繰り返し見る夢がある。
 ひどく暗い視界の中、真っ直ぐで茶色くて長い髪がぼんやり浮かんで。真っ白い指先が、頬を撫ぜる。
 ああ、とても近い場所にいる。そう思うのに。顔は見えなくて。それなのに。分かることが一つ。女の呼吸は、徐々に浅くなっていく。
 置いていかないで。
 声に出してそう言いたい。けれど、そこで目が覚める。

「………」
 繰り返し見る夢がある。けれど、そこに意味などない。夢はしょせん夢で、記憶を整理するために見ると言うし。
 きっと、変に意識にひっかかるから、思い出してしまって。その所為で、何度も見るのだろう。
「…でもな」
 延々と女の夢ってなんか欲求不満っぽくていやだよな。

 ―――その店の前を通ったのは、そんなことを思っていた頃。
 ショーウィンドウ越しに、人形をみた。生きているように動き、心を持つと言う、その人形を。
 ゆるく波打った栗色の髪と、真っ白い肌。きりりと整った顔立ち。
 綺麗な人形…だな。
 うん、人形人形。…でも。
 なんか、どこかで―――

 ――――夢と、重なった、気がした。

 とか思っていたら、目が会って。
 目があったら枯れるからとか脅しみたいなこと言われて、買うことになった。
 ……俺、わりと苦学生なんだけど。
 バイト、今も結構ぎりぎりに詰めてるんだけど。
 …いや、貯金のために詰めてるとこあるから、崩せば生活はできるけど。
「…この年で子持の気持ちを味わうとは思わなかった…」
 呟きながら、人形の髪をすく。
 ふわふわしとしととした、優しい感覚。
 じっとこちらを見てくる瞳もまた、どこか優しい。
 癒しの効果はあるし、人形愛でてるところを見られて困るようなことはない。自分のテリトリィに他の人間呼ぶの煩わしいから。…しかし。
「……」
 たぶん傍から見たら俺、まごうことなく誘拐犯とかそういうのだよなあ。
 はふ、と溜息をつく。
 人形は僅かに瞬く。瞬いて、こちらをじっと見てくる。モノ言いたげに。
 ――――なら、どうか。
「…っ」
 僅かに痛みを伴う耳鳴りを、頭をふって誤魔化す。
 そうして、人形の頭をぱふと撫でる。いやいやと首をふられた。うん、なでろってわけではないのなら。
「ミルクか」
 こくんと頷く人形を改めて撫ぜて、立ち上がる。
 もうお前ふざけんじゃねーよというくらい高級品なミルクを取り出し、ゆっくりと火にかける。
 …ホント。もう少し安ければ、心穏やかに可愛がれるのに。
 逆にこんなに高くても可愛がれることにびっくりだよ。…すごい人形。
 真っ直ぐに見つめられるだけなのに、なんとなく幸せになる。
 カップを差し出す。こくこくと飲む。……素直だなあ。
 …可愛い。
 ふーふーと息をふきかける度上下する肩とか、最高に。
 ―――なんて、和んでいたその時。
 こんこんと扉がノックされ、答えより早く開かれる。
「あんたがいつまでたっても帰ってこないからこっちから来たわよ―、生きてるー? わたしの息子ー」
 ……母だった。
「……遥霞」
 なんか、時が止まった。
 母の目線の先に、可愛らしい人形。成人男子と一緒の、可愛らしい人形。
「…あんた…いつまでたっても浮いた話一つしないと思ったら、小さい女の子にあれこれするような性癖が…!」
「誤解だ」
 よりひでぇよその誤解。
 え、なにそれ俺そんなにしんようないのか。
 ―――信用がなかったらしくて、説明はとっても時間がかかった。

「…ともかく、俺は板ってのノーマルです」
「えー…」
「ノーマル、です」
「…まあ、そういうことにしてあげる」
 はふ、と溜息を吐く彼女の膝の上、人形はすやすや眠っている。
 …俺により懐いている気がする。……まあいいか。
「…でも、心配はしてたのよ」
 二度目の溜息は、より深い。
 人形の吐息だけが、やけに静か。
「あんた、私が―――…、私達が振り回してしまったようなものだもの。
 …子供に見せちゃだめよねえ、両親のけんかの様子、なんて」
 俺は答えない。責めるわけではなく…気にしていると思わなかったから。
「…ごめんなさいね。……親の身勝手で振り回される子供を、私は山ほど見てきたのに。なるまいと思ったものに、なっていたわよね」
「…別に、恨んでないよ。…もうガキじゃないんだから」

 あんたなんか、いなきゃ良かった。出会わなければよかった。

 そんな言葉が父に向いているのを、何度も聞いた。
 ねぇ、その言葉を向けられるべきは、俺じゃないの。
 俺がいなきゃ、きっと一緒にならなかったって。…周りが言ってるのを知っている。
 俺がいなきゃ、母さんはあんなに泣かなかったのかな。
 俺がいなきゃ、父さんも辛い顔をしなきゃよかったのかな。

 ―――それはもう、遠い昔だ。
 …俺がいなきゃ、母も父も違う人生歩んでいたんだろうけれど。放り投げることもなく育てたコトが、良いか悪いかの応えだったのだろう。
「……あんた昔から物分かりよくてこう……駄目な子よねえ」
 あんたは俺に謝ってたんじゃないのかよ。なんでけなされてんだよ、俺。
「…愛してるわ、遥霞。私の元に生まれてきてくれて、ありがと」
 …今更いい話にされてもどうしろっていうのか。
「そう――――例えロリコンでも―――…」
「だから誤解だって! 人の話聞けよ!」
 あげく上げておとしたよ。この人……


「…と、帰ったし…!」
 電話が鳴ったからだ。
『今夜は鍋にしてしまったのだが。俺は1人で片付けなければいけないんだろうか』
 死ぬほどいじけた言葉をそのまま伝えれば、母は即帰った。現金。つーかなんで春に鍋だと呟けば、昔はそれしか作れなかったのよねえあの人とか言われるし。ああもうそれ以上聞かなくても分かった。つまり初めてまともに作った料理がそれだと。で、母が褒めて父が喜んで未だに二人で食う時作ると。
 ……なんかさあ、仲良いのはいいんだけどさあ…自分とほぼ同じ顔が母親といちゃいちゃしてる心労を父は少し思い知ればいい。昔のことより、そのことが思春期の息子をどれだけげんなりとさせていたのか悟ってほしい。無理だろうけど。
 ぐったりと顔を伏せる。
 と、ぽんぽんと頭を撫でられた。
 顔を上げなくとも、そんなことをしてくるものなんて1人しかいない。
「……どこで覚えたんだか」
 人形は撫でられるものだろう。…ああ、俺が撫でたから覚えたのか。うん、本当…本当、いきいきとした人形だこと。
 言葉は通じないけれど、心とかはあるんだろーしなあ。当たり前か。

 深い緑色の瞳。
 見ていると不思議と落ち着く、木の葉の色。
 いつもいつも夢に見た、人工物まみれのこの町にはない色彩。
 ―――けれど、郊外ならあるってわけでもない。
 似た色の葉はいくつもあるけれど、何か違って。なにと比べて違うと言うのか、分からなくて。
 …これじゃ、俺がこの人形を待っていたようだ。
「…夢を見るんだ」
 待っていたわけではないけれど、言葉がでてくる。
  「綺麗な髪の女がいてさぁ。…なんか言ってるんだよ。笑いながら」

 置いていかないで。紡げない言葉は喉に詰まって、視界はますます暗くなる。…涙で歪んでいく。

 なんでもするから。

 声にならない言葉なのに、女は静かに答えた。

 なら、どうか。
 追ってこないでくださいね。
 あなたが死んだら、今まで生きてきた甲斐がないので。

 なら、1人に、しないでよ。

 困らせるだけの言葉に、女は笑って。

「……帰ってくるって、言ったのに」

 繰り返し見る夢がある。ただの夢だと知っていても、繰り返し。

 あなたが生きていれば、また。
 帰ってきますから。

 私があなたに嘘をついたこと、ありましたか?

 見惚れるほどに綺麗と笑って、見惚れているうちにゆっくりと瞼を閉じて。
 きっとその女は永久に目覚めない。

「…君は似てるけど、違うね」
 ほしいものは、全て傍にある。
 それなのに、なぜこんなにも泣けるのか。
 たかが、夢、なのに。
「  」
 唇から、誰かの名前がこぼれた気がした。



 遺される→死にたいながら生きてみる→転生モノ。という別枠に突っ込んだ方がよかったんじゃねーかみたいな話です。でもなにも設定付けないで人形愛でる設定だとなんか死ぬほどヤンデレでいつもと変わりないし。男女逆転したら普通すぎるし。魔がさして。
 書きたかったのは実はくっついた版の両親だったという罠があります。…すっげえ苦労するし嫌なとこも山ほど見つけるし分かれる寸前まで言ったり死ぬほど後悔したりもする。ある意味「お互い不幸になる」と思って別れたのも正解ではあるのだけれど。そのうち根性で這い上がる、というか、…這い上がったんだろうなあ。お互いが好きだからと。…本篇と基本的な設定変えてないでわりと影で不幸になってる人もいるけど。
 …まぁ、もしくっついてたら息子はどうやっても不幸にならないんですけどね。本篇は精神のバランス崩れて変な執着になってるけど。本来は母親大好きだったのだし。父親だって別嫌ってたわけではないし。…なにより犯罪に手を染めないし。
 そんなこんなでわりと幸せな彼を書いてもつまらないのでまるで転生もののような要素をいれてみた。ちなみにUISはわりかしファンタジーだけど転生的な要素はいれるつもりないです。祟り殺されそうな人の方が多いから。幽霊ネタ何回かあるんですけどね。
 この後、のままどっかで茶色い髪した女の人を見つけるかもしれないし、みつけないかもしれない。案外あっさりどっか別なのとくっついてるかもしれない。
 けど、まあ、彼女は間違いなく彼のとこに帰って来たんでしょう。彼が生きていれば。彼の身の周りを何年分もまめまめしく整えていたり、思い出を残していたり。そんな形で生きていると。気付けたら死にません。多分気付かないけれども。