨智。学ラン探してるそうだな」
突然かけられた声に、3人はびくりと肩をはねさせる。
驚いた―――というよりは、その声に宿る妙に嬉しそうな響きがなんとなく怖かったから。
「…緋那…どーしたの…ここ、二年の教室だけど」
理由も分からぬままに脅え気味に問う磨智。
緋那はにっこりと笑った。
清々しい笑顔。けれど、どこか怖い。なぜか怖い。そう、なぜか―――キレた時の表情にしか見えないくて。
「これを貸そう。押し付ける相手がいなくてな、困っていたところだ」
「押し付けるって、お前…」
「なんかその言い方でもう分かったようなもんだけど…誰の、これ」
「名前言いたくない」
「弘修さんなんだ…?」
「弘修なんだな…」
「分かってるなら聞くな」
重々しく頷く緋那に、一同は言葉を失う。貸した上着を拒否されるだけでなく、他の人に貸し出される―――不憫だ、あまりに不憫だ。
「私は絶対着たくない。だがあいつは受け取らない。お前が着ろ。それで解決だ」
「え、やだよ、あんなの!」
『あんなの!?』
あんまりな表現に声をそろえる芽以と風矢。
緋那は困ったように顔をしかめた。
「その気持ちは胃が痛いほど分かる…だが、人助けだと思って」
「やだよ…他の当てで探すよ…」
「…そうか」
ならお前に無理はさせられないな、呟いて、緋那はくるりと振り向く。黙って成り行きを見守っていた、風矢の方へ。
「お前、あいつと仲が良かったな。返してきてくれ」
「はい!?」
「頼んだぞ」
言いきって、有無言わせず学ランを押し付ける緋那。
モノ言いたげな顔をする風矢だったが、受け取るしかなかった。彼女の顔が非常に真剣で、なんか怖かったから。
じゃ、とクールに去っていく先輩を見つめ、彼は思った。
体育祭が始まる前から、勝負って始まってるんだなあ…と。
校庭にひかれる白いラインとはまた違ったラインが、目に見えた気がした。
●お・ま・け♪
緋那を見送った芽以は、ぽつりと呟く。
「俺が学ランなら良かったんだよなぁ…」
その何気ない一言に、磨智は大きく目を瞠った。
そして、ぷいと顔を逸らす。
「なに勝手なこと言ってんの。君のなんてヤダよ。手入れ悪そう」
「…お前…ヒトが折角貸すっつってんのになんだその態度…!」
「事実貸してくれないんだから、意味ないでしょ。…ネクタイ結ぶのも一苦労だったくせにブレザーなんて選ぶから悪いんじゃん、メー君の馬鹿ー」
「ヒトの親切に馬鹿はねえだろ、お前!」
なおも顔をそむけたままの磨智にかみつくように芽以。
そのやり取りに、風矢は深い深い溜息をついた。
「…よそでいちゃついてください。鬱陶しい」
その言葉に、芽以は見る見るうちに顔を真っ赤にする。
「っ、誰がこんな性悪なチビと!」
「二言目にはチビチビ煩いよ。ボブギャラリー貧相なんだから…大体君だって風矢君に比べりゃチビだよ?」
「うるせえ! こいつでかすぎんの!」
風矢は再び溜息をつく。
学ラン探してたんじゃないんですか、あんたは。
そうつっこむ気すら失せるやりとりをくり広げる彼らには、なにを言っても無駄な気がしたのだった。
●さらにおまけ。
体育祭は(この学校的には)滞りなく進み、昼休みとなった。
「やっほー。磨智ちゃーん」
「おねーさん、どうしたの?」
「午後に応援合戦控える磨智ちゃんを応援に。えらいよね、応援団。私なんて体育祭さぼりたい気持ちを抑えるので必死なのに」
ふぅ、と息をつく叶多。
ちなみに、彼女とその弟は体育祭でのみいつもと立場が逆転する。
授業メンドイサボりたい。(そして結構さぼる)
体育祭たるいさぼりたい。(三日前からてるてる坊主逆さにつるす)
どちらがどちらなのかは、言うまでもないだろう。
「そういえば、緋那に聞いたんだけど、学ラン見つかった?」
「うん、問題ないよ。ちょっとおっきいけどね」
「そう、良かった。…ホント、あの愚弟が学ランなら良かったのにね」
「…嫌だよ、あんな奴の借りるの。ヘタレがうつる」
ぷい、と顔を逸らす幼馴染件妹分に、叶多はくすくす笑う。
「まあ確かにへたれですが。…体育祭ではそんなにへたれじゃないよ」
その言葉に、磨智は僅かに目を細める。
真新しい白いラインに沿って走る姿は、確かに少し、目立ってたけど。
そこまで考え、小さく唇を尖らせた。
それがなに、と言いたげな表情だが―――すぐに疲れたように息をつく。
「確かに、いつもあれなら、もう少ししゃきっとして見えるのにね」
勿体ない、と呟く彼女の眼差しが、とても優しかったことは、叶多だけの知る真実だった。