*設定的なモノ
・幼いころに売られて育てられて娼館で働く女の子。
・そしてそれを見かけてしまった呉服屋の旦那様。出会ったころは旦那ではないけど。
・結果、一目ぼれして通い詰める。
・そして身請けするためだけのにめちゃくちゃ一生懸命働きました。体裁?そんなの承諾してもらったら捨てるつもりなので働いてるだけです、みたいな。
・怒ったり怒られなかったりしつつ微妙な関係を築く2人。本編とあんまり変わらねえな、元キャラはアドレス欄を以下省略。




 彼女を見たのは、夕暮れ時。
 呉服屋で働くことになる身としては、娼婦の身なりは知っておくべきもの。
 だから、と彼はそこに足を運び。
 つまらぬ顔をして客の袖をひくこともない、少女を見つけた。
 夜の闇の中、月灯と人口の灯とに染まった顔が、美しいと思った。
 美しいものは、いくつも見てきた。
 けれど、それ以上に美しいものなど。どこにもないと思った。


「…またか。貴方は」
「うん、また」
 こくり、と頷く男は、にこりともしない。到底楽しそうな顔ではない。
 それなのに、ここに誰よりあしげく通う。恐ろしいことに、土産すら携えて。
「…いらない、と、言っている。…欲しいものがあれば、買う。貴方に貢がれなくと」
「貢いでるつもり、ないけど」
 淡々と、抑揚のない声が、最後まで紡がせない。
 淡々と―――真っ直ぐな声だ。
 ああ、不釣り合いだ。
 何度確認したか分からないことを、口に出さず呟く。
「着せたくなるんだよね、見てると。貴女に。試作品って思っててもいいよ。だから、付き合ってもらってるのは、こっち」
「……女郎に着せる服など、見立てたところで真っ当な筋には売れないだろう。…派手すぎて」
「…貴女にはそう派手じゃないものを持ってきているつもりだけれども」
 確かに、その通りなのだ。
 最初―――出会って当初こそ、恐ろしく華やかで―――それでも、やけにどこか素朴なガラの着物を見立ててきた。しかし、色合いがむごかった。正直、こいつの職業を疑うくらいに、趣味が悪かった。
 けれど、その頃、こいつにここまで尊大な口を利いてはいない。態度だってそう。
 だから黙って着ていた。着ていた、が。
『悲しそう』
『僕の見立てたものなんて、やっぱり嫌?』
 その頃、こいつはまだただの客だったから。…絞れるだけ絞れ、と、店にも睨まれていたから。
 それに、こいつの愛してる、なんて。信じていなかったから。
 だから、少しだけ正直に言ってみた。
 派手なものより、落ち着いたものが好きで。
 華やか過ぎて、気後れする、と。世事も混ぜながら。
 ―――今思えば、あの時。あの時、そんな生意気な娘など知らぬと愛想をつかすべきだったんだ、こいつは。
 次の逢瀬では着物の代わりに大量の布を持ちこんでなにが良いかと訪ねて来た時の、あの顔といったら。
 必死ならば、滑稽と笑った。金で買える女に、なにを馬鹿なマネを、と。
 わがもの顔をしていたのなら、不愉快だと思った。こいつのものになるつもりなど微塵もない、と。
 けれど、あまりに嬉しそうだったから。
 微笑んでもいない顔で、声だけを弾ませて。
『今度は、貴女が喜んでくれるかと思って』
 そう言って布を広げるこいつが―――酷く、怖いと思った。
 それから、こいつを喜ばせるような言葉など言ってはいない。
 尊大な言葉遣いで、それに相応しい振る舞いをすれば、きっと愛想を尽かす。
 そうすれば、この恐怖から逃げられる。
 そうすれば―――夢など、見なくて済む。
 けれど、彼はそうすればそうするほど楽しげだった。もしやそちらの趣味があるのかと趣向を変えても、態度はさして変わらなかった。
 だから、今は、知恵を巡らせることに疲れて、素のまま過ごしている。
 素のままですごすようになってから、彼が一層楽しげなこと。
 それがなにより怖かったけれど。
「…緋那?」
 名前を呼ばれ、我に返る。
 定期的に自分を買い占めるくせに手を繋ぐ程度で満足して帰る男が、それでも粘り強く吐かせたのが、私の本名。…馬鹿らしい話だ。
 こんな町で真にこだわって、なにになるのだろう。いくつもの嘘に折り重なり消える。それだけなのに。
 本当のことなんて、本当の気持ちなんて。くれたって、何一つ返せないのに。
「…お前、もう、止めろよ」
「来るのを?」
「そろそろ良い歳だろう、嫁を」
「もらうって話全部断ってるけど。そろそろ、限界だし。貴女に頷いて欲しいんだけど」
 自分でふった話が、自分の首を絞める。たまらなくなってぎゅっと握りしめた袖すら、こいつに与えられた着物。…逃げ場など、淡々と塞がれているのだ。
 もうこいつをとるのは嫌だと泣きじゃくったことがある。それでも、上客を逃がすような店ではなかった。こいつの他に、私に上客などついていないから、なおさら。
 だから、こいつに諦めさせなければ、いけないのに。まだ、こんなバカなことをいう。
「頷けるわけが、ないだろう」
 苛立ちにまかせて、低く吐き捨てる。
 なるべく酷い言葉に聞こえれば良い。それだけを、願いながら。


 幼い頃から、何事もそこそこにこなせた。そこそこに、それなりに。そうするたび、胸が空っぽになっていった。
 けれど、あの日。夜闇に浮かび上がる顔を見たその時。
 その面影だけで、胸がいっぱいになった。

 だから、色々と尽くしたいと思う。尽くしたいというよりは、なにをやっても彼女へと繋がる。ささやかな義務感しか感じていなかった仕事に熱をいれたのだって、彼女を買う金を作るため。
 好きなのだからそのくらい当たり前。なのに、彼女はひどく疑っていた。疑っているのは、別に構わない。それが彼女の本心ならば、存分に疑えばよい。それでも金のためにと自分を拒まない彼女だって構わない。生きる糧を得るために動く姿も、美しいと思う。
 自分以外とこうして―――こうして膝をつきあわせる以上のことをしていると知っていても、構わない。
 悲しくないかと聞かれたらそうだが、だからといって彼女を無理やり買いとるマネをしても無意味だ。だから、今みたいに何度も聞いている。
「…僕の妻が嫌なら、職業の世話をするのでもいいけど」
 本当は里に帰りたいのだろうけれど、彼女の親は亡くなっているらしい。だから、言えない。
「…どちらもお前は損しかしないだろう」
 それでも、彼女が気を病むのは、別のこと。
 …可愛い人だと、つくづく思う。
 嫌いだと何度も言われた。顔も見たくないと、何度も言われた。
 そのたびに、とても嬉しかった。だって、客にはそんなことを言わないじゃないか。客じゃないものになれる隙間があるなら、それで構わない。
「いつまでも、くだらぬことをするな。…私がお前にやれるものなんて、なにもない」
「僕は貴女がいればそれでいい」
「…やれない」
「呉服屋の妻が嫌なら、貴女のやりたいことに付き合うつもりだけど」
「…私を迎えたら、それができなくなる、の間違いだろう。…そのくらい、わきまえている」
 一体何をわきまえているというのだろう。
 当初よりだいぶ僕の気持ちを信用したらしい彼女は、それでもまだまだ自覚が足りない。
 周りの環境など二の次になるくらい、彼女だけが。
 彼女だけが、僕の欲しいものなのに。
「…僕は貴女といるのが幸せ。でも、貴女が幸せになるためなら、身は引くよ」
 それでも諦めず思い続けはするけれど、彼女の邪魔をしたりはしない。
 胸の内だけで続けた言葉に気付かぬまま、彼女は伏せていた顔を上げる。
「なら、今すぐ」
「通うのは止めない。…だって、貴女はここにいたくなさそうだから」
「…憐れまれることは、それ以上に嫌だ」
「憐れんではないよ。珍しくもない身の上のどこに憐れむ必要があるの」
 言うと、睨みつけられる。
 飢えで死ぬ子供を見ればそういう感情も湧くだろうが、五体満足の彼女にそう言った感情を抱いたことはない。
 ただ、愛しい。可愛い。綺麗。そう、思う。
「…お前は、つくづく意味が分からない…」
「単純、だよ?」
 呟いて、真っ直ぐに彼女を見つめる。特に意味などない。ただ見ていたいから、そうする。
「貴女が好きだから、貴女の喜ぶことを、したい」
 そういえば、昔。こういったら押し倒されたことがあった。ならよろこぶことをしろ、と。悦ぶの方だったんだろうけれど、あれは。
 身体を繋いで、わざとらしく嬌声を上げて。そうすれば、失望されるとでも思ったのだろうか。…おかしな話だ。
 出会った時違うことをしていたのならまだ分かるが、僕はここで彼女を見染めたのに。なぜそれで冷めなければならないのだろうか。
 つらつらと思い返すうちに、大きく息をつかれた。もうこんなことを何度繰り返したのだろう。
 結局、あそこまで深く触れ合ったのはあれ一度。2度目を求める気持ちがないなどと気取る気などないが、それより気になることがあるから手を伸ばしてはいない。
「…私は、お前についていかない。ここからも、でない。…好きで、ここにいる」
 嘘が下手だ。
 指摘する代わりに、持参した荷物をあさる。
「まだ…なにかあるのか」
「ん」
「だから、私は、そんなもの欲しくはない」
「僕はつけてほしい」  言って、探し当てたのは、花から作った赤い色。
 薔薇に似た鮮やかな色に、改めて満足する。やっぱり、似合う。
「爪紅、か?」
「ん、似合うと思って」
「…しない」
 ぷいとソッポを向かれて、いささか寂しい心地になる。せっかく取り寄せたのに。そのままでも綺麗だけれど、似合うと思うのに。
「好きでしてる仕事なんでしょう」
「…あ、ああ」
「なら、客の要望には答えるんじゃないの」
「…お前なんて、客じゃない」
「情夫になれるのも嬉しいけど貴女にお金を出させるわけにはいかない」
「めでたい解釈をするな。…お前なんて、…つきまとってくる迷惑な奴だ」
 心底そう思っていると分かる顔で、呟かれた。
 別に落胆はしない。だって知っている。彼女がここに自分を招き入れるのは、店がそうさせている所為だ。彼女は、本気できりたがっている。
 彼女に浮かない顔をさせる店だが、そこだけは感謝しても足りない。だって。切ろうとする理由は彼女自身のことを想っているわけではないのだから。
『お前は、もっと。…もっと、まともな、女を』
 憐れむというのなら、泣きながらそう訴えた彼女のことは少しだけそうだったかもしれない。
 だって。気付いていないみたいだったから。
 親切心なのか親愛なのか…僕の望んだ愛情なのか。どれなのかはわからないけれど、僕のことを想いやってくれた言葉なんだから。
 そんなことを言われて、僕が引き下がると思っていたのだろうか。
 彼女を幸せにしたいと思う。そのためなら、身を投げても構わない。けれど、あんな風に泣かれて涙ながらの別れなんて御免だ。どんな種類だろうが好いてくれているのだら、傍にいてもいいのだと。そう自惚れてしまうではないか。
 そのことに気付かずに同じような態度をとる彼女が、とても愛しい。気付かないことに、少しだけ憐れみを感じてもなお、塗りつぶすほど。
 ふ、と笑みがこぼれる。
 暗く、卑屈な心だと思う。ささやかなものにしがみつく、卑怯な行いだとも。
 それなのに、自分では似合わぬのだという。釣り合わぬのだという。僕にそこまでの価値などないというのに。僕の中に彼女異常に価値のあるものなどなく。周りの価値観などどうでもいいことなのだから。
「貴女には紅が似合う」
 幾度か繰り返した言葉を、そっと紡ぐ。細い指先を捉えて、その爪さきに色を落とす。
 抵抗されるかと思ったけれど、されるがままだ。
 …こちらを見上げる目は、やけに悔しげだったけれど。…まぁ、悲しんではいないようだから、いい。
 思いながら、そっと続ける。
 細いのに女性らしい丸みを帯びた手は、ひどく愛らしいと思う。
「そのままでも綺麗だけど、似合う」
「……」
 答える声はなく、ただ薄い闇の中で爪が染まっていく。闇に負けないようなその色が似合うと繰り返すのは、最初にあった印象の所為だろうか。顔だけがぽっかりと浮かんで、闇の中で鮮やかだったから、同様に闇をはじくその色が似合う気がする。
 まだ色を乗せていない爪先にほんの少しだけ唇を寄せれば、ぴくと彼女の眉がはねる。
「…怒っているのか」
「なにに?」
 純粋に不思議で問い返せば、ぐっと息をのまれた。…そんな泣きそうな顔、させているの?
「…この仕事、好きなんて、いった、こと」
「…どうしてそれに僕が怒るの?」
「…だって、嫌み、だろう。…お前は普段自分のことを客って言わないのに、わざわざ宣言して」
「…そう言われるの、嫌だってことは。嘘ついてたって、認めるの?」
「…そういう言い方が怒ってる」
 怒ってないのに、不思議なことだ。それに、やっぱり、矛盾してる。
 なんで僕が怒ると悲しげになるの。まるで、惹きとめているみたいな顔をしているよ。
 分かりづらいけれど、良く見ていれば見逃すことなんてない表情だ。
 本当に―――不器用で、我儘で。優しくて、残酷な。僕の思い人。
 そんな顔をするのに、一緒に生きてはくれないの?
「…貴女には白も似合うと思う」
 少しだけ、ほんの少しだけ悔しくなって、その言葉を呟く。
 急に変わった話題に戸惑うような目線を受けとめながら、続ける。
「でも、それは花嫁衣装で着てほしいから、残しとく」
「……………死に装束の方が早いだろう。そんなもの着る予定はないんだ」
「その気にさせてみせる」
「……馬鹿」
 低く罵る声を聞きながら、爪にすべらす筆を動かす。

 指先に薔薇色。
 薔薇の咲いたような爪さきに満足しながらも、少しだけ思う。
 できれば、爪より頬をこの色に染めた顔をみたいものだ、と。





 ベムから全力で逃げる緋那が書いてみたかった。…本篇は、1人つっぱしっていったベムを彼女が追いかける形なのだと思ってます。
 あと本篇よりそこはかとなく病んだ旦那様が楽しい。いや、本篇もこんな感じではあるけれど。あるけれど。「それ以外がどうでもいい」などとは言いませんからねえ。なんだかんだで。
 あと私脱がせるためのものを贈るってシュチュがすごく萌え、ごほんげふんなんですよね…