某所に位置する某付属私立校。
そこには一風変わった生徒が大量大安売り的にはびこっている―――もとい、それぞれの学園生活を個性を競い合うように懸命に楽しんでいた。
踊らされる人体模型。
そんな学校の高等部。
その3年生教室で、授業と授業との間の休み時間に、次の時間の準備を放棄しつつポッキーをかじる少女は、前の席でマメに次の時間のノートをめくりつつ予習の確かめに励む少女へ呼びかけた。
「ねえ。緋那ー」
「なんだ、叶多」
「いきなりあれだけどさ、七不思議ってあるじゃない。トイレから花○さんが出てくるとか、鏡に引き込まれるとか、校長のヅラみるとハゲが伝染するとか、あるはずのない十三段目の階段を踏むとあの世に呼ばれるとか、人体模型がマッハでダッシュとか、そういうの」
自らの言葉通り唐突な話題を振る叶多と呼ばれた少女に、緋那と呼ばれたセーラー服姿の少女は頭痛を覚えたように米神に手を添える。
けれど、ノートをぱたりと閉じて振り返った。律儀だ。
「途中で七不思議じゃないのが混じったな。いじめだろう、校長に関するあれは。それとあのヒト、ヅラなのか」
「私はヅラならもっとかっこいい髪型になるはずだからヅラじゃない説を押したい」
「どうでもいい説だな。心底」
なぜかきりりとした顔の叶多にきっぱり言い切る緋那。
そうだけどねーと呟く叶多の背後に、すっと音もなく学ラン姿の少年が現れる。そして。
「僕、見た。校長室掃除言った時。額拭いたらずれてるの」
「お前の言うことは当てにならない」
「ひどい。痛い」
決して目を合わせずにそう呟く緋那に、学ランの少年はしゅんと表情を沈ませる。
その様子に、叶多は残りわずかとなったポッキーを飲み込んでから静かに口を開く。
「ま、まあまあ…ほら、弘修君だって、そんな嘘ついてもなにも得にならないし…」
「知るか。図々しくもこのくらいで痛がる男の言葉など聞くに値しない。
毎日下駄箱にらぶれたーと主張する怪文章を詰め込んでる方がひどいし周りから受ける視線が痛いんだよ」
「怪文章なんだ。…そのわりに大事にとってるよね…?」
ぽそりと突っ込む叶多に、弘修はぱぁあと顔を輝かせた。
「緋那、本当…?」
緋那は頷く。やはり弘修には視線をよこさぬまま。
「当たり前だろう? 何かあった時、証拠は重要だ。ファイリングして目につかないように保存してる」
「訴えることを想定にいれてるんだね、我が幼馴染」
「ああ、幼馴染が薄情にストーカー行為を増長してたりするからな」
「ストーカ…」
なにやら肩を落とし、今にも膝をつかんばかりにうなだれる弘修に、ストーカー行為増長してる幼馴染こと叶多は気の毒そうな目線を送る。
けれど、胸にあるには『自業自得』の一言である。
「で、ストーカーのことはほうっておいて、叶多。
七不思議がどうしたんだ? 言っておくが探すのは手伝わないぞ。お前、昔それやろうとして階段でびびって足もつれさせた揚句こけて大泣きを…」
「い、いつの話っ!?」
「幼稚園?」
「忘れてよ!」
今明かされる本人としては驚愕の事実に叶多は顔を赤くする。
けれど、緋那は淡々とした言葉を続ける。どこか厳しい顔で。
「いや、お前がそこののの字書いてる馬鹿を家に招き入れていた衝撃は忘れられない…」
「え、そっち!? 根に持ってるの!? …緋那んちじゃないからいいじゃない!」
「隣の家ににそいつがいるかと思うとぞっとした」
「緋那…」
そこまで嫌なんだ…と叶多。
無言で頷いた緋那が、その様子に床にのの字を書いていたストーカもとい弘修がさらに顔をうなだれさせるのを見ることはない。つくづく哀れだ。
「…話戻すよ。
私、見たの。七不思議を、この目で。…昼間の学校だったけど」
「…は?」
「人体模型が躍ってた…」
「走ってるわけではなかったのか…」
「うん、けどまあ、その辺は些細な違いじゃない。
けど、さらに驚くことがあったんだ…」
「なんだ、それ」
なんだか嫌そうな顔で相槌を打つ緋那に、叶多はふぅ、と息をつき、思わせぶりに間を置いてから、
「踊る人体模型を眺めてたの、あの髪の長い子…弟と仲良い子が」
「ああ…風矢」
真面目に風紀委員やってるわりに「お前の髪の長さが風紀に反してるだろ!」ともっぱら評判の一個下の後輩の名前を上げる緋那に、叶多は「そう、その子」と頷く。
すると、失意のあまり床にはいつくばっていた弘修(そういうことを平気でするところが緋那にドン引きされる原因なのを彼は知らない)は顔を上げる。
「…そこに、おかっぱの女の子いなかった? 一年の」
「いや…? そこまで見てなかった…だって怖いじゃん、夕日に照らされた踊る人体模型」
弘修の言葉に不思議そうに首を傾げる叶多。
その反応に、彼にしてはやけに歯切れの悪い口調で呟く。
「…いや、また『今日は人体模型とダンスするのがラッキー行動なんです』とか言ってるのかと思って」
「…はぁ?」
「そういうこと言う子がいるらしいんだよね、一年に。で、風矢が最近仲良くしてるんだってさ」
「…おまじないマニア?」
「それもたぶん間違ってはいない」
訝しげな声を上げる叶多に、弘修は淡々と続ける。
ちなみに、ストーカもとい弘修と彼はご近所さんである。
町内会が一緒だっただけで、特に親しくはしていない―――らしいのだが、小学校の登校班が一緒だった縁で、決して疎遠でもないらしい。
というよりは…高校に入学して豹変した弘修に風矢が思わず距離を開け始めた、というのが正解だったりする。
「雑誌で見るやつとかならまだ可愛げがあるけど、自前らしいよ。お告げだかなんとかの意志だかの声だとかを聞いてるとか聞いてないとか。
…風矢が言ってたから。本気の電波はじめてみた、って」
「…本物の電波って、なに。っていうか偽物の電波は電波言わないじゃない」
どこまでもどこまでも不思議そうな叶多。その頭からはすでに踊る人体模型のことは吹っ飛んでいるのかもしれない。
「さあ。話したがらないから。そういうこと」
「お前と話したくないだけなんじゃないか」
「……………」
容赦ない一言に、弘修はそっと遠くを見つめる。が、自業自得だから何も言わない程度の理性を持ち合わせていた。
悲しい目で黙り込む彼をやはり無視したまま、緋那は小さく鼻を鳴らす。
「ともかく、人体模型が動くはずないだろう。その電波さんなのかはしらんが、誰かの悪戯だ、悪戯。」
「そう言いながら手が震えてるね、緋那」
「誰が怖がっているって?」
「私は手が震えてるって言っただけだけど」
「………」
叶多は最後の一本となったポッキーを加えつつ、ふふんとでも言うように微笑む。
悔しさからか、頬をうっすらと紅潮させる緋那は、その横顔をキッと睨む。
「…そんな貴女も可愛いと思う」
「私の半径3メートル以内で無駄な二酸化炭素を放出するな」
「息をするなと!?」
「いや、喋るな、に妥協したつもりだけど?」
横あいから告げられた弘修曰く愛のメッセージを機械的に粉砕して、緋那はくるりと椅子を戻す。自らの机に向かう。
その後ろ姿を見ながら、弘修ははぁ、と小さく息をついた。
「…前はここまで冷たくなかったのに」
「…そりゃ、年月経てば恨みつらみも募って容赦なくなるさ」
「僕は愛しさが募るばかりなのに」
「…そ、そう…」
心底悲しそうに眉を下げる弘修。
その姿に、叶多はポッキーの包まれていた袋を小さく畳みながら苦笑した。
その、ある種能天気なやり取りに、緋那は密かに眉を寄せる。
「…お前らが能天気すぎるんだ! とっとと席戻れ!」
振り向かぬまま吐き出された苛立ちを含んだ声にかぶさるようにチャイムが鳴る。
雑談の終わり、そして授業の始まりを告げる音に、二人は小さく肩をすくめた。
●おまけ −踊る人体模型と……−
夕暮れ。黄昏時。うす暗くなり始める微妙なその時間は、そんな風に呼ばれる。それは、その微妙な暗さゆえ「誰そ彼は」と問いかけられることもあることが語源らしい。電灯が発達した現在は、微妙に理解しずらい話であるが、今この場はそういうことがあってもいいかもしれない。
切れかけた蛍光灯が力なく瞬き、夕日のみが白い廊下をほの赤く染める今は。
けれど、そこにいる影を誰だと問う必要もいないだろう、と風矢は思う。
自分の知る限り、人体模型と手を取って踊って楽しそうにしている者がそういるとは思えない。正確に言えば、そうそういて欲しくない。
「…小町さん」
静かに名を呼ぶと、彼女はくるりと振り向いた。その手を人体模型とからませたまま。
こくん、と首を傾げる。その拍子に、肩で真っ直ぐに切り揃えた髪が、さらとゆれた。
「風矢さん」
少女は笑う。嬉しげに。その姿は、七不思議の一部などではない。その顔は真っ白いけれど、それでも人工の骨とは異なる白さを持っている。
「…今度はなんですか。七不思議実演ショーですか」
「いえ、人体模型と踊るのが本日のラッキー行動だと仰せがくだったので、こうしています」
「……そうですか」
風矢は何も訊かずに頷いた。
『仰せってどこからだよ』『だからってためらいなく踊るなよ』『そもそも理科室の施錠さぼったのは誰だ』―――浮かんでくる言葉はいくつもあったけれど。
代わりに、まったく異なる言葉を紡ぐ。
「…楽しいですか?」
小町は驚いたような顔をした。そして、手の平で口元を覆いながら、微笑む。
「これも大宇宙の意志ですから」
それは、彼の問いの答えとしては微妙にずれた答え。というよりは、日常から随分とずれた言葉。
けれど、風矢はその言葉に再度頷いた。慣れたことなので驚きはしない。ただ、何とも言えない寂寥が胸に積もるだけだ。
「なら、続けてください」
「…止めなくてよろしいのですか?」
「別に、今僕は校内の見回りをしているわけではありませんので」
お気になさらず、と呟くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
なぜそんな顔をするのか、分からないと思う。
それ以上に分からないのは、自分がなぜここにいるのだということだ。
テスト直前の、部活停止期間。いつもの自分なら、家に帰るなり教室で喋るなりしているはずなのに。
見回りの仕事があるわけでもないのに、校舎をふらふらと歩いていたのは、きっと、この少女に会うためだ。
校内で魔女の格好してみたり、オカルト趣味に走ったりする少女が風矢所属の風紀委員投書箱を通して報告され。
注意を促すというか――どう対策しろというのだと愚痴りながら、それでも会いに行ったのが、最初。
そんな最初で、最初はたっぷりとひいたはずなのに、こうして積極的に関わるようになっている。
本当に、分からない。
この少女をほうっておけない理由が、なに一つ。
くるくると人体模型が躍る。
踊らされる人体模型。
なんだか、今の自分の姿に良く似ている気がした。
くるくるくるくる踊らされている。目の前の少女に、その存在に踊らされている。
風矢はすぅ…と目を細める。厳しい眼差しを作り物の骨に向ける。
柔らかく笑む口元は、迫る闇にまぎれた。